大会参加記」カテゴリーアーカイブ

目次は こちら

「とくしまマラソン2019」サケもっとさんの完走記です

3月17日に行われた、とくしまマラソン2019へ参加してきました。
大阪から車移動で前の日に淡路島で泊まって、当日徳島に向かいました。

思ったよりも朝の車移動はスムーズで、駐車場も広くて、多くのランナーや応援の方が車で来てはりました。
その駐車場から会場までもシャトルバスが次から次へとランナーを運んでいます。
車中では、家族の応援かな?子どもたちの声もして、レース前の緊張もちとほんわかしました。

とくしまマラソンは、ゼッケンが前もってランナーに送られてきています。
受付も必要なく、準備も前もってできるのでらくちんです。
ただ、伴走者のゼッケンは当日会場で受け付け時にもらいます。
でもこの伴走者受付で、伴走ペアとの合流ができて、徳島で活動されてる視覚障がい者の練習会「阿波を共に走る会」 ( https://awa-tomo.jimdo.com/ )の皆さんとの交流ができました。
初めての方も多く、いろいろとお話しながら集合写真も撮りました。

わーわーず・あわとものガイド・ブラインド、みんなで9名の仲間が写っています

とくしまマラソンは、吉野川を川上へ行って、ハーフくらいで橋を渡って、対岸を戻ってくるコースです。
大きな川なので、対岸の様子もわからず、ランナーが走ってるかな?とわかるくらいだそうです。

少し寒い中、上着も脱いで、それぞれスタートのカテゴリーへ移動してゆきます。
荷物預けは、スタートブロックのすぐ横にあって、時間のロスなく移動ができました。

第1ウェーブの9時スタートのS,A,BブロックとCブロック以降は、第2ウェーブの9時10分の時間差スタートです。
ウチはCブロックの9時10分スタートで、スタートロスも1分半くらいで、走り始めてもスムーズに流れてゆきました。

目標は、1キロ6分30秒でどこまでいけるか?です。
前半は、抜いたり抜かれたり、エイドでも大勢の人がいてはります。
そんな中で、あわてずあせらず、安全第一で走ってゆきました。

伴走のすみたくさんが周囲のランナーに「ブラインドがいます!」と声をかけるとランナーはよけてくれはるのですが、前半で調子にのって、ペースを上げてしまうと後がどないなることやら!なので、「ブラインドがいることをわかっていてください」と声をかけてくれはりました。
周りのランナーも「そっか~!」と思ってくれたらよいのですが…。
調子にのらないで、ペースを守って走ってゆくことができました。

前半は、天気予報通りの曇り空!太陽がちょこっと顔を出す程度で、風も冷たくて、河川敷なのに走るにはぜっこうのマラソン日和です。

今回はマジランなので、エイドも究極の選択です。
11キロでの甘酒はいただいて、そこからは給水のみで進みます。

そんなマラソン日よりもそないに続かなくて、15キロくらいから雨がぽつぽつと降ってくるではありませんか。
だんだん風邪も強くなって、ハーフ地点くらいは大荒れでした。
顔にあたる雨が痛いと思ったら、みぞれかあられか?ひょう!
かたくて冷たい物体でした。
吹き飛ばされるくらいの風も前から横から吹いてきます。
伴走のすみたくさんに風よけになってもらって、距離の感覚もなく、早いことここを通り過ぎたい一心で、足を前に前に動かしてました。
すみたくさん、風よけになってくれはって、ありがとうございました。

折り返しが一か所あって、そこを折り返すと今までの向かい風が追い風となって、体をぐんぐん押してくれます。
やっと雨風が弱くなって、「ここはどの辺?」と思ったときは、もうすぐ25キロとゆうあたりでした。
この間はめっちゃ長かったですが、あまり記憶も残っていません。

25キロからは曇り空で、さっきの寒さに比べると暖かで、濡れたタイツや長袖Tシャツがどんどん乾いて、体も軽くなってゆきました。

次の目標は30キロ手前のおそばのエイドです。
でもすごい人がいっぱいで、おそばのエイドかもしれなかったですが、時間のロスも考えてパスしました。
すぐに次のエイドでバナナをゲット。ぷらす、持っていたウィダーをしっかり食べました。
おなかが満たされるとちと元気になりますね。足は重かったですが…。

次の目標は、35キロのいちごです。
さっきの雨風のことを考えるとまだましだ~!って、足も動いてくれてるし、ボイスコーチも6分30秒前後を教えてくれます。
そろそろ35キロ付近ですが、なかなかイチゴのエイドが出てきません。
今回もあかんかな~と思ったら、いちご発見!
なんとすみたくさんが片手いっぱいにいちごを取ってくれました。
二人で半分こ?ではなく、ちとうちの方が多かったような!
めっちゃおいしいいちごを頂きました。

最後のエイド目標は、キーウィジュースでしたが、38キロ付近で発見できず、「キーウィジュースはまだかな?」とすみたくさんと話していたら、近くにいたランナーさんが「もう過ぎてしまいましたよ」と教えてくれました。が~ん!

ちとショックでしたが、また雨がぽつ、ぽつとさっきの雨風が思い出されます。
「雨が降ってきませんように!」と祈る気持ちが大きくなって、ゴールを目指しました。

陸上競技場では、雨も上がって、すごい応援の中ゴールできました。
久しぶりに走り切ったレースで、5時間を切ることができて、めちゃうれしかったです。

ゴール後、着替えてからまた雨が降ってきて、寒くなりましたが、その雨もやんで、温かおうどんを頂いて、体も心もあったまりました。

今日のとくしまマラソンはお天気がコロコロ変わるレースで、また一つ、心に残る大会となりました。

「第3回 京都ふれeyeブラインドマラソン」ガイド平野さんの参加記です

10キロの伴走で参加しました。

「視覚障害者京都マラソン大会」が3年前の2016年2月の第33回大会でもって終わると知ったときはショックでしたが、このように、名称は変わりましたが、実質同じような大会が続いていることは嬉しい限りです。
名称が変わって、主催が角谷建耀知(かくたにけんいち)財団になっています。恥ずかしながら最近まで、そのお名前を知りませんでした。ブルブルくんと並んでピースサインを出して写真撮ったりしてたのに(笑)。
わかさ生活の創業者であり社長さんなんですね。

私にとって「わかさ生活」と言えば、この大会を除けば、甲子園球場のスタンドに広告看板が確かあったな、というのが一番に思いつく接点です。その程度の理解ですので、わかさ生活さんがなぜこのような大会を厚く支援されているのか知りませんでした。先の「視覚障害者京都マラソン大会」に、たびたび参加させてもらってはいたのですが。

それを知ったのは図書館で借りた本、『角谷建耀知 人生は蒔いた種のとおりに実を結ぶ』を読んでです。
第1回大会のとき、視覚に障害をもつ近所のランナーさんを誘って参加したのですが、そのかたに主催者について説明できるようになっておくために読みました。本を読んで、角谷建耀知さんとブラインドマラソンのつながりがわかりました。それだけでなく、いろんな意味で得るものいっぱいの一冊でした。

そこで、この本を簡単に紹介したいと思います。角谷建耀知さんと視覚障がい者マラソンのつながりがどこにあるのか、のみならず、この大会の魅力を伝えるよい方法だとも思うからです。

かなりやんちゃなガキだったようです。私が、じゃなく角谷建耀知さんがですよ。
6歳のときに親が離婚して、父親に、また母親にも見捨てられるかのように立ち去られてしまいます。そして、おばあちゃんに引き取られます。おばあちゃんには、弱い立場でも負けずに強く生きなさい、という方針で育てられました。そのおかげか、貧しい生活をあざける周囲からのイジメに屈することなく、負けん気の強い子に育ったそうです。
小学校4年の夏、それは起こりました。その後の人生を変えるできごと。
当時流行っていた仮面ライダーの真似をして、自転車で川を飛び越えて「ライダージャンプ!」でキメるという遊び。仲間にカッコイイところをみせようと勇んで挑んだところ、ジャンプを失敗して大転倒。顔面血だらけになります。「大変や」「病院いかな」と心配する仲間に「大丈夫や」と強気でこらえたものの、そのあとすぐ血を吐いて気を失う事態に。

病院のベッドで一週間、意識不明。しかし奇跡的に生還。意識を取り戻します。
クモ膜下出血との診断。頭部を切開しないと損傷度合いも把握できないと説明され、しかもその手術は年齢的に無理でした。退院して家に帰りましたが、元の状態に治るわけではありませんでした。それ以降、頭痛が日常茶飯事になり、視野の中心に見えないゾーンができました。運動は禁止。倒れるほどの激しい頭痛に見舞われもしました。

貧しさに加えて病の苦。多くのことに耐えながら大学生になります。この頃から広く普及しはじめたMRIで精密検査を受けると、大変。脳腫瘍があって、すぐに入院、すぐ手術が必要と診断されてしまいます。このままでは命が危ない。手術すれば半身不随や言語障害が残るかもしれないけど命は助かる、と告げられてしまいます。ただ、ただ、途方に暮れるばかり。大学生活がさぁ始まるというときに、夢も希望もなにもかも消されてしまいました。

17時間におよぶ命がけの大手術を受けて、ふたたび生還。しかし、この手術で視野の右半分を失いました。
これまでは前向きの楽天的な思考で幾多の困難をも乗り切ってきましたが、術後に立ちはだかった現実はあまりに厳しく、ついには絶望感がまさって自殺を考えるようになりました。そして自殺未遂をおこします。屋上からの飛び降り。フェンスを乗り越えて、あと一歩のところで看護師さんに引き戻されました。

生きることを説得する先生の、その真剣なまなざし、真摯な言葉に心揺さぶられます。『もう一度がんばってみよう』、自分のためにこれほど一所懸命になってくれている人がいるんだから。乾いた心は涙で潤されて、温かい気持ちを取り戻しました。
それからはリハビリに励み、気力で病と闘い、なんとか退院できるまでに漕ぎ着けました。
「一度は死にかけたのだから、死ぬ気になったら何でも出来る。頑張れよ!」と先生から言葉をかけてもらって病院をあとにします。

しかし、退院したものの迎えてくれる所はありません。休める状況でもありません。奨学金百万円の借金かかえて寝床と職探しからです。
寝場所は友達を頼りました。職探しに街を歩くと、視界が狭いため人とぶつかってばかり。そのたび謝って、時にはどつかれもして。手術後の風貌が不気味だったので、なかなか雇ってくれません。ようやく得た職場では気持ち悪いと言われて屈辱を受けます。理不尽な解雇。過酷な現実に直面して絶望感に打ちひしがれ、またもや自殺未遂をおこします。線路内をぼんやり歩いて寸前のところで。

生きていく力をもらったのは、今度は友達からです。職場でうけた屈辱に対して、友達が代わって怒り心頭に発する抗議をしてくれたことが力になりました。そして、もう死ぬことは考えずに、再び頑張ることを心に強く誓いました。

職を変えて今度は英語教材の飛び込みセールスをしました。ここで営業職を学び、次に販売セールスの会社で働きはじめました。出来高制で、新米には販売機会がないのですが、ひたむきに取り組んだ掃除とお客さんの名前暗記と挨拶とふれあいだけで、営業成績をあげていきました。物を売ることのコツを習得しました。さらに、不信感をもっていた健康器具の販売に対しても、自らの頭痛が磁気枕によって本当に緩和されたという実体験を通して、本心から商品をおすすめできるようになりました。自分がつらいからお客さんのつらさもわかる。これこそ天職じゃないか!と一層うちこみました。

――ここでいちど本から話を戻しますと、
この辺りからビジネスの苦労話が続くのですが、サクセスとはほど遠く、読み進めていくと残りページはどんどん少なくなっていくのに、踏んだり蹴ったりな展開ばかり。甲子園球場のスタンドに看板を掲げるまでになったわかさ生活さんの起業はいったいどこから?と読んでるこちらが不安になってきます。
で、本のページでいえば9回裏2アウトあたりから、やっと――。

目の健康によいと注目されているブルーベリーと、視覚に障害をもつ自身の経験をかけあわせたビジネスを興す機会を得ます。ゼロからのスタートが始まります。ブルーベリー、目薬の木、八つ目うなぎ、ビタミンA、βカロテン、ポリフェノール、フラボノイド、目によいと言われているものがいろいろあるけど、どれが本当にいいのだろう、自分ならどれを選ぶか、そうだ全部だ!全部をひとつにまとめて最高の商品をつくろう!自分が絶対に自信をもって売れるものを世の中に広く届けたい。
商品開発から手掛けて、平成10年、「みんなに若々しく健康的な生活を提供し、最高の逸品(商品)を全国にお届けしたいという願いから「わかさ生活」を設立し、ブルーベリーの通信販売を始めて、軌道にのせました。

「君は目にハンディがあるんだから、目で困っている人のために頑張ったらどうだい?君はそのために生まれてきたのかもしれないよ」
筋ジストロフィーと闘いながら頑張る先生から言われた言葉を天命と感じて、視覚に障がいを持つ人のために尽くす道をすすまれています。

というのが、この本のかいつまんだ内容です。粗っぽくまとめ過ぎてますので、関心を持たれた方はそれぞれでご一読をお願いします。

大阪市の図書館には蔵書8冊ほどありました。サピエの資料詳細ページはこちらです。
https://library.sapie.or.jp/cgi-bin/CN1MN1?S00101=J00DTL04&S00102=W8b4pi!pzYz&S00103=7FHKp8R13t&S00221=66340368&S00222=3332763&RTNTME=113854297

この大会では、以前から、大きな声で名前を呼んで応援してくれる点が人気です。
知らない人から呼ばれて、こっぱずかしく感じたり、もするんですが、それ以上に響くものが心にずっと残るんですね。その声が真摯だから。一直線で迷いのない掛け声だから。
それと重なるものが本に書かれてあり、私はそこでじんときました。

今大会は天気が心配されてました。週間天気予報で確認したときは降水確率90%でした。
それが徐々によくなって、スタートのときに雨はあがって、晴れ間がのぞくほどに。
今大会に参加して、走って、楽しんで、食事して、楽しいこと沢山ありましたが、やはり強く印象に残っているのは、あの朝の雨あがりです。そして、大会に関係する人たち全員で、その喜びを共有できたことが嬉しいです。

また次回も楽しみにしています。

追記:
大会当日の様子は、わかさ生活さんがこちらのページでまとめられています。
https://www.blueberryribbon.jp/blank-8

「能登和倉万葉の里マラソン2019」針小路さん小林旦那さんペアの参加記です

(ガイド小林旦那さんの伴走記も、後半に載せてあります。あわせてどうぞ。)

針小路です。
2019年 3月9日、10日と能登和倉万葉の里マラソン2019に行ってきました。
一駅手前の七尾だとビジネスホテルが、有るようですが、宿泊先が和倉温泉の旅館外でどこも高くパックにしました。

ここでまーやんと合流。
和倉温泉駅に着けばマイクロバスが迎えに来ていて荷物だけ預けられたのには後の行動に楽出来ました。

お昼頃の列車なので駅前のお食事どころカレー屋さんで人気メニューのいか・たこカレー食べました。
店は、満席で運良く早く座れたと思いましたがかなり出てくるまで待たされそれだけにおいしさ倍増です。(わらい)
コーヒーも有りましたが有名なケーキ屋さんに行くので断念。

そこでは、8組の待ち組大変こちらも盛況でした。
ちょっと高級ですが、コーヒーのおかわりは、いくらでも出来るので3回おかわりしました。
3杯もと思いましたが同じことしてる方がおられさすが関西人。

狭い町なので参加賞の引き替えに行き歩いていると参加表明の無いわーわーず関係者一組と遭遇。

それから現地に行ってビックリ。
ホテルの出入り口が、スタートの最後尾でした。

走り終わってからの汗を流すのに、宿泊者には無料の入浴券付きでした。
そうでなければ便利の良いところは1000円、不便なところは500円だそうです。

荷物は、預かっていただきトイレも並ばなくて良いし、何回か大会に参加していますが、今までの最高のロケーションでした。

当然のことながら夕食も海鮮がメインで大満足でした。

私としては、スタート時刻と帰りの列車時刻を、ばくぜんとしていて、当日お風呂に入るには、6時間で走らなければならず、朝は、ゆっくりできるのですが余っている時間、アーリースタートしたかったです。

練習量が少ない中、明日も走った後に入れるだろうかとだんだんだんだん心配になってきました。

[……当日を迎えて……]

当日の天候が、非常に心配されていたのですが、寒くもなく雨もなくリタイヤの理由がなくなってしまいました。

伴走者は、地元出身の小林だんなさん。
聞けば初フル伴走だそうです。

スタートは、10:00で15分前には、並んでくださいということですが皆さんロビーでわいわいがやがや。
当然です。玄関前が最後尾のhブロックなのです。

前半にアップダウンが6か所あり25mの高さと聞いていたので大したことないと思っていたら、実は12か所で高さも250mは上がったのではないかと思われるところもあり中間点まででもう痙攣が出て2時間45分かかりました。

28kmでブリフレークのおにぎり。
一口サイズで2個もらい柿の葉寿司のような感じでした。

30kmが4時間の予定が7分オーバー。
このままでは、風呂の時間が無くなると心配。

32kmでは、岩がき丼。早い人は2個らしいでしたが後ろの我々ほうは、3個入っていました。
あわてる何とかは、貰いが少ないでした。(わらい)

36㎞ではおかゆになっていたのですが、私の大好きなお茶漬けこの塩味が良かったです。
スギヨのカニ蒲鉾と細巻きずし。
だんなさんに温かいお茶を飲みながらかなりくつろいでいますねといわれてしまいました。

これからが本当のマラソン。お風呂の時間との闘い。
薬も効いてきたのか痙攣も比較的少なく。

残り微妙になりだんなさんもガンガン力も入りおかげさんで6時間切りは、13秒及びませんでしたがお風呂には、入れました。
駅までダメもとで送迎頼みましたがフロントでは、だめで玄関出ると運転手が声を、かけてくださり余裕で駅に到着の帰路となりました。

だんなさん初フル伴走お疲れさんでした。
おかげさんで最後まで関門にひっかからす最大のお風呂も全部クリア。
どうもありがとうございました。

東大阪のガイドの小林です。
いろいろあって針小路さんの伴走で能登和倉万葉の里マラソンに行ってきました。
私にとって初のフルマラソンの伴走だったんですが、針小路さんはわーわーずの練習会でしょっちゅう一緒に走っている気心のしれた人ですし、走るコースは自分の出身の輪島市の隣町の七尾市の和倉温泉。子供のころから知っている場所ということもあり、自分のレースよりリラックスして走れました。
想定外だったのが、坂の多さ。コースガイドでは6個の25メートルくらいのアップダウンがあることになっていたんですが、実際は12個。ほんまに25メートルかというアップダウンで、結構タフなコースです。坂好きの人にはたまらないんじゃないかな。
和倉温泉をスタートして1.5キロほどで橋を渡り、七尾湾に浮かぶ能登島にわたります。海辺を走り、別の橋を渡り能登中島町に戻り、18キロ先の和倉を目指して湾に沿って走る大きな周回コースです。

 5キロ    37分
10キロ 1時間14分
15キロ 1時間55分
20キロ 2時間34分
25キロ 3時間15分
30キロ 4時間 4分
35キロ 4時間53分
40キロ 5時間39分

きついコースだったのに二人だと楽しく走れました。
宿もよく、エイドも応援もよく景色もきれいで良い経験ができました。

ホテル玄関前で4名ならんで記念撮影。右から小林旦那さん、針小路さん、はなてんちゃん、いまいまさん。

「第39回篠山ABCマラソン」藤井寺の藤井さんの完走記です

2019年3月3日、83回目のランは「篠山ABCマラソン」でサブ4に挑戦!!
一言でいうと、サブ4の30kmの壁はとてつもなく高かった…。

こないだの大阪ハーフでサブ2したペース、あれでどこまで走り続けれるんだろう…、どこで潰れちゃうんだろう…、自分の限界を知りたい。
心が弱いので「普通にサブ4してきます!!」と言って自分にプレッシャーをかけて気持ちを鼓舞し続けていざ勝負!!
天気はうっすら曇ってて暑くもなく寒くもなく絶好のコンディション、これでダメなら言い訳無用の実力不足!!

スタートラインを越えるまで1分、意外とロスが少ないね。
最初の1kmはキロ6分くらいだったけどすぐに予定のキロ5分半まで上がって順調な滑り出し…と思ったら!?

何だ何だ!?左の腹筋か?、お腹が痛いぞ!、ウン〇ではなさそうやけど…。
騙し騙ししばらく走り続けてもずっと痛い…、ペースか?、フォームか?、冷静に立て直さなければ…。
分かった!!、5時間目の体育の授業でなるアレや!!
スタート前にみたらし小餅1箱とコンビニのおにぎり2個食べたから、給食の後に走ったときの腹痛が出たんやわ(笑)
これなら大丈夫、すぐに治まってくるから気にせず走ろう…。

コースは普通、多少のアップダウンがあるけどペースやフォームを変えるほどではない、ただ…、直線ばっかりで…、飽きる(汗)
周りに何があるってことでもなさそうやし、まぁいいか、集中して走ろう…。

マイペースにハーフ通過、大阪ハーフの時のPBを更新してるよかん♪
ハーフ通過はネットタイムで1時間57分1秒、残念、大阪ハーフの時より7秒遅かった(汗)
まぁ、大阪ハーフはエイドに寄らなかったけど今回は5キロ毎のエイドに全部寄ってスポドリ飲んでるしね、7秒遅れもしょうがないかな。

さぁ、ここからが本当のスタート、どこまで続けれるのか興味津々…。
コースは相変わらずの微妙なアップダウン、身体を合わしていくのが難し…。

24km通過、本気で走ってるコーチとすれ違える時間内にここまでこれて良かった良かった、楽しみにしてたのにビューン!!ってすれ違ってあっけないこと(笑)

25km付近からの上り坂に差し掛かったころに少し雨が降り出した、ボトボトになるほどではなく涼しくて気持ちいい程度、でも向かい風も吹きだした。
上り坂と向かい風、お尻と裏モモが張ってきた…。
でもこれは予定通り、この状態からリラックスして走る練習もしてきたから冷静に冷静に、わざと呼吸を早く深くしてそのリズムで歩幅を狭めて登…。
やっぱり疲れてきたみたい、キロ5分40秒を維持できなくて上りはキロ6で何とかしのぐ…。
お尻と裏モモが痛くなってきた、キロ6を維持するのも大変、前半の貯金を使ってしまう走りに…。

30km通過、ネットタイム2時間49分37秒、お尻と裏モモがビキビキと痛みだしてきた。
キロ6キープが苦しい、どこを使って走ればいいのか頭も回らない…、サブ4…、無理だ…。
30kmでスペシャルドリンクをGet、全日に娘たちと一緒に作った甘い甘いレモンティー、はぁ~、めちゃ美味しい…。
そうやな、諦めたらアカンよな、今日のためにやってきたんやし、今ここで頑張らなアカンよな。

31kmで折り返してここからは下り基調、なんとか踏ん張りたい…。
32kmつうか残り10km、お尻と裏モモがチギレそうに痛くてたまらない、これでキロ6弱は無理だ…、失速してしまって心が折れた。
痛みに耐えながらボチボチ走り出す、30kmの壁にやられたこと、これはただ実力がなかっただけのこと、自分の実力がよく分かったし、サブ4する人の偉大さもよく分かって幸せです。
幸せな気持ちとは裏腹に身体には地獄の10km、進まないと終われないし進めばビキビキなってくる…。

それでもボチボチ走り続けて35km通過、お尻と裏モモの痛みで足が止まった。
歩いてても痛い…、身体をどこにもっていけばいいのかも分からない…、涙が出てきた…、悔しい…、ただただ悔しい…、
「ここまでやってきたのに歩いてしまうんかい」ホントに悔しい…。
今まで感謝で涙が出そうになったことはあったけど今回は悔しくて悔しくて…、我慢しても涙が出てくる。

なんやねん…、さっきまで降ってたのに雨やんでるやん…、今は降ってくれよぉ~、泣いてるのがバレるやん(涙)

そこから先は放心状態、痛みが治まれば少し走り、痛みに耐えれなくなったら歩く…、ゴールはまだ遠い…。
タイムも計算できなくなってきた、地獄のような苦しみと痛みがあるだけ…。

「ゴールはもうちょっとや!!サブ4.5で絶対にゴールしよう!!」
40km通過、しょーちゃんからの檄に意識が戻った、そうだね、1人で走ってるんじゃないもんね、ここからはしょーちゃんとの4.5のために走ろう!!
気持ちは前に向いてるんだけどね、足が進まないなぁ、キロ7分半(笑)
これでも死ぬほどしんどいしケツと裏モモがチギレるほど痛いんやからもっと頑張れとか言わんといてや…と心の中で想いながら最後まで歩かずにゴール!!

グロスタイム:4時間27分09秒
ネットタイム:4時間26分09秒

あれっ?、そういえばK山さんとすれ違わんかったなぁ…と思いながら朝に着替えた場所へ行ったら…。
あれ?、どうしたん?、K山さん、何でこんなところに?
ガハハハハ、思いきり笑ったった(爆笑)

「りゅうくんはどうやったん?」ってK山さんに聞かれて…、また悔しくて泣いてしもた(汗)
えんちゃんに泣いてるところを見られてしもたみたいで…、ティッシュくれた(笑)

キロ6イーブンで走ってれば4時間15分でも走れたのかもしれません。
でも、自己ベストとか何時間でゴールしたとかいう結果が欲しかったんじゃないので、サブ4を目指してキロ5分半で走ったこと、30kmで潰れて地獄を味わったこと、この作戦を選んだことには全く後悔してません、清々しい気分です。
サブ4、素直に思います、尊敬する人たちです。
でもそこに辿り着けなかったのはやっぱり悔しいなぁ、藤井には無理だったのかぁ、そのチカラがなかったのかぁ…。
篠山の町が嫌いになりました、2度と来るか!!こんなとこ!!ってなほど悔しい思い出の場所になりましたとさ。

以下は今大会のネットタイムとラップです。

5km:27分51秒(27分51秒)
10km:54分58秒(27分07秒)
20km:1時間50分38秒(55分35秒)
30km:2時間49分37秒(59分04秒)
40km:4時間09分22秒(1時間19分45秒)
goal:4時間26分09秒(16分47秒)
half:1時間57分01秒

今まで練習にお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。
伴走してくれたしょーちゃん、ありがとうございました、約束のサブ4を達成できなくてゴメンね。

「2019大阪ハーフマラソン」藤井寺の藤井さんの完走記です

2019年1月27日、78回目のランは2019大阪ハーフマラソンに参加♪
ハーフでサブ2を目指しての勝負レース!!

いつも結果を書くまでクドクドと長いので今日は結果から(笑)
HPで結果を見れたのでグロスの地点通過タイムとラップも♪
Bブロックスタートでスタートラインを越えるまでのロスはちょうど1分でした。

5km:28分51秒(ラップ28分51秒)
10km:56分00秒(ラップ27分09秒)
15km:1時間23分11秒(ラップ27分11秒)
20km:1時間51分02秒(ラップ27分52秒)
finish:1時間57分54秒(ラップ6分52秒)

はいっ!?目標のハーフでサブ2、みごと達成(パチパチパチパチ)
有言実行!!やると決めたらきっちりやる男!!
6週間前の三田ハーフで2時間3分だったのにこの間に4回走って6分短縮!!
やるやん!?オレ(スゲースゲー)

…とか言いながら、かなりの綱渡り状態でドッキドキでした(汗)
大阪ハーフにエントリーしたのは10月初め、夏は猛暑で思ったほど走れなかったので超不安でした。

10月21日の視覚障碍者駅伝で6.8kmをキロ5分半で走るも最後まで持たずに撃チーン…。
11月の神戸マラソンは5時間8分、12月の奈良マラソンは5時間14分でゴール、ハーフ通過タイムも大阪ハーフ完走には程遠い…。
12月16日の三田ハーフは最後に歩いてしまってもいいから、大阪ハーフをギリギリ完走できるキロ6分弱で走ったら…、まさかのほぼイーブンで2時間3分でゴール(^^v

ひょっとしたら行けるかも♪と思いながらも年末年始は走れないし、実業団駅伝の日はちゃんと走れないし、大阪ハーフ1週間前は雨で6kmほど走っただけ。
走れたのは実質3.5回、またもやバクチのような収容バスとの追いかけっこ(汗)

ギリギリのラインなので給水のストップをなくすために伴走の高橋さんにドリンクを持ってもらっていざ勝負!!

レース中は高橋さんのストライドをコピーする事だけに集中、上体で行って足は我慢…、目線と姿勢、着地位置だけ意識してキロ5分半で刻む…。
沿道からの応援に全力でこたえて呼吸とフォームをその都度リセット、こうすると力みがとれるのでリラックスして再出発できるんですよねぇ…。

高橋さんが「前から大阪国際女子の選手が来たよ」と教えてくれたので元気にエールを送る藤井くん。
「まだ先導車です」と高橋さん(汗)
「もう少しですれ違います」とタイミングを教えてくれたので今度こそはと手まで振って元気にエールを送る藤井くん。
「まだ中継車でした」と高橋さん(汗)
向こうは速いから早めに教えてくれてるのにタイミングが超難しい、でもテレビ中継に藤井のエールが入ってたのかもね(笑)

ここまできっちりキロ5分半をキープして18km付近、辛くなってきた…というか、甘えが出てきた…。
あと長居公園1周、ペースを落としてもゴールできるじゃないかと…。
でもすぐ前をライバルが走ってると思って最後の奮起!!
長居公園に入っていつものコース、そしてラスト2km…、元気を取り戻した。

でも何なんだろうね、長居公園って…、スタジアムに向かうところがいつもいつも向かい風(涙)
微妙な上り坂と強い向かい風が邪魔をする…、身体が重い…、徐々に失速する…、キロ5分半をキープできない…、そして心が折れる…。
最後の最後、ホントに心が弱いなぁ…と反省しながらスタジアムに入ってゴール…。

グロスで1時間57分54秒、ネットなら1時間56分54秒くらいかな、大きな目標のグロスで1時間56分には届かず、最後の心の弱さが大きく出てしまった(ザンネン)

ゴール後は意外と元気だったのに、荷物を貰ってセンターで着替えて打ち上げに参加したら急に気分が(ゲロゲロ)
ビールを一口飲んだらもう大変、こみ上げるのはゴールの喜びじゃなく胃のムカつき(涙)
飲めず食べれず緑茶だけ飲んでました(笑)
毎度毎度、実力もないのに厳しいレースを走るからやね、とは思いながらも、それはそれで全てを出し切れてるならいいかななんて思ったり(笑)
そんな状態でも打ち上げは楽しかったな、走ったのは21kmでも、この日のために一緒にいっぱい走ってくれたみんなとワイワイできて…。

打ち上げでは体調が悪かったけど家に着くころには体調も戻って家族と祝杯を挙げる事もできました。
一番大切な目標、「家族が心配するような身体で帰らない」これは達成できて良かった良かった(^^v

今回のレースの反省点はスタート前の調整ミスでした。
朝食の時間からスタート時間までの食事のとり方、ハーフだから大丈夫だろうと油断してたのが間違いでした。
ハーフを走っただけなのに1日で体重が2kgも減っちゃってました(汗)
篠山はこの反省点を忘れずに頑張ります!!

エントリーした頃の走力では完走できそうになかったのに伴走を引き受けてくれた高橋さん、どうもありがとうございました。
寒い中を沿道で応援してくださった皆さん、いっぱい元気をくださってありがとうございました。

「1時間50分でゴールやな!!」とかいつもいつも無理な目標を与えてくれる嫁さん。
レース前日にやきそばを作ってくれた長女、当日の朝ご飯にと卵焼きを焼いてくれた次女、家を出るときに起きてきて「いってらっしゃい」と送り出してくれた三女。
いつもいつも本当にありがとうやでぇ!!

みんなのおかげでパパはまた1つ強くなりました(^^b

「第26回KIX泉州国際マラソン・ハーフ」奥野さんの参加記です

 2月17日、気持ちい晴天となったこの日、泉州ハーフマラソンを走ってきました。ハーフは今年新たに始まった第1回目でした。ちなみに、フルは抽選ですが、ハーフのエントリーは先着順でした。
 スタート場所の浜寺公園駅に到着すると、見渡す限り、人、人、人。こんなにたくさんの人が走るのかと思うと、いっきにテンションが上がりました。無事に伴走者と落ち合い、受付へ向かいました。数日前に、大会事務局から電話があり、ハーフの受け付けはフルの受付より離れたところにあるので、気をつけてくださいと連絡がありました。同時に、「でも、伴走者の受け付けはフルの受付の近くにあります」とも言われていました。確かに、人の流れに乗って進むと、フルの受付を発見。それなら、伴走者の受付を先に済ませようということになり、受付を探すもなかなか見つからず、大会本部へ行きお聞きしたけど、なんだかよく分からない様子。とりあえず、ハーフの受付に行ってからにしようということで、ハーフの受付へ。
  なんとかハーフの受付を済ませ、伴走者の受付場所を聞くと、またもやスタッフの人は首をかしげている。確認するのでお待ちくださいとのことで、待つこと5分ほど。意外とこの5分は長く感じた。ようやく場所が分かり、受付も済ませることができたけれど、第1回目ということで、スタッフの方も右往左往されているようでした。
 さて、そんなこんなで、早スタート時間になりました。ハーフもフルと同時スタートでした。並ぶ場所は分かれていましたが、スタートしてしばらくは団子状態でした。
 そんな中、最初はひたすら真っ直ぐな道を走りました。途中、わーわーずの方にもお会いしました。というか、軽く追い抜いて行かれました。でも、声を掛け合うことがエネルギーになることを知りました。
 5キロ過ぎでUターンして折り返し、またひたすら真っ直ぐな道が続きます。ちなみに、この大会は給水所が少なく、最初の6キロ過ぎくらいまでなかったので、迷わず給水所に寄りました。2回目は11キロ過ぎ、3回目は18キロあたりだったと思います。この2か所は、関門手前に設置されていて、関門を気にしながら走っていると、どきどきのチェックポイントでした!
 今回、沿道に立って応援してくださった人の声に何度も励まされました。15キロくらいまではよかったのですが、後半は徐々に足が疲労を感じてきて、完走はもしかしたら無理かもしれないとも思いました。そんな時、大きな声援を聞く度に、「まだまだ行ける!」と思い直していました。
 そうして、フルもハーフも20キロくらいまでは同じコースですが、ハーフは途中で左折し、ゴールの岸和田城に入っていきます。ところが、最後のとどめが待っていました。左折してすぐに、15メートルくらいの坂道を上らなくてはならず、重い足にはこたえる最後の難所でした。と同時に、さすがお城に向かってるんやなと、へんに納得しました。
 後半は苦しみましたが、なんとか、ネットタイムでは制限時間内にゴールすることができました。ほっとしながら、フィニッシャータオルをいただき喜んでいたのですが、横で配られていた完走メダルもいただけるのかなと近づいて行くと「制限時間を超えている」ということでNGでした。ちょっと、しょんぼり。

 皆さんの温かい応援と、泉州の空気を感じながら楽しく走れたハーフマラソンでした。走りやすいコースだったので、またチャレンジしたいと思っています。

「第11回徳島・海陽 究極の清流 海部川風流マラソン」ガイドさかいさんの参加記です

わーわーずのみなさま、いつもお世話になっております。松原市のガイドさかいです。

早速ですが私は、2月17日に生まれ故郷のレースにこそっと参加してきました。
徳島県海陽町の海部川風流マラソンです。名称は風流とフルマラソンをかけているようです。
種目はフルマラソンだけです。国内のマラソン大会100選にも上位に選ばれている大会です。
以前からこの大会があるのは知っていましたが、私自身あまり私自身の大会参加には、興味がなかったのでほとんどスルーしていました。
しかし、昨年に高校時代の同窓会があり、その席で盛り上がり、じゃー次回の海部川風流マラソンに出るわ。となりました。そして、今回の大会に出たわけです。
今までのフルマラソン参加は、わーわーずのみなさまの伴走でしたので、私自身、自分に記録用のチップをつけて走るのは初めてです。そんな意味では、初フルです。
時間は、グロスで3時間59分8秒。おかげさまで何とかサブ4は出来ました。
これも、毎週日曜日にわーわーずのみなさまと、一緒に走らせて頂いたおかげです。みなさまありがとうございます。
大会自体は、片田舎ではなく本田舎で、お年寄りから幼稚園児までが一緒になって、みんなでマラソン大会を盛り上げている様子を、ひしひしと感じる大会でした。
コースは、街並みの平地をスターとして、海部川を上流に上り、そして折り返す、中盤は山岳コースです。スタートして私が青春時代に見慣れた街並みを通り、そして私と中学時代、高校と一番仲が良かった親友の実家近くへ、そしてその彼のお母さんが、コースわきでレース参加者を、一所懸命応援しているのを見つけました。私はおかあさんに声をかけてそのまま走りつづけました。
レース展開は、20キロ地点で4時間ペースメーカーを追い越し、これからペースをもう少し上げてと思っていましたが、山岳コースへ入り、小刻みに上り下りが続きます。私は上りは良いのですが、どうも下りが苦手、走りながらブレーキをかけているような感じです。そんなことでなかなかペースが上げられず、平坦な市街地に戻ってきました。その後も山岳のダメージが足に残っていて、なかなか平坦でもペースが上がりませんでした。ゴールまであと2キロが今まで走った中では一番長かった。おまけに4時間集団が後ろから迫ってきました。私と一緒に走っていた誰かが、うわーイーブンが追っかけてきたと言って大騒ぎです。無理、俺もうだめだ。と言う人や、いや皆で逃げましょう。と言って励ます人。走っている参加者はわいわい言って、すごく楽しかったです。
そして大会が終わり、私は同級生から電話連絡をもらいました。私のお疲れさん会をするから、と言うものでした。そういえば、私の同級生もスタッフやボランティアで、何人かこの大会に参加しています。私を含め参加者7人のお疲れさま会でしたが、すごくうれしかったです。
今回、初めて自分自身のレースを経験して、今まで考えていなかった事があります。
私は、今まで伴走をしていて、とにかく安全を第一に、事故無く、けが無く、無事に戻る。
この事を一番に考えていました。それは当たり前の事だと今も思っています。
しかし、今回自分自身のレースを走ってみて、コースを走りながら、伴走をしながら走っている様子を自分自身感じていました。
走路あれてます。右カーブです。上ります。速度注意。前方混んでます。ゆっくり。そんな感じです。しかし、今まで感じていなかった事を私はレースを通して感じました。晴眼者なら、無意識のうちにコースの一番遠くを見ます。そして自分の中で、無意識のうちに次のコースレイアウトを意識してそれに備える事が出来ます。しかし、ブラインドの皆さまは、それができないのかなと感じました。
誰もレースに出るからには、自身のタイムを1分、1秒でも縮めたいと思ってレースに参加していると思います。ブラインドの方に、次のコースレイアウトをもう少し早く、そして的確に伝えることが出来れば、その先のコース展開の参考に、少しでもなるのかなと感じました。
これからはもっと先を見て、それを的確に伝える事も心掛けたいと思っています。
私の出来る範囲で、皆様のタイムを少しでも縮めるのに、練習会でも、レース伴走でも、なんらかの役に立てればと改めて感じました。しかし私自身が、もっと私自身の走力を身につけるのが、先ですが。以上、徳島県海部川風流マラソンへの参加報告でした。

「第26回KIX泉州国際マラソン・フル」宗平君の完走記です

高槻のブラインド宗平です。

昨日は泉州マラソンを走ってきた。
自己ベストも出やすいと聞いていたので、以前より一度出てみたかったのだが、昨年は抽選で落選となり、今回が初出場だった。
伴走は高槻でもよく走ってもらっているほしちゃん。
ほしちゃんには山での坂練や美味しいものを求めてのロング走などでかなり鍛えてもらっている。
これまでのフルマラソンのベストタイムは昨年11月の福知山マラソンのときの4時間03分06秒(ネットタイム)だ。
もう少しで4時間を切ってサブ4ランナーの仲間入りをしたいものだが、これがなかなか実現しない。

そんなこんなで迎えた泉州マラソン当日。
天気は味方をしてくれていて、冬の寒さではあるものの、天気が崩れることはないらしい。
コンディションは申し分ない。

新今宮の駅で滅多に乗る機会のない南海電車に乗り換え、大勢のランナーとともにスタート地点の浜寺公園に到着。
駅を降りたらすぐに浜寺公園があるのでありがたい。
にじさん、N井さん、はなてんちゃん、うーしゃん、しげちゃん、はまちさん、F海さん、ヨッシーさん、どんちゃん、さっちゃん達とエール交換して、トイレもストレスなしですませられて、準備万端。
陽射しがあって、思ったより暖かい。
ウィンドブレイカーと手袋も用意してきたけれど、なしで走ることにした。

10時30分、堺市長の号砲でスタート!
「負けないで」のブラバン演奏に見送ってもらった。
この時点ではまだまだ負けるつもりはないぞ!
Eブロックからのスタートなので、0キロ地点を踏むまでに4分かかり、その後もやはり団子状態が続く。
なかなか思うようには進まないけれど、逆に言えば、最初にスピードを上げてしまう危険性がないので、アップをしている感覚で進めるのでむしろいいのかもしれない。
ほどなくして、てらやん&さんちゃん夫妻による力強い応援、ゆかりさん&えんちゃんのユカリーズによるみかん&ウサギの応援でテンションが上がる!
実はこのコース、スタートしてすぐに関空方面に向かわせてくれるのではなく、一旦、先程電車に乗ってきた方向に4.5キロ程戻らなくてはならない。
4.5キロ戻って折り返し、5キロの地点では、1キロ6分少しのペースで走っている。
4時間を切るには1キロ5分35秒ぐらいで走る必要がある。
沿道にはコンビニやお店がいろいろあって、ローソンには「どうぞトイレを使ってください」となっていて心強い。

今回から、ハーフマラソンの部が新設され、その人達も同時にスタートするので、例年よりも混雑しているようだ。
二人分のスペースを確保するのが難しいのだけれど、さすがほしちゃん、瞬時に絶妙なコース取りをしてくれている。
最初のうちは「まあ混雑も仕方ない」ということにしていたのだけれど、あまりにも混雑が続くので、ほしちゃんがこれまた絶妙のタイミングを見計らって、「左側を通りまーす」のようによく通るいい声で言って、感じよく抜いていってくれる。
道中、このパターンを何度も繰り返し、ハーフ組の団子をなんとか通り抜けることができたが、やはりそれなりにエネルギーを使うものだ。

スタート地点の浜寺公園に帰ってきたところでだいたい9キロ地点になるようだ。
この泉州マラソン、実はエイドは充実していない。
だから、エイドで美味しいものを食べたい誘惑に毎度毎度かられてしまう僕のようなタイプのランナーにとってはベストタイムが出るのかもしれない。
なんせ、エイドの間隔も広く、食べ物を置いているエイドは、後半にバナナが2箇所にあるのみという徹底ぶりだ。
そして、最初の給水エイドも10キロ地点まで現れない。
前回の福知山のときは、タイムロスをしないように、最初の頃あまり給水せずで失速したので、今回はなるべく給水をもらった方がよさそうだ。
10キロの給水はやはり混雑していて、ドリンクが追いついていないようだったが、なんとか水をもらえたので水分補給はしっかりできた。
ここまでの5キロは平均して1キロあたり5分40秒弱で進んでいる。

宗平君とほしちゃん。宗平君が笑顔で右手を挙げています

団子は幾分解けてきたが、それでもちょくちょく前が詰まるので、ほしちゃんが
うまい具合にコース取りと追い抜きをしてくれた。
ここからは高石、泉大津、岸和田と各地でだんじりの太鼓やお囃子をして、応援してくれている。
僕はだんじり祭りに行ったことはなく、マラニックのおりに止まっている山車の横を通らせてもらったことはあるが、今回のだんじりライブはたいへん迫力があってパワーがもらえた。
ところで、この泉州マラソンは主催者が出してくれるエイドは充実していないのだが、個人が出している私設エイドがところどころにある。
あまり立ち寄らないつもりでいたが、事前情報として美味しいイチゴ大福を置いてくれている私設エイドがあると聞いていて、遭遇したらいただきたいと思っていた。
のだが、既に売り切れてしまっていて…残念!
給水エイドも5キロ間隔ぐらいにしかないので、毎回もらっておいた方がよさそうだ。
ペースは1キロ5分40秒ぐらいで進んでいる。
これまでのところ、ブラインドランナーや伴走者の単走とはハーフ出場のもりのくまさんと見知らぬ方にお会いしたが、あとはお会いせずなので、みなさんもっと前にいるようだ。
沿道の老若男女からの応援はたいへん分厚く、「まだまだ先は長いで」というおばちゃんからのユーモアあふれる応援もある。
また見知らぬランナーから僕やほしちゃんにエールを送ってくれる人もいてありがたい限りだ。
寿司屋の前を通って、ほしちゃんと「今日の打ち上げは寿司を食べて帰るのもいいなぁ」なんて話していた。
もう、打ち上げの話かい!
ハーフの人は岸和田城がゴールなので、20キロあたりからはフルマラソンランナーのみとなり、コースの混雑が緩和された。
ハーフ地点の通過タイムはちょうど2時間ぐらい。
後半に坂がひかえていることを考えると、サブ4をするにはだいぶ頑張らなけれ
ばならないが、まずまず調子はいいので、願わくば…。

うどんの出汁のいいにおいやパンの私設エイドにもひかれるが、においだけ楽しんで食べた気になって走ることにする。
と、後ろからヨッシーさんの声がして、少し調子が悪そうなのでちょっと心配。
アコーディオンの演奏や少年野球団の元気な声を聞いているうちに、ゴールまでに2回しか現れない貴重なバナナエイドに到達してエネルギー補給する。
いつもなら20キロ台後半あたりから足に痛みが出てくるが、今日はまだ大丈夫だ。
泉佐野に入って、29キロ地点からは海方面に行きたいところを一旦山方面に回っ
て折り返さなければならない。
この辺りからは結構寒くなってきて、風は強くはないけど冷たい。
30キロ地点通過。
一時的にペースが上がった区間はあるが、おおむね1キロ5分40秒はキープできている。
足が少し疲れ始めていたので、ほしちゃんからリカバリーをもらって、いよいよ泉州マラソンのメインイベントへ。

ニジさん達の嬉しい応援をもらった後、32キロの田尻を過ぎて、33キロからがいよいよこのマラソンの難所である。
ここからはスカイブリッジを上って下って、しばらく平坦な道を過ぎると、今度はマリンブリッジを上って下って、その先にある樽井で折り返し、またマリンブリッジとスカイブリッジの上り下りをするというコースだ。
つまり、上り下りが計4回あるわけで、この2つの橋は通称モンスターブリッジと呼ばれている。
まさに終盤に現れるラスボスという趣だ。
数年前、ヨッシーさんの泉州マラニックで一度だけ通ったことがあるが、なかなかきつかった印象があるので覚悟が要りそうだ。
足が疲れていなければ緩やかな坂と思うだろうけれど、足が疲れ始めているので、なかなかに手強い。
すると、ここにワープしていたてらやん&さんちゃん夫妻、ついでユカリーズのお二人と力強い応援をたくさんもらって、坂をてくてく上っていく。
最初のスカイブリッジを上り切ると結構足にき始めていた。
ただ、坂ということは、上った後は下りがあるわけで、そう思うと幾分は楽な気分になれる。
マリンブリッジも上り下りでき、待ってましたのバナナエイドでエネルギーをしっかり補給する。
すると、折り返してくるランナーの中に、N井さん&さわちゃんペア、ついではなてんちゃん&ムックさんペアを発見!
さらに、みかりん、あむちゃん、どんちゃんが連続でいいペースで通り過ぎていく。
なるほど、サブ4するにはこの中に入らなければならないのだろう。
もうすぐ折り返しの樽井があるはずと思いながら、走れども走れどもなかなか樽井に着かない。
この辺りで心が折れそうにもなるが、あと6キロ程だからなんとかしたい。
ガイドにもいろいろなパターンがあると思うが、ほしちゃんは葉っぱをかけすぎないので、僕としては結構ありがたい。
葉っぱもかかりすぎると「頑張ってんねんけど」ってな具合にしんどくもなるからね。
とはいえ、僕のペースが落ちていると、ちょっと引っ張って調子が落ちないようにしてくれている。
やっとのことで樽井の折り返しをUターンして、よし!あとはこの一直線を5キロ進めばゴールだぁ!
折り返すと、さっちゃんとまえっち&ムーランさんペアにも会えて嬉しかった。
タイム的には、ちょーっとサブ4には間に合わないような感じだが、まだ自己ベストは可能性がありそうだ。
帰路のマリンブリッジ&スカイブリッジの上りではやはりかなりのダメージをくらってしまったが、下りで弾みをつけてなんとかかんとかモンスターブリッジは攻略してほっとした。
ウルフルズの「ガッツだぜ」が流れてきて、元気が出る!
ペースは1キロ6分に落ちているが、ブリッジを過ぎれば少しは戻せるはず。
いつの間にか41キロ地点に到達
足は痛くなってるけど、今日はましな方だ。
タイムはちょっと4時間は難しいけれど、まだ自己ベスト圏内だ。
最後の力を振り絞ってわずかながらペースは上げられたと思う。
「あと300メートルや!4162頑張れー!」の声に「ありがとう!」と返す元気も
残っていた。
そのままのペースをなんとかキープして、ゴールイン!
やったぁ!ネットタイムで4時間02分39秒は自己ベストや!
着実にサブ4に向かっているのは嬉しい!
先急ぐつもりは全くなしだから、わずかずつでも自己ベストを重ねていけたらこんなに嬉しいことはない!
完走証は各自ネットでダウンロードするようで完走証はもらえなかったが、フィニッシャータオルとメダルは伴走者にもくれて嬉しい!
ドリンクをもらって、豚汁でしっかり体が温まって、泉州名物がっちょの唐揚げを買って、お待ちかねの海鮮丼の打ち上げ~!
ほしちゃん、ベリーナイス伴走のおかげで、念願の泉州にて楽しくしっかり走れた42.195キロやったよ。ありがとう!

ゴールのあと。完走メダルを首にかけた宗平君が、ほしちゃんと並んで、フィニッシャータオルを掲げもっています

「第38回いぶすき菜の花マラソン」サケもっとさんの完走記です

当日のお天気は、朝から曇っていて、
そのせいか、寒さもましで、思った以上に暖かかったです。

昼からは晴れ予報だったけれど、結局晴れ間もあった程度で、
ずっと曇りで走りよくて、暑さには弱いのでほんとラッキーでした。
曇っていたせいか、ちと寒い時もありました。

エイドは、17キロ地点から35キロ地点くらいまでが
私設エイドもいっぱいあると聞いてましたが、
7キロくらいからドリンクなど、ほんと私設か公設かわからないくらい
ぽつぽつと出始めて、ほんといろいろありました。
しょっぱなの17キロ過ぎには、温めた豆腐に出汁ポンズがかけてありました。
鹿児島の豆腐はめっちゃ固い木綿なんです。
最初からこんな地元のものが出るなんて!ビックリでした。
ここからは、いつものレースで出てくる、バナナやチョコレート、地元の黒砂糖などはもちろん、
後はウルトラ並みの豚汁におにぎり、ぜんざいや焼きそば、焼きもちなどなど。
地元特産のおいもやらブロッコリー、イチゴにマンゴージュース、キンカン、ポンカン、プチトマト、桜島のこミカンもありました。
果物はどれも美味しくて、マンゴージュースは並んだ所まであるかどうかの微妙なところでしたが、なんとか足りて、いただくことができました。ラッキー!
炭火で焼いてる、地鶏や鰹のの腹皮焼きなど
(これはタイミングよく、焼き立てでめっちゃおいしかったです)
さつま揚げも美味しかったな~。
鰹節汁は鰹節にお湯をかけただけなんですが、めっちゃ出汁が出ていました。
綿菓子も小袋に入ってるのをもらいましたが、これは走ってるうちに小さく固まってしまいましたが…。
コーヒーが挽き立てを出してくれると聞いてたのですが、到着したころにちょーど売り切れたみたいでした。残念!
おなかいっぱいで、断念したものもいっぱいあります。
食べることはこの辺で…(笑み)

コースは、前半が山に向かって登ったり、下ったりしながら
薩摩半島の池田湖や開聞岳、そして菜の花がいっぱい咲き乱れてました。
観賞用にもあるそうですが、菜の花を食用にも作られてるみたいです。
菜の花はあれだけ咲いてると走っていてもわかるくらいに香りがしてきます。
コースの途中に開聞岳への登山口があって、
つわものはレース中にこの開聞岳にも寄り道するとか…。
途中神社にもお参りしてゆく人がいてはったりとか、
足湯のエイドブースもありました。
みんな大会を楽しんでるって感じですわ~。

後半は海に向かって降りてゆきます。
曇り空でしたが、時々日も差して、南国のソテツもあって、
海沿いを走ってるとまた違ったコースに代わりました。
35キロくらいからは、温泉街を通ります。
ここからはまた応援もいっぱいで、元気をもらいました。
ゴールは、スタンドはありませんが、トラックがある競技場です。
帰ってきた感がいっぱいでした。

途中6時間のペースランナーに抜かれましたが、
ゴール手前でペースランナー発見!ちとがんばって走りました。
その結果、5時間58分とサブ6できました。
総合順位は、約13000人中約6000位で、6時間で半分がゴールしてることになります。
残りの半分は、後2時間で続々とゴールしてはります。
みんな楽しんで走ってはりますわー。

菜の花マラソンのリピーターが多いのがよくわかりました。
暦的にも月曜が休みになるので、ゆっくり遠征できますしね。
いろいろと観光もできて、楽しい大会参加でした。

ぷらす、ゴール手前で、親戚の女の子が応援にきてくれていて、
名前を呼んで、応援してくれたみたいなんですが、全く聞こえず、tacocoさんが気付いてくれて、久しぶりの再会ができました。
走ることはお父さんには話してたんですが・・・、
ゴールタイムとか全く知らずに応援にきてくれて、めちゃうれしかったです。

そんなこともあって、心に残る大会となりました。

「第28回福知山マラソン」宗平君の完走記です。

昨日は福知山マラソンに出場してきた。この大会は僕のフルマラソンデビューの大会で、それ以来、お気に入りの大会として楽しみにしている。
これまでの自己ベストは京都マラソンで出した4時間08分32秒なので、次は4時間を切れるようにと言い続けているのだが、なかなか実現していないし、自己ベストの更新もない。今度こそは…と気合いが入る。
伴走は昨年の福知山のときにも伴走してもらった賀茂川パートナーズのKさんだ。10月にはKさんに30キロ走を2回やってもらい、鍛えてもらった。

JRの臨時電車・福知山マラソン号に揺られること、約2時間…車掌の激励アナウンスも聞けたので頑張れそうな気がする。
福知山は北部気候のため結構ひんやりしていて霧雨模様だ。長袖+手袋で走るのがよさそうだ。ひらけんは半袖で走るというのだからやはり若い!
スタートを待っている間もときおりしぐれる具合で、じっとしてると寒い。後ろにいたすずちゃん・ほしちゃんペアとおかんさんペアと激励し合って、スタートを待つ。
号砲がなり、スタートだ!

4時間を切るためには、1キロあたり5分35秒を目標にすることになる。
天気は昨年とよく似ている。晴れ、曇り、雨、陽射しの温もり、冷気がめまぐるしく変化する。これもまた福知山らしい。ただ、昨年はこれに強い向かい風が加わっていたので、幾分マイルドバージョンということになるだろう。
由良川に架かる橋を渡り、5キロ地点の福知山駅にやってきた。太鼓の応援もあってにぎやかだ。ペースは1キロ5分20秒ぐらいでやや速いが、下りが多いこともあり、このまま行くのでいいだろう。

市街地を離れ、8キロ地点からはひたすら田んぼ道が続く。昨年はここから天気がだいぶ険しくなったのだが、今回は陽射しの温もりを感じられるほどである。
10キロ地点の少しきつめの上りまでやってきた。ペースはそのまま1キロ5分20秒代であるが、これからの上りで少しペースが落ちたり、エイドによったりを考えるとこれでよさそうだ。

ここからはゆるい上り下りが連続するので少しずつ足に負担がかかることになる。この辺りで一度給水をとることにした。Kさんはよかれと思って、紙コップの口をすぼめて渡してくださったのだが、僕の飲み方がへたくそなため、ほぼ服と靴にこぼしてしまったのだが、まあ4分の1ぐらいは飲めたからよしとしよう。
今回はいつもよりもたくさん見知らぬ人が「頑張ってくださいね」などと声をか
けてくれて嬉しい!ゆるいアップダウンは相変わらず続いている。どこからともなく、「♪見つめ合~う 視線のレイザービームで…」どっかで聞いた歌だなと思ったら、おじいちゃんが郷ひろみさながら、ノリノリで歌って応援してくれている。
そんなこんなで15キロのホラ貝が聞こえてきた。ペースは変わらず1キロ5分20秒台だ。多少速いかもしれないが、まあこのまま行こうということで前進する。

ところが、ちょっと嫌な予感が…。太股の大腿四頭筋が痛み始めてきた。昨年は25キロを過ぎてから痛み始めたと思うので、ちょっと痛くなるには早すぎる。ここでKさんに伝えようかとも思ったのだが、まあもうちょっと痛くなってからにすることとした。
そんな17キロ地点では、急に牛のにおいがしてきて、道の両側には乳牛がいるらしい。次に現れるのは高校生たち大勢によるなんとも力のこもった応援!
給水は何カ所かあるのだが、気温が低いせいか、それほどほしい気にならず、折り返しを過ぎるまでパスが続く。Kさんには食べ物も一緒にとれそうなところで、給水もしたいと伝えていた。時間ロスを避けたいという気持ちもあるのだが、今から思えば、この辺りでちゃんと水分をとっておいた方がよかったのかもしれない。
にしても、バナナすら現れないのはどうも変じゃないか?「エイドでロスさせたくない」というKさんの愛が成せる業なのかもしれない。
まあそれはさておき、中間点の通過タイムは1時間56分55秒。これを単純に2倍すれば、4時間を切ることができる。
実はKさんは、なんとかサブ4を実現するために、上りのタイムロスやエイドのタイムロスも考えて、入念なシミュレーションをしてくださっていた。それによると、1分弱速いということだが、前半はどちらかといえば下り基調なので、おおよそ予定どおりのようだ。

さて、いよいよ舞鶴に入ると、昨年同様、霧雨が雨に変わり、空気が一段と冷えてきた。どうも最高気温は10度に届かなかったようである。
向こう側からブラインドランナーが早々と折り返してきた。その後ほどなくして、ひらけんやNさんも折り返してくる。さすがに速い!
この辺りは避けるのが難しい水たまりもちょくちょく現れて、靴の中が結構濡れ
て気持ち悪い。
今回から折り返し地点が数100メートル先に変更となったようだ。折り返しをUターンすると25キロ地点だ。ペースは1キロ5分30秒台なので、ちょうどよいペースということだ。

ほどなくして、おにぎりやらお汁粉やらいろいろ賑やかなエイドが現れて、Kさんに一口サイズのおにぎりを二つとってもらって、口にほおばった。ひじきご飯だっただろうか…絶妙の塩加減で生き返る!バナナもあるようだったが、それはパスすると伝えたら、次のエイドでさっととれなかったときのために持っておいてくれると言う。そのバナナをしばらくしてもらおうと手を出した。「皮がついてるしね」と聞いて、「しまった!手袋しながらはうまくむけないのだった」と思い、Kさんに返そうと思ったら、すってんころりん…バナナは逃げていったのであった!
その後、といちゃん・たかちゃんペアにも会うことができた。やはり、ブラインドランナーが頑張っているのは良い刺激になる。
30キロ地点でのペースは1キロ5分40秒ぐらいになっているので、Kさんが「ここらでジェルを飲んでおいた方がいい」といって持参のジェルをくださって、エイドの給水とバナナももらって、ちょっと回復できたように思う。
17キロから痛み始めた太股だが、まあなんとかかんとか痛みがひどくなることはなくやり過ごせている。気持ち的にも「まだ12キロもある!」ではなく「よし、あと12キロだ!」と思えているので、これまでのフルマラソンの経験は活かせているのだろうと思う。

30キロを過ぎると、またアップダウンが連続する。Kさんが「はい、ここからまたジワジワ上り!」と言う。実はKさんに伴走してもらうときには、K語録なるものがあり、賀茂川河川敷では「ゴロゴロ石」、ポンポン山の麓では「ペコペコゴム」というのが実に役に立つ。しかし、「ジワジワ上り」はありがたくない。
数年前のこの大会で、30数キロ地点の福知山スイーツエイドに随分助けてもらったことがある。今回も立ち寄りたいと思ってKさんにも見てもらっていたのだが、ついに今年も見つからず、残念なり。ほしかった福知山スイーツ「十三里」は後で土産屋で買うとしよう!
35キロ地点を通過。ペースはなんとか1キロ5分40秒をキープしているから、まだサブ4圏内にはいる。

しかし、17キロ地点から太股が痛み始めて、なんとかふんばっていたのだが、他の部位に負担がかかっていたのだと思う。腰が痛み始め、ついでふくらはぎ、それに普段はあまり痛くならない肩もこってきた。こうなると、なかなか足が前に出なくなる。
Kさんから2本目のジェルが手渡され、給水にもだいぶお世話になる。Kさんがいろいろと葉っぱをかけてくれるのだが、一歩一歩を踏み出すので精一杯となってしまい、あとの7キロは非常に長く感じざるを得なかった。したがって、この辺りの記憶がない。
気持ちが上向きになってきたのは39キロ辺りで流れてきたサザンオールスターズの曲だ。実は、この福知山マラソン、毎回終盤の苦しいときに流れてくるサザンの歌に助けられている。フルマラソンデビューの時も、非常に苦しいときに「希望の轍」のイントロが流れてきて、なぜか力がわいてきた。毎年「希望の轍」だったのが今年は「東京ビクトリー」に変わっていたが、この曲も不思議なことにすーっとリズムに乗れて、「あと3キロでゴールだ!」という気持ちとあいまって、少し持ち直してきた。
35キロ~40キロの辺りでのペースは1キロ6分30秒ぐらいに落ちていて、苦戦を強いられた。今回から福知山名物の最後の坂が短くなっていると聞いていたのだが、それでも500メートルぐらいだろうか、ラストの上りは最後の力を振り絞ってなんとかゴールイン!
ゴールでいただいた生姜湯と柚子茶が美味しかった。完走賞は伴走者のものも出してくれるというので、2枚いただいた。

今回の結果は
0~5キロ 0:27:13
5~10キロ 0:27:48
10~15キロ 0:27:43
15~20キロ 0:28:04
20~25キロ 0:28:12
25~30キロ 0:29:19
30~35キロ 0:29:16
35~40キロ 0:31:17
40~ゴール 0:14:14

タイムは4時間03分17秒(ネット4時間03分06秒)。
4時間を切ることはできなかったが、自己ベストを5秒縮めることができたので、僕としては結構嬉しいのだが、Kさんはだいぶ残念がってくださっていたように思う。もう一つ良かったと思うのは、少しペースを落とした区間はあるが、今回は歩くことなく走り続けられたことだ。これまでにそれができたマラソンは自己ベストだった京都マラソンのみで、後半の断続的な坂でいつもやられてしまっていた福知山では初めてのことなのだ。だから、改善の余地はまだまだあるが、現時点の自分の力は結構出し切った達成感があるので、自己ベストはたいへん嬉しい。
サブ4まであと3分!まぁのんきな性格のため急ぐつもりはないが、いよいよそんな僕にもサブ4が近づいてきたのだなという余韻を感じながら、福知山2018が終わったのだった。Kさん、今年もナイス伴走ありがとうございました!