2018年2月18日、第25回泉州国際マラソンを走ってきました。
この大会に当選したのは3カ月前の11月のこと。
小山さんとの激走の末に5時間40分でゴールした淀川市民マラソンの1週間後。
泉州国際マラソンの制限時間は5時間、
大会までの3カ月で自己ベストを40分以上も縮めないとゴールできないという、
この時期のレベルでは難しい大会でした。
入金締切のギリギリまで走るか止めるか悩んだ結果、
「ダメだったらダメでその時考えよう!」と走る事を決意。
すみたくさんにガイドをお願いしたら快諾してくれて、
時間が合えば早出練習や走り方のアドバイスなどコーチとしても協力してくれました。
そして3ヶ月が経ち、いよいよ本番。
関門アウトの不安はゼロになり、
5時間以内に絶対にゴールできるという自信もついた。
目標を5時間と設定すると置きに行く走りになると思い、
キロ6分半で止まらなければ達成できる目標をと、
3カ月前のPBを1時間短縮する『4時間40分』に設定。
大会前から緊張感も大会の実感も湧かず、前日もすぐ寝れた。
当日の朝になっても実感がなく、
すみたくさんと新今宮の駅で会っても練習に行くようなリラックス状態。
スタートラインに着いても…、スタートして5kmほど走っても…、
全く高揚感がない。
すみたくさんは走りながら路面の変化や周りのランナーのことを常に教えてくれ、
練習会と全く同じように安心して走れた。
ペースはキロ6分5秒から6分15秒で坦々と走る。
予定より少し速いが心地よく走れるのでそのペースをキープ。
10km1時間3分、20km2時間7分、
ここまで来ても大会だという実感が湧かず練習会のような精神状態。
そして30kmを3時間12分で通過、
やまちゃんに教えてもらってた30kmの通過タイムの目安ピッタリ。
楽しみにしてた32km地点のエミューさんのエイドでコーラを貰い、
皆からの応援を受けて元気が出た。
わーわーずの練習会のエイドのようで気持ちもホッコリ、まだまだ平常心。
しばらくしてすみたくさんからモンスターブリッジが見えてきたと言われたとたん、
全身に震えがきて急に気持ちが切り替わった。
ボイスコーチは33km3時間31分と読み上げた。
残り9km、モンスターに負けなければサブ4.5も射程距離、
チカラがどんどん湧いてきた…けど!?
やっぱり30kmを越えてからのモンスターは手ごわい、
試走会の時のような向かい風はないのに身体が重い、坂が長く長く感じる。
下りで体力を回復させるも平均ペースは落ち、
それでも何とか2つのモンスターを歩かずに退治、そして折り返す。
残り5kmの看板を越えた頃、
娘たちから貰ったリストバンドで汗を拭いた時、
急にいろんな人への感謝の気持ちがこみ上げてきた。
すみたくさんに、「今まで本当にありがとうございました」と伝えたら、
『それはゴールの手前までとっといてくれ』と怒られた(笑)
体力が底を尽きそうになってきたけど、残り2つのモンスターを越えるとき、
道を譲ってくれる他のランナーにお礼を言いながらエールを送り続けたら
自分も元気が出た。
何とか歩かずに最後のモンスターも登りきり、
そこでもわーわーずの仲間からの応援を受け、
ここまで来たんだなぁと3カ月を振り返り涙が出そうになりながら走った。
そして残り1km、ここで体力がカラッポに…、
呼吸ができない、息が吸えない。
ここまできて悔しいけど歩いてしまった。
1年前の初フルの最後と同じ締めくくり、
あの頃と何も変わってない最後の踏ん張りが足りない自分を悔やみながら歩き、
最後の10mだけ走ってゴール。
ゴールタイム『4時間43分59秒』、目標に4分届かず。
最後の2kmで20分かかってたので、最後の1kmが悔しい結果となりました。
でも3カ月で1時間近くも自己ベストを更新できたのは嬉しい結果、
自分の事も褒めてあげなきゃね(エライエライ)
大会までの3カ月、大会伴走からコーチまで全面的にサポートしてくれたすみたくさん。
応援に来てくれた皆さん、練習にお付き合いしてくださった皆さん、
いつも温かく励ましてくれた皆さん。
厳しいでぇ~、難しいでぇ~、無理ちゃうか~と
プレッシャーをかけ続けてくれたライバルの小山さん。
本当にありがとうございました。
最後に、身体を作るための日々の食事からサポートし続けてくれた嫁さん、
遊びに行けなくても我慢して応援してくれた3人の娘たち、本当にありがとう!!
皆のおかげでパパは頑張れました(^^v