[投稿者] 大型ザックさん
朝方は気温が低く少し寒かったんですが、風がなく日差しが暖かかったので快適に走ることができました。みんなも同じように感じていたのか周回数を増やした人が多かったようでエイドに集まる人が少ないように感じました。
(photo by しょうちゃん)
[投稿者] 大型ザックさん
朝方は気温が低く少し寒かったんですが、風がなく日差しが暖かかったので快適に走ることができました。みんなも同じように感じていたのか周回数を増やした人が多かったようでエイドに集まる人が少ないように感じました。
(photo by しょうちゃん)
[投稿者] 平野
12月11日。
毎年この12月の2週目が忘年会です。
いろいろあったけど大きくはかわりなくすぎた2016年も、
練習会のあとに長居連合会館で忘年会がありました。
事前の参加表明は30何人か、
そこに当日のドタ参がいっぱいあって、
40数人でわいわいと楽しみました。
長居連合会館は床面積で言えば福山楼の3倍以上ありますから、
ドタ参の受け入れは余裕ですね。
アルコールは持ち込み価格だからとにかく飲みたい人はハッピー。
さらにキッチン付ですから、食べたい人も楽しみ多いところです。
今回、たかちゃんが蕎麦をふるまってくれました。
それもただのそばではなく、蕎麦打ち名人の蕎麦です。
フーヤンさん、hidesan、松ちゃんファミリーが
蕎麦茹でを手伝って提供した湯がきたて。
「ごちそうさまでした」
今年をふりかえって。
来年への抱負。
ひとりずつの一言発表。
みなさんの一言にかんがみて、
今の自分をみつめなおす機会のえられたことに感謝。
笑いもいっぱい、ありがとうございました。
12月4日に行われた福岡国際マラソンで、和田伸也選手は、世界記録には12秒及ばなかったものの、今年2月に自身がマークした日本記録を1分35秒上回る2時間32分11秒をマークしました。
和田選手のここ数年のフルマラソンは、日本代表選考レースであったり世界大会だったりと、タイムよりも、どちらかといえば順位を求められる大会が大半で、確実に結果を残すための堅実な走りが求められていました。
しかし、今大会はそのような大会でないため、記録狙いとしての出場。
少なくとも、自身の持つ日本記録更新(2時間33分46秒/2016年)、そして、T11男子の世界記録(2時間31分59秒/Cionna Andrea・イタリア/2007年)やびわ湖毎日マラソン参加資格(2時間30分00秒以内)を目指し、大会に臨みました。
序盤から、5キロラップタイムで概ね18分を切るペースで進んできた和田選手、中間点を1時間16分01秒の世界記録ペース、30キロは1時間47分51秒と、世界記録をわずかに上回るペースで通過します。
35キロまでの5キロは18分17秒。ややラップタイムを落としたものの、いつもはここから大幅にスピードアップをしていく和田選手、依然として世界記録に期待を持たせる走りでした。
しかし、いつも以上の積極的な走りが影響したためか、40キロまでの5キロが18分07秒と、思ったほどペースが上がりません。
最後の2.195キロの頑張りも、7分54秒まで上げるにとどまり、日本記録は更新したものの、世界記録にはわずかに及びませんでした。
とはいえ、終盤もしっかり粘ってイーブンペースで走り切った今大会、20キロ以降の5キロごとで30番前後ずつ着実に順位を上げていき、後半だけで130番以上も順位を上げる129位(出場者373名)でのフィニッシュを見せました。
中でも、40キロまでの5キロでは、5キロ毎で最大の35番のジャンプアップ、最後の2.195キロでも17番も順位を上げ、これら各区間のラップタイムは63番目、52番目でした。
今大会では、和田選手の爆発的なスパートは影をひそめましたが、それでも、いわゆるエリート大会である福岡国際マラソンで、終盤に次々と他の選手を抜いていった走りは、後半に強い和田選手の持ち味を十分に発揮したといえるでしょう。
出場したフルマラソンでは、国際大会では順位、国内大会では日本代表獲得や日本記録更新など、何らかの結果を確実に出し続けてきた和田選手。
リオパラリンピックから2か月半、短いリフレッシュ期間を経て、以前から出場を希望していたこの福岡国際マラソンでも、日本記録を上回る結果を残しました。
[注]記録の公認について
今大会は日本陸連公認大会であるため、日本パラ陸連登録選手である和田選手の記録は、必要な審査をパスすると視覚障害T11男子の日本記録として日本パラ陸連に公認される。
また、IAAF(国際陸連)ラベルロードレースでもあるため、記録は同様にIPC(国際パラリンピック委員会)公認となる。
[参考]2011年以降の和田選手のフルマラソン結果
2011クライストチャーチ世界選手権/銅メダル
2011福知山マラソン/日本記録に約1分に迫る自己ベスト(パラ代表選考大会)
2012ロンドンパラリンピック/5位入賞
2012福知山マラソン/日本記録保持者となる(世界選手権代表選考大会)
2013リヨン世界選手権/銀メダル
2014別府大分マラソン/セカンドベスト
2014防府マラソン/日本記録更新
2016別府大分マラソン/日本記録更新(パラ代表選考大会)
2016リオパラリンピック/5位入賞
2016福岡国際マラソン/日本記録更新
*上記の日本記録は、全てアジア記録にもなっています。
■公式結果より
和田伸也(若ちゃんFRC)2時間32分11秒 129位
[5kごとのラップ/最後は2.195k]
17分59秒、17分51秒、18分10秒、18分07秒、
17分45秒、17分59秒、18分17秒、18分09秒、7分54秒
前半;1時間16分01秒 後半1時間16分10秒
[完走率]
エントリー;417名
出場者;373名
完走者;306名
完走率(完走者/出場者);82.0%
[5kごとの順位の変化]
05k;292位→10k;279位→15k;273位→20k;263位→
25k;232位→30k;208位→35k;181位→40k;146位→フィニッシュ129位
[終盤の5kラップタイムの順位]
30k~35k(18分09秒);131番目
35k~40k(7分54秒);63番目
40k~フィニッシュ地点;52番目
[気象データ/福岡市・気象庁観測値]
12時 気温11.5度 南南東の風3.0m/s 湿度94%
13時 気温11.9度 南東の風2.6m/s 湿度92%
14時 気温12.3度 東南東の風1.8m/s 湿度94%
15時 気温12.6度 南東の風3.8m/s 湿度93%
*12時以降の降水量は0でしたが、テレビでは雨が降ったり止んだりの天候でした。
*競技開始12時10分
■大会公式サイト
http://www.fukuoka-marathon.com/
■大会関連記事
リオの絆が力に、全盲ランナー和田さん日本新/朝日新聞デジタル(12月4日)
http://www.asahi.com/articles/ASJD43RSRJD4TIPE00L.html
パラリンピックや世界パラ陸上でのメダリストである和田伸也さんが、2016年11月、月刊誌『ランナーズ』などでもおなじみのアールビーズスポーツ財団による「ランナーズ賞」を受賞されました。
ランナーズ賞とは、市民ランニングの普及、発展に貢献した人物や団体などを毎年表彰するもので、今年で29回目となります。
詳しくは下記リンクをご覧ください。
第29回ランナーズ賞(ランネット公式サイト)
https://runnet.jp/award/detail_n29.html
なお、長距離・マラソン選手の練習は、いつも速いペースで走っているのではなく、会話のできるジョギングペースで走る日もあります。
したがって、パラリンピックに出場するような視覚障害者ランナーでも、必ずしも、速い人だけが伴走者、ということはありません。
上記リンク内の和田さんの記事中に、100人の市民ランナーの伴走者がいる、との意の記述がありますが、この中には、和田さんのレースの伴走をできる人から、ジョギングなら一緒に走れる人まで、いろいろな伴走者がいます。
これからも、様々な人と共に、和田さんは前へと進んでいくことでしょう。
OSAKA EKIDEN in長居 兼 第19回全国視覚障がい者駅伝大会が
今年は、11月20日曇り空の中行われました。
途中小雨が降りましたが、11月の中旬を過ぎているのに
暖かなラン日和&応援日和でした。
全国から50チームの参加があり、
うち視覚障がい者チームは26チームでした。
わーわーずからは10チームで参戦しました。
そのわーわーず駅伝の取りまとめをしていただいた、
セッキー君からコメントをいただきました。
そのあと記録が閲覧できる公式サイトへのリンクと
写真が続きます。
記録が閲覧できる公式サイトはこちらです。
以下、写真です。
※写真撮影は、なにわの大久保さん・小林旦那さんにご協力いただきました。
※写真を拡大しての閲覧・ダウンロードは こちら からどうぞ。
23日の祝日、久しぶりの4時半起きをした。
福知山マラソンに出場するためだ。
京都駅6時33分の臨時快速列車、その名も「福知山マラソン号」にて丹波路を北上した。
2時間ほどして、車掌さんの「健闘をお祈りします」の放送が入り、福知山駅に着いた。
福知山は少し雨がぱらついていて、結構寒く、会場までのシャトルバスを待つ時間がちときつい。
さて、僕にとっては今回が4回目のフルマラソンで、福知山マラソンは初フルのときに続いて2回目だ。
今回の伴走は、いつも平日練習をしてもらったり、初フルの福知山のときも伴走してもらったとんさんだ。
これまで3回のフルマラソンの結果は、4時間58分、4時間45分、4時間29分と13分ずつぐらい速くなっているので、今回は4時間20分を切れたらいいかなと思い、いざスタート!
やはり雨はぱらぱらながら降っていて、必ずしもコンディションはよくなさそうだ。
コースはしばらく福知山の街中を通り、橋を越えたらひたすら由良川沿いを走り折り返してくることになっている。
今回も帽子にボイスコーチを付けて走ったので、1キロごとにどれぐらいのペースで走っているかを声で知らせてくれる。
それによると、最初の1キロは5分30秒台だと通知している。
最初の下り坂はセーブをかけたはずなのだが、予定よりも速くなっている。
4時間20分を切る目標なら1キロ6分のペースで走り続ければいいわけだ。
そこで、とんさんに「ちょっとこれは速いペースなのでスピードを落としましょうか」という相談をして一瞬は遅いペースにするのだが、どうも自然と速い速度に戻ってしまう。
その時、あることに気づいてしまった。
どうも後ろから聞き覚えのある声がするなぁと思っていたら、加茂川パートナーズのテツさんとガイドOさんペアがぴったり後ろについているのだ。
まぁ、すぐに追い越して行ってしまうだろうけれど、仲間が近くにいてくれるのは心強い。
そんなことで、ペースが若干落としにくい状況になってしまった。
後で苦しむ結果になるかもしれないけれど、とりあえず5分40秒台をキープすることにした。
そして、迎えた10キロ。
あれ?まだテツさんとOさんが真後ろにいるではないか。
テツさんにペースメーカーにしてもらって光栄ではあるけれど、こうなるとペースを簡単には落とせない空気になってきて、いや困った!
Oさんからも何やかやのチャチャが入る。
そこで、とんさんと相談する。
「テツさんに抜いてもらって、ペースを予定の1キロ6分ペースに落としますか?」
僕もとんさんもどうにも判断がつかず、それはすなわち自動的に現状維持ということになってしまう。
川沿いの道は風が強く、ときおり冷たい向かい風に苦しめられるが、ブラバン隊や子どもの応援に癒やされながら、そこそこ快調に走っている。
少し前にてらやんの福知山向け練習会に行って鍛えてもらった効果がありそうだ。
そして迎えた20キロ。
真後ろには…依然テツさんとOさんがいらっしゃるではあーりませんか!
とんさんと「えらい人達に後ろをつかれましたねぇ」と苦笑しながら、結局ペースを6分に落とすことはせず、後半戦を迎えることとなった。
この頃はまだ気持ち的にはゆとりがあって、楽しく走れていたのであろう。
そのとき、向こう側からてらやんの大きな声。
今回全盲女子で優勝したなつみん&てらやん組…超快走のようだ。
ところで、前回出たときは、いくらなんでもこの辺りまでにもうバナナのエイドがあったはず。
なんで今回は食べ物のエイドがないのだろうか。
24キロを過ぎて折り返しコースに入った。
雨は弱いながらも降り続いている。
普段の練習会で20キロまでは練習できるが、それ以上の距離はなかなか練習が難しいため、やはり今回も20キロ代後半になってくると足が少しずつ痛くなってきた。
いよいよここからが勝負だ。
すれちがう、わーわーずのたかちゃん、ルビーさん、いもちゃん&松りんペアや、かもぱのミッキーさんペアやMさん、ミントの方などからエネルギーをもらってありがたい限りである。
そして、28キロ、ついに出ました待ってましたの食べ物エイドでバナナをいただく。
さすがにお腹もすいてきていたのでありがたい。
黒棒や飴やゼリーもいただいて、よし30キロを目指そう。
後ろには…依然としてテツさん&Oさんがいる。
ぴったりついてくれはったおかげで、ここまでいい調子で走らせてもらった。
しかし、いよいよ抜いてもらわざるを得ない状況になってきた。
だいぶ冷えてきたせいか、トイレに行きたくなってきたため、仮設トイレに行くことにした。
レース中のトイレは初体験であった。
再び走り始めると、今回密かに期待していた福知山スイーツエイドがあった。
子ども達が「手を出してください」と言うので差し出してみたら、栗のお菓子と求肥の入ったどら焼き風のお菓子をくれた。
甘党の僕にはこの両方ともがかなりのヒット。
思わず立ち止まってじっくり食べていた。
タイムロスにはなるけれど、それと同じくらいエイドの食べ物を楽しみに走っているのでどうしようもない。
どのくらいのヒットだったかというと、実はレース後、思わず売店でそれらしいお菓子を探してもらい、おそらくこれだろうとおぼしき「十三里」なるものを買ってしまったほどだ。
サツマイモでコーティングされたマロングラッセといった感じで、「栗(九里)よりうまい十三里」ということだそうだ。
さて、再び走り出すと、まぁ当たり前だが、テツさん&Oさんの姿はない。
追いかけられていると苦しいが、一緒に走ってきたのに近くにいないとなるとこれはこれでまた寂しいものである。
今度は隣にマリオがやってきた。
そのマリオとの再会を喜んで、少し話をしたところで、実はここでちとまずいことになってしまった。
とんさんの足の様子がどうもおかしいのである。
「とんさん、大丈夫ですか?」と聞くと、「大丈夫じゃない」とのこと。
足がつってしまったとのことで、これは困ったという状況だが、ブラインドとガイド、お互いにパートナーとしてチームプレイをしているわけだから、当然こういうことはありえるわけだ。
しかし、とんさんはここで機転を利かせて、そのマリオに「代わって!」と言った。
実はこのマリオ、レース伴走はまだやったことがないというのだけれど、ありがたいことに、残り10キロ程の伴走を引き受けてくれた。
とんさんとゴールまで行けないのはたいへん残念なのだが、絶妙のタイミングでピンチヒッターがすぐ近くにいるという状況もまたすごいことである。
で、このマリオは何者かということであるが、なんと徳島のKさんだ。9月にはるばるわーわーずの練習会に来てくださったときに、一緒に走ったこと
があるのだ。
また、かもパでお世話になったふくちゃんが仕事の都合で徳島に行くことになり、徳島の地でブラインド・ガイドランナーの練習会「阿波を共に走る会(あわとも)」をふくちゃん達と盛り上げている中心メンバーなのだ。
人の縁というのはほんとに面白いものである。
さて、30キロを過ぎると足もじわじわと痛み出してきて、ペースは6分から6分半となった。
ただ、これまで3回のフルマラソンでは30キロ代前半でどうにも足が痛くて歩いてしまったことを考えると、今回はなんとか粘っている。
それにしても、仮装しながら伴走してもらうというのは僕にとっては初めてのことで、しかもマリオに伴走されているとはなんとも面白いではないか。
それから、見ている人達からすると、マリオがブラインドランナーを伴走している光景はなかなかインパクトがあるのではないだろうか。
単純に構図としても印象に残るだろうし、伴走について知ってもらう良いアピールにもなっているかもしれない。
マリオというのは子どもだけでなく、大人もよく知っているから沿道からマリオコールがあちこちから聞こえてきて、僕の方もマリオ気分を味わわせてもらったのであった。
それにしても、福知山のコースは思っていたよりアップダウンがある。
30キロ代を走る足にとってはかなりきつい。
上っては下り、上っては下りの繰り返しが続いていくにつれて、37キロ辺りからは足の上半分全面が痛い状況であった。
もはや応援に応える気力が出ない。
そして、39キロ。
いよいよ足が動かなくなってきた。
これまでのレースでは、この状態になってしまったときに歩いてしまったのだと思う。
今回についても、あと7キロほどまだあるのであればやはり歩いていたかもしれない…が、今回はあと3キロ…もうちょっとでゴールに足が届くではないか。
ちょうどそのとき、なんともありがたいことに給水所へやって来た。
ラッキー!命の水を飲んで、ちょっとエイドのおばちゃんと言葉を交わして、少し気分的に生き返った。
そうすると、1キロ7分ペースにはなるが、あと2キロは行けそうに思えてきた。
応援の声が「がんばれ」から「おかえりー」に変わると気持ち的に随分とラクになる。
そして、41キロにさしかかり、ここからは最後の難所である長い上り坂だ。
ただ、ここは応援隊がたくさん声をかけてくれるので、「あと1キロでゴールだ」という少しほっとし始める気分にもなれるため、無理ができて、上り坂が走れるのだから不思議なものだ。
とはいっても、「あと少し」…しばらく行っても「あと少し」…もうちょい行っても「あと少し」…おいおい、「あと少し」が長いぞぉ!と全身必死になって…
おっ、サザンの「希望の轍」が聞こえてきた…これはほんまにあと少しだ。右に曲がって…ゴールイン!
10キロごとのタイムは
0:56:16
0:55:54
1:03:44
1:05:37
最後2.195キロが0:14:38。
結果は4時間16分21秒。
1キロ6分ペースの速さにはまだ達していないが、前回の篠山よりも13分速かったので、自己ベストである。
本来なら、とんさんとゴールするはずで、それがかなわなかったのはたいへん残念なのだが、ありがたいことに、うまい巡り合わせで、交代伴走者が見つかり自己ベストも出せた。
とんさんに最初の30キロをしっかり伴走してもらって、うまい具合に調子に乗せていただき、Kさんに30キロを越えてからの苦しい道のりを軽やかに伴走していただき、ほんとにお二人の絶妙な合わせ技のおかげで、自己ベストが出せて、すごく感謝している。ありがとう!
年明けは枚方ハーフをヨッシーさんと、高槻ハーフをミントまっちゃんと、京都マラソンをオリーブさんと出場する予定なので、今シーズンもしっかり走って楽しむぞ!
ブラインドの、いもちゃんです。
福知山マラソンを走られたみなさん、お疲れ様でした。
私も、福知山マラソンに参加してきました。
初めての福知山。わーわーずの練習会で、みなさんから福知山マラソンは、いい大会だよと聞いていたので、すごく楽しみでした♪
雨がぱらついたり、晴れ間が出たり、また、雨がぱらついたりと、へんな天気でした。
寒いのが苦手な私は、手袋をはめ、ビニール袋を着て走りました。
伴走者は、いろんな大会で、いつもお世話になっている 松りん。
10月にあった モンテ・オウ・コスモスの大会から、左膝を痛めていたので、どの辺から、痛みが出てくるか、とても心配でした。
心の中で、膝に頑張って、頑張ってと言いながら、走りました。
始めは、キロ5分半ペース。
後ろからすれ違いざまに、ほっとさんや、たかちゃんに声をかけてもらい、いい調子で、前半は走れました。
20キロあたりから、だんだんペースが落ちてきて、キロ6分ぐらいになっていました。息切れもなく 足もまだ大丈夫。お腹がすいてきたのが原因でした。
松りんに次のエイドでしっかり食べようと言ってもらったのですが、次のエイドには 飲み物しかなくて、その次のエイドまで我慢することに。
折り返してきた、なつみんと、てらやんペア。てらやんの大きな声! すごいスピードで 走り抜けていきました。
なかなかエイドが出てこない。お腹がすくと、こんなにも、ペースが落ちるんだなと、びっくりでした!
やっと、食べ物があるエイドに着き、おにぎりやバナナを食べ、おしるこを飲んで 元気回復。とっても美味しかったです。ペースも戻り、いい感じ。
30キロちかくなると、足全体が重くなり、痛くなってきました。幸いにも 心配していた左膝の痛みは、なかったです。
前に 宗平さんが歩いてると、松りんが教えてくれました。
私たちがエイドに寄っているあいだに、宗平さんの姿は、見えなくなっていました。
ここからは、足の痛みとの闘い。すると、松りんが、このペースで最後まで行けたら、僕も自己ベストが出るかもしれないとのこと。これは、頑張らねば。その言葉で力をもらい、大きなペースダウンがないように 足の痛みをこらえながら、走りました。
だんだん、1キロ1キロがとても長く感じるようになっていました。沿道からの声援もあり、なんとか歩かずに、ゴールすることができました。
タイムは、4時間18分でした。
二人とも、自己ベストを更新することができました。
前回の泉州マラソンより、40分ほど速い記録でした。
マイクで名前を呼ばれていると思ったら、3位入賞だったみたいで、びっくりでした!
松りんと、わーわーず1年生同士、いっしょに成長していきましょうと言っていたのを思いだしました。
今回も、思い出に残る大会となりました。
2016年11月6日 初のNYCマラソン(ニューヨークシティマラソン)
忘れられない感動の1日。2016NYCマラソン。
世界の5大マラソンの一つに数えられる、ニューヨークシティマラソンを走ってきました。
ニューヨークシティマラソンは、ニューヨーク州の五つの地区(スタテンアイランド、ブルックリン、クイーンズ、マンハッタン、ブロンクス)をすべて通るコースで橋も五つ渡ります。ゴールは、セントラルパーク内、アップダウンが待ち受けていました。
NYCマラソンの参加者は5万人規模で、被り物やリュックを背負って走ることは禁止ですが、プチ仮想やウエストポーチを付けて走るのはOKです。私とルビーさんは赤いフードの上に小さな黒い角の付いたケープを着て、セロハンテープにhana(はなてんのはな)と書いてケープのあちこちに貼って走りました。沿道の人たちが名前を呼んで応援してくれます。
障がい者ランナーには、コースを先導する人、横に付いて走る人、後ろをガードする人と3人の伴走者を付けることができます。私も現地に住む日本の人二人とルビーさんと4人のチームで走りました。
快晴の空の下、9時50分、大きな号砲とランナーの歓声でスタート。何機ものヘリコプターが低空飛行をしているようですごい音、最初の橋「ヴェラザノナローズブリッジ」は2階立てで、上から時々雨が降ってくるとか?
スタート位置の違うエリートランナーが上を走ってて、トイレに間に合わないランナー(男性)が時々雨を降らすようです。
だから橋の真ん中を走ります。まあ、今回は雨が降らなかったようです(笑)
風が強くて前にすすまない感じ、でも、寒さは感じません。橋を渡り終えると沿道に応援の人たちが道路の左右にいて、街の中をすすむほどに増えてきて、ジャズやラテン音楽、ポップスなどなど、まるで野外コンサートの様、その場に立ち止まって聞いていたかったなぁ。中央分離帯に立って警備をしているポリスマンも笑顔で声援をくれます。狭い道では、左右からの声援にかき消され、ロープをもってる伴走者の声もよく聞こえないほど。
ユダヤの人たちが住む地区は少し静か、みなさんお家の中で過ごされているようです。
それでも、今年は沿道で応援をされている方が多いとか。
いよいよ最大のがんばりところと言われてる、クイーンズとマンハッタンを結ぶ全長1kmの橋「クイーンズボロブリッジ」に差し掛かると沿道には応援団はゼロ、周りのランナーは無口で辛そうな表情だとか。私は元気いっぱいで足も軽く、周りのランナーに「がんばりましょう!」と声をかけて走ってました。もちろん日本語でね。(笑)
声を出すと元気が出ます。橋を渡り切ると突然沿道からものすごい声援、「がんばってここまで来たね」と言われてるみたいです。しんどかった分だけ感動は倍増。
何度か角を曲がってブロンクスへ、セントラルパーク手前でスポーツゼリーのエイドがあり、それまで水とゲータレードばかりだったのでおいしくいただきました。パーク内に入るとバナナのエイド、これもしっかりいただいてエネルギー充電、沿道の人とハイタッチをしたり、手を振ったり、ニューヨークに住む日本人の人たちは日の丸を振って「がんばってー」と聞こえてきたときは嬉しくて「ありがとう!」と言いながら走ってました。もちろん英語で「ありがとう!」も忘れずにね。パーク内のゴール地点には有料の観覧席が設けられているとか。日本の花火大会みたいですね。
ゴールに近づくにつれ歩いてるランナーも増えてきて、先導をしてくれてる伴走者はコースを開けてほしいと言いながら最後まで走ってました。ほんとうにありがとう!
残り200mからhanaチーム全員で手をつないでゴール。
タイムは4時間33分00秒。5時間かけて走ればいいと思ってたのでほんとに楽しい楽しい42.195kmの旅でした。
去年に続いて2016年も大阪マラソンに挑まれた大吉さん。
前大会の様子は以下をご覧ください。▼「2015大阪マラソン」オリーブさんの伴走レポートです
https://waawaas.sakura.ne.jp/?p=719
▼「2015大阪マラソン」サケもっとさんの大吉さん応援レポートです
https://waawaas.sakura.ne.jp/?p=721
▼大吉さん、2015大阪マラソンで年代別1位
https://waawaas.sakura.ne.jp/?p=896そして今回の様子は
NHKの番組「関西ホットライン」「おはよう日本」にて
普段の練習と当日の挑戦が紹介されました。今大会も同じく伴走を務められたオリーブさんから
伴走完走記が届きました。カメラ視点とはまた違って
伴走者視点でみる大吉さんの姿もまた新鮮です。以下、オリーブさんの伴走完走記です。
☆
81歳のブラインドランナー大吉さんと第6回大阪マラソンを走りました。
スタートブロックがKで、タイムロスが16分ちょっと。
誰か知り合いいないかなーと見ていると、前方でブラインド発見、女性ガイドと走っているまえっちでした。
まえっちとは10k前後まで抜きつ抜かれつしながらでしたが、その後は先行されました。
玉造辺りと10k過ぎでわーわーず仲間はまちさんさんが見つけてくれてエールくれました!あの怒涛のランナーの中で・・・
最初のわーわーず応援隊も5kに居たけど、こちらが見つけて叫んでやっと見つけてくれた感じ。
大吉さんはトイレに行きたくなるからと15kまでは給水なし。
17.5kで最初の給水、その後2箇所くらいで給水と、バナナを食べた。
25kでスタッフしているわーわーずのハコちゃん、なかちゃんを探したけど分からず。
屈伸して再スタート、その直後、後からスタッフしていたザッキーが大声でエールくれた!
その後も6分後半くらいのペースで快調に走っていました。
ところが大吉さんは快調だったが、伴走の私がちょっと疲れてきた。(苦笑)
走っていて体の芯がちょっとぶれている感じ、脚も疲れて来ている、ロング走練習不足と推測した。
恵美須過ぎたあたりの往来で、みゆきさんたかちゃんペア発見、叫んだけど届いたかな?
次に目指すは30k地点、ひたすら走る。
その時、横から「ここここ!」って呼ばれて見たら、ドロンジョ様のエミューさんのエイド!
エアサロンパスをかけて貰ってコーラ頂いてエール貰って再スタート。
この時はまだ元気でした。
その後、32.5kの「まいどエイド」に寄って、脚つり防止の漢方薬を飲み、4,5分止まって適当に食べて、再スタートした直後に後に引っ張られた!
足の指が痛いとストップ、何とか持ち直して再スタートしたら「あかん!痛い!」
今度は脚のつり発生、沿道に座り込んでマッサージと屈伸。
走ってもすぐまた歩き、を何度か繰り返して、ここで、まさかのリタイヤも頭をかすめる大ピンチ。
座り込んでいる私達に、見知らぬランナーさん、医療ランナーさん、義足のランナーさんたちが声かけて下さり、エアーサロンパスをかけてくれたりと、ヘルプしてくれた。
何とか走り出したけどユルジョグ、その時にわーわーず仲間「てるちゃん」が走ってきた。「大吉さん脚つってしまって、大変やねん!てるちゃん先行ってね」
「何とか完走はしたい」という大吉さん、必死の思いで34kのわーわーず応援隊にたどり着いた。
その途端、ヘナヘナと崩れた大吉さん。
ガイドヘルパーの吉田さんからのドリンクを飲み、みんなからの声援を受けて、ゴールに向けて再スタートしました。
実は、応援隊はGPSで大吉さんを追っていたけど、何故か大吉さんが通過になっていて落ち込んだそうです。
その時に、てるちゃんが応援隊に着いて「もうすぐ2人、来るよ」と知らせてくれて、これは本当に助かったのでした。
35kからは、文字通り苦しい旅になってしまった。
珍しく大吉さんの口から弱音が出た。
「やっぱり81歳のじいちゃんやし、あかんなー」
「諦めんと最後までがんばろ!」
騙し騙し、何とか脚を前に出す。私も「脚大丈夫?」は怖くて聞けなかった。
周りのランナーも歩く人ばっかり。
最大の難関、南港大橋をこれも何とか必死で渡って、残り4k。
ペースは8分半まで落ちていた、とにかく脚を前へ前へ。
最後エイドの38k、40kエイドに居たわーわーず仲間から、エール貰ってラストに向かう。
そんな時、残り約1.5kまだ走ってるのに「今日は伴走してくれてありがとうな」と言う大吉さん。
「そんなことはゴールしてから言って!まだ1.5あるんやから!とにかく無事にゴールしよ!」
思わず声を荒げてしまいました。
そしてようやくフィニッシュゲートが見えてきて、両手上げてゴールしました!
グロスで5時間44分ちょっと、ネットで5時間28分くらいでした。
目標が5時間半だったので、ネットで何とか達成出来ました。
途中、リタイア寸前の大ピンチもありましたが、何とかゴールにたどり着けてホッとしました。
ゴール後はフラフラで立っているのがやっとでした・・・
応援して下さった方々、本当にありがとうございました。
応援が無ければ、走れなかったでしょう。感謝です。
今回脚がつったことで私なりに検証しました。
去年も、35k手前で脚がつりました。その時は、走りなれてないシューズだったからつってしまった、と大吉さんは言っていました。
そして今年も32.5のエイド直後に脚のつりが起こった。
それは、30kまでエイドに寄ってもすぐスタート、殆ど休まず走りっぱなしで行って、32.5の「まいどエイド」で4,5分止まり食べたことで、脚が急速に休まってしまい、筋が収縮したのではないか?
それを考えると、去年もシューズのせいではなく、「まいどエイド」で数分止まったことで筋が収縮したのではないか?と推測しています。
エイドにも適度に寄って塩分の補給、脚の疲れも適度に取りながら走っていたら、急速なつりは起こらなかったかもしれません。
今後の大会に活かせたらと思います。
[投稿者] 大型ザックさん
しょうちゃんから写真をいただきました。
メーリングリストで伴走者が全く足りてない状態だったので
心配していましたが、ドタ参してくれたガイドが沢山いて
ブラインドもそんなに長く待つことなく走れたようで本当に
良かった!
暑くもなく寒くもなくとても走りやすい気象条件でした。
中学駅伝があり、ゴリの応援をしました。