「第27回 加古川マラソン」 セッキー君の完走記です

12月23日に加古川マラソンを伴走のウスちゃんと走ってきました。タイムは、3時間24分26秒とサブ3.5を初めて切ることが出きました。
初めてフルマラソンを走ったのが2年前の大阪マラソンで、その2週間前の試走会での打ち上げの時にみんなの前で「目標3時間20分を目指したいと思います!」と言ったところ、周りから「そこは大きく3時間15分を目指しますと言え!」と突っ込まれたのがとても懐かしいです。
初フルでの結果は3時間35分台と目標には遠く及びませんでした。その翌年の2月に開催された木津川マラソンで何とか3時間30分47秒と、あと一歩というところまで縮めることが出きました。しかし、その後の東京マラソン、寛平マラソン、大阪マラソン、福知山マラソン、篠山マラソンを走らせてもらいましたがサブ3.5を切ることは出来ませんでした。
いつもみんなから突っ込まれて注意されているのが、「セッキーは、最初から飛ばし過ぎて、後々に疲れてスピードが落ちるんだよ」とよく言われます。そこで、今回の加古川マラソンでは、体調が良いと言っても最初から飛ばし過ぎずキロ5分ペースを保ちつつ走ることにしました。その甲斐もあって、いつもならハーフを超えた辺りからペースダウンするのも無く、そこで、伴走してくれているウスちゃんが25kmをを過ぎたところで、もう少しペース上げても良いよと言ってくれたのですが、残り17kmもあると思ったら、いま上げてしまうと途中で足にくると思い、これまで通りの一定のペースで行こうと思いました。しかし、35km地点ぐらいに足がつりそうになり、少しペースを落としてもらい、エイドで塩分とスポドリを多くとってもらい、ジョグをするような感じでゴールを目指して進みました。その間も横で走ってくれているウスちゃんが、残り5km!長居の2周もないぞ!や残り長居1周、そう思うと頑張れるだろうなど、色々と励ましてもらい最後まで走りきることが出きました。本当にありがとうございました。
タイムを聞いて最初はビックリしました。3時間半を切るのも難しかったのに、それが、3時間24分26秒を出せるとは思いもよらなかったです。一緒の大会に出られてエールをくれたみなさん、沿道で応援してくれたみなさん、チームのみなさん、本当にありがとうございました。
これからも頑張りたいと思います。宜しくお願いします。

第46回防府読売マラソン大会 福永さんの完走記です

福永@ブラインドです。

自分は、藤原新選手が優勝した防府読売マラソン
3時間12分27秒で、走らせてもらってきました。

防府マラソン、25kmの関門が102分のころから
いい大会と聞いてはいましたが、
よく伴走お願いしているみなさんの勝負レースだったので、
自分が走ることは、一生ないだろうと思っていました。

今回、IPC登録の部が開催されるということで、
このチャンスは逃がしたくないという気持ちで、
めちゃくちゃ伴走お願いしまくったところ、
日帰り対応でよければというかたが、二人いらっしゃったので、
お願いさせてもらいました。
(自分は土曜の夜ビジネスホテルに泊まりました)

最初の1kmに5分37秒もかかったときは、
せっかくの防府も、これで終わったかなとかおもってしまいましたが、
道幅も、しっかり確保されていて
思っていたペースで走れるようになってきました。

事前に、30km以降向かい風と聞いていましたし、
土曜に詳しい人から、34kmから37kmは、向かい風と聞いたので、
それまでは自重自重と思って走りました。

確かに向かい風のあるところも、ありましたが、
途中から日差しもなくなって、絶好の気象条件でした。

35kmを、2時間40分50秒で通過し
あと2km風があってもいけるだろうと、それぞれ4分32でカバー。
そこからの5.195kmは、走りに走りました。
40kmまでの3kmはペースアップでき、13分10秒でした。
ラスト2.195kmは、ほぼ4分20秒ペースの
9分23秒の自己ベストで走ることができました。
(これは、今までの9分45が福知山だったからなんですけどね)
で、ラストの7.195kmの31分37秒も自己ベストとなりました。

今シーズン初のフル、まあまあ走れたので、
来年2月の別大マラソンは、もう少し上の記録をめざして
がんばろうと思っています。

また、お世話になりますが、
よろしくお願いいたします。

第18回鈴鹿シティマラソン 赤星さんの完走記です

12月13日(日)に鈴鹿サーキット国際レーシングコースで開催された鈴鹿シティマラソン(5.6km)を走ってきました。例年は鈴鹿おろしが吹く中、寒さに耐えながら走ることの多いこの大会ですが、当日は季節外れの温かさで、汗ばむほどでした。予め視覚障害で伴走者と走ることを伝えていたからか、大会主催者の対応もとてもよく、安心して参加することができました。
コースはアップダウンあり、立体交差あり、何よりも、カーブにカントがついているので、見えていない私でも路面の状況を体全体で感じることができました。また、スタートの合図やフジテレビのF1のテーマソングを聞くだけで、気分がとても盛り上がりました。ぜひとも、この感覚は他の視覚障害の方々にも体験していただきたいと思いました。
走り終わった後、大会スポンサーのAGF(味の素グループ)の方から社内誌に乗せたいと写真を撮っていただきました。社内誌なので見ることはできませんが、よい思い出となりました。
伴走者を探してくださった、おけいはんさん、針小路さん、U先生をはじめ、主催者の鈴鹿市、そして一緒に走ってくださった三重の伴走ボランティアグループ走風のOさんに感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。今後も、お世話になることがあるかもしれませんが、よろしくお願いします。

「第19回視覚障害者マラソン宮崎大会 兼 第24回青島太平洋マラソン大会」野尻さんの参加記です

和歌山の野尻(ブラインド)です。
12月13日、第19回視覚障害者マラソン宮崎大会、兼 第24回青島太平洋マラソン大会に行ってきました。
この日は最高の天気に恵まれ、昼間は20度近くまで気温が上がり、上着もいらないくらいの暖かさ。走ると暑いような1日でした。
この大会は3年連続で出場していて、フルのコースもかなり熟知してきた感じです。
3時間27分と、このコースで初めて3時間半を切ることができました。そして、障害区分別(B1クラス)で第1位をいただくことができました。
前半はキロ4分半から40辺りのペースでいけるところまでいってみましたが、やはり30キロを過ぎてからとても苦しくなり、かなりのペースダウンで地獄のような道のりでした。後半をいかに走るか、この辺りが大きな課題ですが、まあ前半の貯金がなんとか功を奏したのかなというところです。
コースは全体を通してアップダウンは少なく、特に宮崎市内中心部では沿道からたくさんの盛大な応援がいただけます。後半の10キロはすばらしい景色の青島海岸を行くのですが、足元が石畳であったり狭いところがあったりと、少し走りにくい感じがあります(もう疲れきっていますので、あまり関係はないのですが)。給水所は13箇所あり、宮崎の特産品や名物がたくさん。大会名物の日向夏ゼリーは37キロ辺りにあります(記録を狙う場合はゆっくり食べている余裕がないのでちょっと残念!)。
国際視覚障害者マラソン協力会という組織が宿泊や伴走者の斡旋などをしてくださり、宿泊場所である宮崎観光ホテルは、チェックインの際に大会の受付ができたり、また豪華な夕食や温泉大浴場や、朝は大会会場まで送迎バスがあるなど、とてもすばらしい、視覚障害者にとってとても参加しやすい大会です。
これからマラソンシーズン本番ですね。また頑張って走りたいと思いますので、皆さんよろしくお願いします。

第5回神戸マラソン 宗平さんの完走記です

今日は第5回神戸マラソンに行ってきた。
昨年の福知山マラソンからちょうど1年ぶりのフルマラソンだ!
神戸は学生時代の6年間過ごした地であり、まさかその10数年後にそこを走っているなどとは考えもしなかったことなので、実に不思議なものである。

今回の伴走は平日練習で大いに鍛えてもらっているゆうさんだ。
なかなか手厳しいことも言うけれど、たいへん頼りになる存在なのだ。

朝9時。スタートはしたが、18000人が走るため、僕のいるFコーナーが出発できたのは13分後。
その後も団子状態で最初の1キロを通過するのに9分かかるという状況であった。
これはこれで、最初に飛ばしすぎるのを防げて個人的にはありがたい面もある。
しばらくはずっとこんな感じかと思っていたら、少し団子が解消してきたのか、ゆうさんのロープさばきがうまいのか、3キロを過ぎた辺りから、それなりに進めるようになってきた。
沿道にはかなり大勢の人が、温かい声援を送ってくれ、その声援も途切れることがないので、一体何人の人がエールを送ってくれているのだろうと思うくらい、なんともありがたい限りだった。
今回の目標は1キロ6分半のペースで最後までいってなんとか4時間半あたりを目指すことであったが、この辺りから6分半のペースで進めるようになってきた。
この秋は、山城・万灯呂山マラニックに始まり、わーわーずや神戸の方との神戸マラソン試走会、かもぱの姫路合宿と30キロぐらい走るマラニックにも参加させてもらったので、どれだけ持久力がついたのか楽しみだった。

三宮・元町・神戸を過ぎると、道が狭くなり、しばしば団子状態になった。
パンダちゃんのランナーについていって、7キロ地点で新長田駅を通り、巨大な鉄人28号に迎えてもらった。
「よし、この辺りでエイドがありそうだから、バナナでももらおう」と思っていたのだが、まだエイドはないらしい。
その後も、快調に走ったり、団子に入ったりを繰り返しながら、須磨に入ったようだ。
やはり老若男女のみなさんがエールをくれたり、太鼓やならしもので応援してくれたり、子供やチアリーダーのエネルギーをもらったりしながら、いつぞや国道2号線を、JRと山陽電車に囲まれながらそれなりにペースを保って、海の風を感じながら快走していた。
この辺りは試走会で走ったなぁという記憶がよみがえる。
ゆうさんが僕の手をとって、「宗平さん、手を右に出してみて」というので、そうしてみたら、沿道のみんなも手を出してくれていたようで、順にタッチしてくれた。
これは面白いよね!
「3番目の人の手はえらい大きかったなぁ」と聞いてみたら、「あれは猫のぬいぐるみやった」とのこと。
なるほど、いろんなのが応援してくれてるわけね。
そのままパチンパチンとタッチを楽しんでいたら、前にランナーがいたらしく、その人の背中にはい、タッチ、なんてこともしてしまったけど…。
ふと、「泥棒さん頑張ってー!」という声が何度か聞こえる。
ゆうさんに「泥棒って何やろねぇ?」と聞いてみたら、泥棒の格好で走っている人が近くにいらっしゃるらしい。
と聞いた瞬間、「泥棒です。頑張りましょうね!」と声をかけてくださった。
泥棒というにはかなり優しそうな人だった。

垂水の辺りまで来たらしいけれど、まだエイドがない。
密かに楽しみにしてるのに、そう簡単には食べ物を出してもらえないようだ。
ときどき、ブラインドランナーの人を見かけては声をかけて励まし合った。
わーわーずの方にも会ったようだけれど、どなただったのかわからなかったなぁと思っていたら、たくちゃんと、ブラインドの方がどなたかわからなかったのだが、お会いできて嬉しかった。
今回は、「伴走さん、頑張って!」という声も幾度となく聞いた。
今まではあまり聞いたことがなかったのだけど、少しずつ伴走というものが認知されてきたようで非常に嬉しい話である。
ゆうさんも、そんなふうに言ってもらえて、なかなか嬉しそうやった。

おっ、いよいよ折り返し地点の明石海峡大橋が近づいてきて、ただでさえ大勢の応援隊がなお一層手厚くなっている。
「応援もありがたいんやけど、そろそろ腹がへってきたので、食べ物のあるエイドを開いてくれ。折り返しまでに一カ所もエイドなしはいくらなんでも…」と心の中で唱えていた。
前半はなかなか快調に楽しみながら走れているぞ!
少し腰の辺りが痛くなってきたけれど、まだまだいける。
そのとき、ようやっと、待ってましたのエイドが現れた。
本日一本目のバナナなり(朝ご飯にも食べたから2本目かもしれないけど)。
チョコパンももらったのでエネルギーが補給された。

その後、また沿道に手を出して、何人かの人とタッチを交わして大いに元気をもらった。
勢い余って、気づけばその手を前のランナーのおっちゃん(だと思う)の脇の下へと入れてしまっていた。
えっらい汗かいてはる。
失敬しました。
それにしても、天気予報では雨の心配をしていたのだけれど、雨は家から駅まで降られた程度ですんだのだけれど、天気予報に反して、どうも陽射しがきつくてなんでやねん!
おまけに、海岸沿いはビル街とは違って、陽射しの影響をもろに受けるので、体感温度的にはちと暑くて、なかなか厳しい様相を見せてきた。
だからというわけかどうかは定かでないが、エイドの間隔が狭くなってきて、先程食べ損ねたどら焼きをもらい、走り出そうとしたとき、元気な声が呼びかけてくれていた。
なんと、おけいはんさんである。
やはり、知ってる人に会うとそれだけで嬉しいし、お互いに目標を言い合って、エールを送り合うのも実に楽しいものだ。

30キロの辺りにきた頃だろう。
ゆうさんが「宗平さん、ちょっと疲れてきてるやろ」と聞いてきた。
まさにズボシである。
腰だけでなく、ふくらはぎも膝も痛くなってきて、後12キロが途方もなく長く感じられてしまうというのが正直なところだ。
1年前の福知山のときも「30キロの壁」が大きかったが、やはり今年もまだまだその壁は手強かった。
まだまだ持久力が足らず、修行不足を痛感してしまう。
そんなとき、エイドでいただいたみかんの酸味がなんともおいしかった。
その横のおっちゃんに手を出すと、塩昆布をどっさり乗せてくれた。
そして、塩飴をもらったのだが、僕は飴はかまずにずっと口の中に入れておきたいもので、これがその後の苦境との良きパートナーとなってくれた。

30キロ付近ではまだ6分半のペースをなんとかキープしていたが、33キロ辺りではもう完全にペースダウンである。
給水所で水を飲んでは、屈伸して、アキレス腱を伸ばし、エアサロンパスを吹きかけてもらって、だましだまし走るしかないというきつい状況である。
そんなとき、ちょっとしたくぼみがあって、おっととっとどっこい!
少しふんばるも、あぁ、これは間違いなくこけるパターンだ!
とふんばりながらも覚悟を決めた瞬間、なんとゆうさんのスーパーこけたらあかんミラクル必殺技が発動され、どういうわけかバランスが徐々に回復した。
おそるべきゆうさん!

35キロで噂に聞いていた上り坂がやってきた。
ちょっと坂を上る気力が出せず、歩くことにした。
普段ならなだらかな上り程度に思う坂だとは思うが、この地点で遭遇すると話は別だ。
それにしても、この辺りは1キロがなんと長いことか。
でも、声援が途切れないのだから、ペースダウンしててもひたすら進むしかない。
足もかなり限界だが、あと5キロ。
昨年もそうだったが、その5キロが果てしなく遠いのだ。
そうして迎えた37キロ。
「あぁ、宗平さん、また坂があるわ」とゆうさん。
「え?坂って二つもあるんかいな」と一応スローペースで走ろうとしたのだけれど、そのペースでは歩いているのと変わらないとのことで、歩くことにした。
一度歩くと安きに流れてしまう。
その瞬間、なんと5時間のペースメーカーに追い抜かれてしまった。
これはまずい!と思える気力は残っていたようで、給水した後、赤くなっている腰に鞭打って、何とか力を振り絞ろうと試みる。
「あと4キロですよ」
「お、あと4キロ、うーん微妙な距離だな」
300メートルぐらい走ったところで、「頑張れ!あと4キロやで」
「おいおい、さっきも4キロって言ってたけど、どういうことやねん」

たくさんの声援をいただいているけれど、なかなかそれに応じるエネルギーがなく、ゆうさんの「後2キロや」という一言に元気をもらい、あと2キロならなんとかいけるかも、いやここでやらんかったらあかん、という気が出てきて、1キロ7分ペースに近づけることができた。
41キロ付近で、「100%勇気」の歌が流れてきた。
「100%勇気 もうやりきるしかないさ」
そのフレーズに励まされ、ペースを乱さずになんとかやり切れそうな気がしてきた。
「おかえりなさい」の声援が増えてきて、直進コースに入って、ゴールイン!
目標タイムには届かなかったが、4時間57分48、正味で4時間45分31だった。
福知山のときよりは正味で10分程短縮できたかな。
バスタオルとメダルをかけてもらい、炊き出しのスープと神戸スイーツをいただいて終了!
ゆうさんには練習のときからたくさんはっぱをかけてもらい、安心して走ることができ、感謝感謝である。
次の目標はやはり4時間半だろうか。
今シーズンは1月の高槻ハーフ、2月の視覚障害者マラソン、3月の篠山にエントリーしている。
今後もみなさんにいろいろ教えてもらいながら、ともに楽しく走って行きたいので、どうぞよろしく!

第1回金沢マラソン はなてんちゃんの完走記です

11月15日に開催された第1回金沢マラソンを走ってきました。
エントリーは障がい者枠で優先的に走れるということでなんのストレスもなく申し込みが完了しました。第1回ってどうなんだろ?運営面や交通アクセス、コースの状況はどんなだろ?と不安はありましたが、SNSなどから得られる情報はとても細やかで当初の不安はどこ吹く風、楽しみと期待感でいっぱいに胸を膨らませて前日受付に行きました。
わーわーずからもたくさんのブラインドランナーがエントリー、私は伴走のUさん、Yさん、Nさん、Kさんご夫妻の6人で向かいました。
数十年ぶりに訪れた金沢駅はまるで大阪駅の様な広さ、受付会場も駅構内?と思えるほどの近さで、障がい者受付ブースは別になっていてスムーズでした。

日曜日、土曜日から引き続いての雨にテンションは下がり気味。
マラソン会場は兼六園の側、シャトルバスもあったけれど駅から歩いても20分ほどなのでウォーミングアップを兼ねて歩いて行きました。スタート地点とゴール地点は離れているので手荷物はトラックに預けます。ここでも障がい者専用のトラックがあり、荷物を預けていると別行動のわーわーずメンバーと自然に合流できました。そしてろう者の方もぞくぞくとやって来られました。聞けばろう者だけでも70名のエントリー、視覚障がい者を含めると120名のエントリーがあったそうです。素晴らしいですね。

このマラソンでの目標は5時間を切ること。
8月中旬に腰を痛めてかばってると膝も痛くなって歩くのもひょこひょこ状態から徐々にジョグができるようになって10月に入ってようやく休みなしで15キロをゆっくりペースで走れるようになったばかりでしたから最悪7時間かかってもという気楽な気持ちでした。雨も止んでいい感じ?と思ったのもつかの間、また、激しく雨が降ってきました。
開会のセレモニーが終わってようやくスタート、なんと雨もぴったり上がりました。
Bブロックからだったのでスタートロスは約2分いい感じでスタートできました。
沿道は応援の人たちでいっぱい、途切れることなく声を限りに「がんばれー」「いってらっしゃーい」の声と楽器の演奏、小さな子供たち、年配の方々や野球少年チームなどなど、コースの途中に長いトンネルが2か所あるんですがその中にも応援の人たち、住宅街でも家から出てきての応援、金沢のみなさんの熱いあったかい応援に支えられどんどん走ることができて自分でもびっくりでした。

それでも練習はうそをつきませんね。15キロを過ぎたころから足は重たくなってペースダウンし足が動かなくなってきました。でもここであきらめたくはありません。実は30キロ辺りにカレーエイドがあるとのことで、前日に伴走のUさんと「金沢カレーって有名だからたべなきゃね」と話してました。私の初フルは2009年、しんどくなったら次のエイド次のエイドと言いながら走ったことを思い出し口の中でぶつぶつ言いながら、そしてUさんにも励ましてもらいカレーエイドに到着、ところが私はカレーの香りで満足(笑)Uさんに食べてもらいました。次は洋菓子エイドとスタートしたものの太ももが痙攣しそうで歩きが入ってしまいました。まあ、この頃はよくあることです(涙)
でも歩いていると徐々に復活、そんなとき後ろから男性が声を掛けてきました。聞けば東京からの参加、自分も若いころ少しだけ伴走をしたことがあるとか、年齢を聞くと75歳とか、元気で愉快なおじさんに助けられて私も元気をもらいました。

どの大会でもそうですが見知らぬランナーさんが走りながらエールを送ってくださいます。東京のばんばんクラブの方や他県の伴走者さんなどたくさんの方にエールを送ってもらえて元気をもらって走ってます。みなさん本当にあたたかいですね。
私も沿道での応援には「ありがとう」と声を出しています。そうすると自然と元気がでるからです。
洋菓子エイドでは有名なお菓子を食べて大満足、おかげで走れてました。
エイドはコーラ、果物、おにぎり、和菓子、洋菓子とおもてなしでいっぱい、特にコーラはとてもありがたかったです。応援もほぼ途切れることなく私たちの背中を押してくださってます。しんどいときに「がんばってるねー」の声が聞こえてきてはじめて涙が出てきました。そしていよいよゴール、Uさんと両手を挙げてゴールゲートをくぐったときも涙が、、、 感動のゴールでした。そしてタイムは4時間36分36秒と上出来。
しんどいときもあったけど楽しい金沢マラソンでした。コースは緩やかなアップダウンはあるけれど道幅も広くて走りやすいコースでした。
来年も走りたい大会がまた一つ増えました。

OSAKA EKIDEN in 長居 兼 第18回 全国視覚障がい者駅伝大会

説明:1区走者が号砲とともに一斉にスタートした直後を正面から。

11月8日(日曜)に長居ヤンマースタジアムとその周回コースを利用して、OSAKA EKIDEN in 長居 兼 第18回 全国視覚障がい者駅伝大会が開催されました。
朝から雨が降ったりやんだりの中、一般の部27チーム、視覚障がいの部24チームが4人一組でタスキを繋ぎました。

わーわーずからは視覚障がいの部に10チーム、一般の混成の部に伴走してくれている中学生達がチームを組んで1組参加でした。
詳細な記録は別途掲載しますが、視覚障がいの部で、わーわーずイケイケチームが優勝しました。
そして、わーわーずワクワクチームの中学生たちが一般の混成の部で、こちらもなんと優勝です。
区間賞は視覚障がいの部で、4区のウチ3名が、混成チームの中学生も4区のうち同じく3名がゲットしました。
若手もがんばっていますが、大御所のメンバーも2チーム作ることができて、タスキを繋ぐことができるか、最後の最後まで心配でしたが、ハラハラ!ドキドキ!しながら、繰り上げスタートすることなく、時間内にきっちりゴールしました。
それぞれのチームでいろんなドラマがあったと思います。

地元長居で開催される、駅伝大会!です。
これからも多くのメンバーで参加して、楽しんでゆきたいと思います。

説明:メグちゃん、みかりんの選手宣誓。 上部に文字の書き入れあり、 「宣誓!! 私たち選手一同は、陸上の聖地、長居で、  走れる喜びと、仲間を信じ、最後まで襷をつなぎ、  明るく元気よく走り切ることを誓います!!」

わーわーずチームの記録はこちらです。
頑張られた選手の皆さま、お疲れさまでした。

以下、参加の皆さまからいただきました一言感想文です。

●たかちゃん ガイド
駅伝雨の中大変でしたが、みんな仲間が沢山いて凄く楽しかったです。
めぐちゃん、みかりんの選手宣誓は格好良かったし、わーわーずが
1位になれたのはほんとに嬉しかったです。
またうーしゃん始めごりくんらの中学生チームも1位になれたのは
更に嬉しかったです。
来年もまたこの聖地長居ヤンマースタジアムで走りたいです。

●すいすいチーム ブラインド サケもっと
2年ぶりの駅伝参加で、記録はともあれ、2年ぶりに必死のパッチで
走りました。

●小山 (一部抜粋)
タスキを受け取りスタートしました。
心の中で、マイペースマイペースと、はやる気持ちを抑えながら周回
コースへ。
次々と、追い抜かれていくおいら~~~
1km過ぎたあたりから、雨が、急に降り出してきました。
こんな雨の中を走るのも初体験。
伴走者Oさんは、雨のほうが息を吸いやすいですとか、左腕をもっと
振ったほうがよいですよとか、どれぐらいの地点だとか教えてくれます。
相変わらず、次~次へと追い抜かれていきます
いったい何人に追い抜かれたのか?
中間地点の少し手前で、給水地点があり、マラソンランナーのように
走りながら、紙コップのお茶を一気に飲み干す。
後で、思ったんですが、ペースを落とすと、今までのマイペースに戻
すのに余計な負荷がかかったような気がしました
こんな時は、そのまま走ったほうがよかったのかもしれません。
(3.4kmですからね)
雨が降り続けているので、2ヶ所ぐらい足がすべると危ない鉄板もス
ムーズに越え、マイペースを維持。
残り1kmと教えてもらうと、ここから、少し馬力を出してペースを
上げようかなと気持ちはあったが、上がらず、そのまま。
競技場内のトラックへ。
もうここまで来るともう少し、ピッチを上げて、一人でも追い抜きたい
と思うがそんな余力はなく、ただただ、速くタスキを渡したいという
気持ちのみでしたわ。(笑)
タスキを渡すと、その場で座り込みたかったですが、邪魔になるので、
フラフラのまま、なんとか、待機室へ。
今まで感じたことの無い、みぞおち下の腹筋に違和感というか筋肉痛
を覚えました。
その後は、ペットボトルの水を飲み続け、肉体からはこれでもかこれ
でもかと汗を拭いても湧き出してくる。
雨と汗でびしょ濡れなので、落ち着いたところで、更衣室で衣服を着
替えました。シューズまで、ぬれていたので、こういう雨の日は、替
シューズを持ってきたほうがいいですとアドバイスいただきました。
こんな距離を走ったのは、約30年ぶりぐらいでしょうかねぇ。
閉会式は、2時半頃にあり、結果発表。まっ、我がチームは、一体
何位だったのか?分からずじまいでしたわ。(笑)
帰宅後、相方が、持ち帰っていた参加者一覧表をみて、全員の年齢が
書いてあるねぇ。中学生から80歳までと幅広い年齢層の参加者。
来年は、今年よりも、もう少し速く走れるように鍛えて、余裕を持って
楽に走れたらなぁと感じたのでした。
筋肉痛は、一日たってから、少しありましたが、走り始めた頃と比べ
ると、ずいぶんと減少してきているのを実感。
最後に、この大会を実行してくださった委員のかたやボランティア、
伴走者さんたちのおかげで、視覚障害者たちが、走れる喜びを与えて
いただいたことに感謝いたします。

●田中マー君
当日は雨が振ったりやんだりの足元の悪い中、長居ヤンマースタジアム
に51組も全国から集まりました。午前11時頃から開会式とゲストの紹介
がありました。私は「ゆうゆうチーム1区」を走りましたが、家内のレイコは当日キャンセルしたため「ゴーゴーチーム3区」を代走する事に!
1区をゴールした後、直ぐにゼッケンを取り替え3区スタート。暫くすると本来のチーム3区「渡辺。イソッチ」さんを抜くことに!
伴走者はこれこそ共食いやーと言われ順位を上げました。(苦笑)
最後に前から会いたかったランナー。偶然にもゲストの伊藤舞選手と握
手!

●針小路 ブラインド
わーわーず進化部って何やと思われた方々が多いと思いますので説明しておきます。元々は思い付きで駅伝チーム名を、チームはいかいで希望者を、募ろうと思っていたら、そんなんいややと逃げる人、そのネーミング
何とかならんかと言う人、なかなかおもろいやと賛同してもらえる方々、
話題性は、有りましたね。
そこで高齢、加齢、老人なども当然いやがられるし、進化部と名付け人生
のトップ集団を、走っている人たち、止まることなく戻ることも許されず
ドンドン進化した人を、集めました。
それで募集したら簡単に1チーム作れ、ではもう1チーム作った次第です。
参加条件を、一つだけ決めました。選手も伴走者も前期高齢者(65歳)
以上だけです。ちょっと条件に満たしておられないかたもおられましたが
どうせ行く道と言うことで協力して頂きました。
成績は、当然予想どうりブービー・ブービーメーカーとなりました。繰上
スタートだけは、逃れられたので最低の目標は達成です。
多分これからも駅伝は、はらはら・どきどきチームは、継続すると思いま
す。進化しすぎて戦力外通告受けた方は、是非加入よろしくお願いいた
します。
進化部のみチーム
[視覚障害の部] 24チーム 合計20km
23位 わーわーずどきどき 2時間07分09秒
24位 わーわーずはらはら 2時間19分52秒

●岸和田の大久保 ブラインド
僕は、全国視覚障碍者マラソンに、今回初めて参加させていただきました。
わーわーずのメーリングリストには、わーわーずからは11チーム参加と
聞いていましたが、全チームだと51(視覚障害24)と規模の大きさに驚き
ました。
チームメイトの間嶋さんや福場さんと現在の練習活動などのお話を聞かせ
ていただき、それぞれの情報交換ができました。
伴走者の庄司さんとスタジアムを出たら思いっきり走ろうと話し合って、
間嶋さんからタスキを受け周回コースを1周走り抜け、
タイムは13分7秒。大会終了後、伴走者の庄司さんと居残り練習で、
キロ4分30秒で20キロ、1時間29分25秒でまとめることができ、
充実した1日を送ることができました。
大会を運営された皆さん、本当にありがとうございました!

●ゆーま ブラインド
初めての駅伝、楽しかったです。
待っていた時、雨がすごかったけれど、やむように手振りまでつけて
お願いしていたら、少しましになって嬉しかったです。
ビチョビチョになったけど、走れて嬉しかったです。また出たいです。

●福永 ブラインド
自分は、いろいろあった関係で、
1区、6.8km 28:21
4区、6.4km 26:25
で、走らせていただきました。
なんとか二本そろえることができたかなという感じですが、
こんなことなら、土曜は長居12周ではなく、
8周ぐらいで切り上げのほうがよかったかなとか思ったりしています。
それより、イケイケチームの一位、うれしかったです。
ちょっと話があった関係で、
いろんなかたに、連絡しまくって
行き違いとかもあって、
ご迷惑もおかけしましたが、
ご勘弁くださいっていう感じです。
あと、25秒速ければ、1時間19分59秒だったなあとか思ったりしています。
もちろん、ほかのみなさんもそれぞれがんばっておられたと思っています。
実行委員やボランティアのかたに感謝しつつ、
つぎにつながっていったらいいかなと思っています。
今回も、みなさんにたいへんお世話になりました。
ありがとうございます。
これからも、お世話になりますが、
よろしくお願いします。

「OSAKA EKIDEN in 長居 兼 第18回 全国視覚障がい者駅伝大会」わーわーずチーム駅伝記録 

「OSAKA EKIDEN in 長居 兼 第18回 全国視覚障がい者駅伝大会」での
わーわーずチームの駅伝記録です。

[視覚障害の部]
1位 わーわーずイケイケ 1時間20分24秒
間嶋直樹(臼井利明)
大久保孝之(庄司彰義)・
福場秀和(縣喜樹)
関口晃(梶本繁樹)
・通過タイムと順位
27分02秒(3位)→40分09秒(2位)→54分14秒(1位)→1時間20分24秒(1位)
・区間タイムと順位
27分02秒(3位)、13分07秒(1位)、14分05秒(1位)、26分10秒(2位)

2位 リニア号 1時間21分46秒
3位 神戸パール 1時間24分54秒
4位 藪久ランナーズ 1時間26分26秒
5位 あさま号 1時間29分19秒
6位 楽障クラブAチーム 1時間29分57秒
7位 UAC佐賀 1時間31分00秒

8位  わーわーずいきいき 1時間33分31秒
福永智洋(森口金也)
宮本聖子(保東奈穂美)
赤星聡視(河野真志)
福永智洋(岡部健一郎)
・通過タイムと順位
28分21秒(6位)→45分41秒(7位)→1時間07分06秒(9位)→1時間33分31秒(8位)
・区間タイムと順位
28分21秒(6位)、17分20秒(10位)、21分25秒(17位)、26分25秒(3位)

9位 賀茂川パートナーズB 1時間34分49秒
10位 びわこタイマーズ 1時間37分58秒
11位 チーム和歌山 1時間44分10秒

12位 わーわーずどんどん 1時間46分57秒
村田恵也(伴走者なし)
小山啓太郎(岡野悌一)
大江洋一(平野敏太)
安藤隆晴(澤田秀樹)
・通過タイムと順位
35分36秒(14位)→1時間00分39秒(19位)→1時間18分58秒(17位)→1時間46分57秒(12
位)
・区間タイムと順位
35分36秒(14位)、25分03秒(23位)、18分19秒(11位)、27分59秒(5位)

13位 楽障クラブBチーム 1時間47分46秒

14位 わーわーずすいすい 1時間48分49秒
酒元直美(山田弘之)
辻岡恵子(細江祥子)
林かよみ(藤原朋美)
長井敬二(出穂剛史)
・通過タイムと順位
37分07秒(15位)→54分47秒(15位)→1時間19分23秒(19位)→1時間48分49秒(14位)
・区間タイムと順位
37分07秒(15位)、17分40秒(11位)、24分36秒(20位)、29分26秒(11位)

15位 ロッコーズ 1時間49分44秒

16位 わーわーずGOGO! 1時間51分24秒
丸谷賢治(左海裕一)
林久雄(佐藤高国)
田中昌宏(畠裕三)
松本義和(田中相司)
・通過タイムと順位
42分08秒(23位)→1時間02分21秒(22位)→1時間17分43秒(16位)→1時間51分24秒(16
位)
・区間タイムと順位
42分08秒(23位)、19分13秒(15位)、16分22秒(9位)、33分41秒(16位)

17位 はやむー 1時間51分28秒

18位 わーわーずキラキラ 1時間53分02秒
林三千代(植木美佳)
岸本尚子(星野淳子)
藤原由子(永冨雅子)
中崎美幸(小田奈津美)
・通過タイムと順位
38分29秒(19位)→58分34秒(16位)→1時間17分40秒(15位)→1時間53分02秒(18位)
・区間タイムと順位
38分29秒(19位)、20分05秒(19位)、19分06秒(13位)、35分22秒(18位)

19位 和歌山盲学校 1時間55分03秒

20位 わーわーずのびのび 1時間56分00秒
北井清次(中寛佳)
藤川聖視(濱岡賢二)
大井佑真(川口弘子)
谷口ミサエ(眺野詩)
・通過タイムと順位
37分23秒(16位)→59分25秒(18位)→1時間22分29秒(22位)→1時間56分00秒(20位)
・区間タイムと順位
37分23秒(16位)、22分02秒(21位)、23分04秒(18位)、33分31秒(15位)

21位 わーわーずゆうゆう 1時間58分32秒
田中昌宏(森本多賀雄)
渡辺英文(小林伸一郎)
渡辺勤子(小林由美子)
西條洋(新居知子)
・通過タイムと順位
34分48秒(13位)→54分43秒(14位)→1時間19分11秒(18位)→1時間58分32秒(21位)
・区間タイムと順位
34分48秒(13位)、19分55秒(18位)、24分28秒(19位)、39分21秒(22位)

22位 賀茂川パートナーズA 2時間02分41秒

23位 わーわーずどきどき 2時間07分09秒
高田昌信(下條雄三郎)
門脇原生(浪越保正)
野村和子(福山日出代)
竹中良一(星野恒行)
・通過タイムと順位
45分28秒(24位)→1時間03分10秒(23位)→1時間30分35秒(23位)→2時間07分09秒(23
位)
・区間タイムと順位
45分28秒(24位)、17分42秒(12位)、27分25秒(23位)、36分34秒(20位)

24位 わーわーずはらはら 2時間19分52秒
塚本利雄(西野孝子)
福本真郷(井口邦弘)
奥本正男(谷尾猛)
大吉啓次(大久保栄治)
・通過タイムと順位
40分53秒(22位)→1時間12分01秒(24位)→1時間41分00秒(24位)→2時間19分52秒(24
位)
・区間タイムと順位
40分53秒(22位)、31分08秒(24位)、28分59秒(24位)、38分52秒(21位)

[混成の部]
1位 わーわーずワクワク 1時間17分26秒
河野真志 眺野詩 角本歩美 西窪政人
・通過タイムと順位
23分31秒(1位)→37分31秒(1位)→52分30秒(1位)→1時間17分26秒(1位)
・区間タイムと順位
23分31秒(1位)、14分00秒(1位)、14分59秒(1位)、24分56秒(2位)

2.区間賞
[視覚障害の部]
1区 6.8キロ 谷口真大(神戸パール) 23分05秒
2区 3.4キロ 大久保孝之(わーわーずイケイケ) 13分07秒
3区 3.4キロ 福場秀和(わーわーずイケイケ) 14分05秒
4区 6.4キロ 塩川昭彦(リニア号) 24分58秒

・混成の部
1区 6.8キロ 河野真志(わーわーずワクワク) 23分31秒
2区 3.4キロ 眺野詩(わーわーずワクワク) 14分00秒
3区 3.4キロ 角本歩美(わーわーずワクワク) 14分59秒
4区 6.4キロ 安田遊(Wind Run春日) 20分53秒

なお、わーわーずメンバーの中には、例えば、以下のようにわーわーず以外のチーム
で参加された方もおられます。
[ブラインド]
・野尻誠(UAC佐賀1区・和歌山盲学校3区)
・大前雅司(チーム和歌山2区)
・田中賢(はやむー4区)
・堀谷浩子(賀茂川パートナーズA2区)
[伴走]
・栗林太朗(藪久ランナーズ2区・4区)
・寺山典孝(賀茂川パートナーズB2区)
・神崎嘉宏(はやむー4区)
・深海 守之(和歌山盲学校3区)
・藤田知子(賀茂川パートナーズA2区)

ドーハ2015IPC陸上世界選手権での和田選手と谷口選手

2015年10月22日~31日に、カタールのドーハで開催されたドーハ2015IPC陸上世界選手権に、長居わーわーずメンバーの和田伸也選手と谷口真大選手が日本代表として出場し、和田伸也選手がT11男子5000mで銅メダルを獲得、谷口真大選手は、同5000mでは和田選手に続く4位、T11男子1500mで は5位に入りました。

今大会は10月末に開催され、近畿地方では、紅葉の季節が始まろうかとしている頃ですが、ドーハは、最高気温が連日35度近くに達する暑さで、まるで大阪の夏。環境が大きく変わる地のレースになるため、両選手にとっては、レースでの暑さ対策だけでなく、現地でのコンディション調整も求められました。

■サバイバルレース5000m 和田選手銅メダル 谷口選手4位

大会5日目10月26日のT11男子5000m、スタートラインに立った選手は、この種目でのパラリンピックや世界選手権でのメダリストが5人も顔を揃え、ここ2年のタイムでは、和田伸也選手・谷口真大選手にとって格上の選手の中でのレースとなりました。

予想通りの現地の蒸し暑さの中、勝負重視の戦略的な展開になるかと思われましたが、いざレースが始まると、予想外の展開となり、それがレース中の様々な出来事を引き起こしていきます。

まず、この暑さの中、大会記録保持者で、自己記録15分16秒87は出場選手中トップのサントス・オダイール選手(ブラジル)が、最初の1000mを、2分57秒の世界記録更新ペースでの独走し、意外な形でレースの幕が開きます。
一方、和田選手・谷口選手の日本選手2人は、それぞれ1000mを、3分14秒・3分22秒と、定石通りの前半自重の作戦で通過し、出場選手の中では後方につけました。

しかし、2013年世界選手権5000m銅メダリストのアルベス・ヌーノ選手(ポルトガル)が、脚の負傷のために800m付近で途中棄権すると、ここからはサバイバルレースの様相を見せることになります。

この種目は、日没から約1時間後、照明がトラックを煌々と照らす夜空の下で始まりましたが、スタートから5分の時点で選手は既に汗だく。空気の重さだけでなく、走っているうちに息苦しさまでも感じるような気温30度以上の蒸し暑さが、オーバーペースで走っていた選手を苦しめ始めます。

今年5月の国際大会で、2012ロンドンパラリンピック5000m銅メダリストの和田選手に勝利していたカカー・ハッサン・フセイン選手(トルコ)は、格上の選手に相手に果敢に3位争いを挑んでいたものの、2800m付近では足どりが重く、突然倒れて途中棄権。
そして、さらにもう一人の選手も棄権しており、暑さの中、ペースが保てなくなった選手がそのまま棄権に追い込まれる過酷な展開に。

棄権者が続けて出る展開に、和田選手と谷口選手の動向が気になりますが、和田選手は3600mを、11分17秒(キロ3分19秒ペース)、谷口選手は4000mを13分36秒(キロ3分24秒ペース)と、いよいよ厳しい局面を迎える3000~4000m付近でも、落ち着いた入りだった序盤の1000mのペースをキープして、我慢のレースを続けます。

一方、トップを独走するサントス選手、ペースは落ちていながらも、4000m付近では、後続の2012ロンドンパラリンピック5000m金メダリストのバレンツェラ・クリスチャン選手(チリ)を20秒、約100mも引き離します。

ところが、これで金メダル確実かに思われた矢先、あと1周のところで、この暑さの中での序盤からのハイペースの疲れにより、サントス選手の勢いが急速に衰えます。
何とか脚を前に出して前に進みますが、まっすぐ走るのがやっと、と事態は暗転。
そして、最後の直線に入る手前、残り100mでサントス選手はついに倒れてしまいます。

ラスト100mでのサントス選手のアクシデントに対する観衆の悲鳴の中、最後の1周400mを1分08秒のスパートを見せたバレンツェラ選手が、最初にフィニッシュラインを越えて、15分52秒64で金メダルを獲得。今季ベストが出場選手中トップのダンカリー・ジェイソン・ジョセフ選手(カナダ)が、それに続いて16分11秒22の銀メダル。

そして、その次にフィニッシュラインに駆け込んできたのは、残り1周を1分13秒でカバーしてきた和田選手。
一時はサントス選手とは約250mもの差をつけられながらも、序盤を慎重に入り、その後は、しっかりとペースを維持する作戦通りの走りを遂行し、16分31秒04で銅メダルを獲得しました。
なお、これで和田選手は、パラリンピック・世界選手権では4大会連続のメダル獲得です。

また、谷口選手も終盤を頑張り、最後の1000mを3分15秒と大幅にペースアップさせて、ラスト1周400mを1分14秒でカバーし、16分51秒39の4位。

暑さで次々と選手が倒れる過酷な条件下、両選手とも、中盤まで作戦通りのペースを維持して終盤をしっかり走り切り、タイムも、この暑さを考慮すると、十分評価できるものでした。

なお、最後の直線で少なくとも3回も倒れたサントス選手は、伴走者に背中を支えられたりしながら、何とかフィニッシュラインにたどりついたものの、これらの行為が伴走者の助力行為とみなされて失格と判定されました。

[和田選手の談話]
格上の選手が多い中、しっかり走れたことが良かった。世界のトップとはまだ差があるので、もっと力をつけたい。
*NHKハートネットTV/Road to Rioブログ 10月27日記事
http://www.nhk.or.jp/hearttv-blog/3300/230422.html

[公式結果]
T11男子5000m
3位 和田伸也 16分31秒04
4位 谷口真大 16分51秒39

参考[和田伸也選手 出場した世界選手権・パラリンピックで獲得したメダル]
2011クライストチャーチ世界選手権(ニュージーランド)
銅/マラソン
2012ロンドンパラリンピック(イギリス)
銅/5000m *アジア記録樹立
2013リヨン世界選手権(フランス)
銀/マラソン
2015ドーハ世界選手権(カタール)
銅/5000m

■1500m 谷口選手、終盤の猛烈なスパートで5位

サバイバルレースとなった大会5日目の5000m、この蒸し暑さの中、16分51秒39で4位に入った谷口真大選手は、そこから4日後の30日金曜に行われたT11男子1500m決勝にも出場しました。

出場選手は、通常よりも1組多い7組(ガイドランナー含む14名)で行われ、5000mでは途中で倒れたりした4名の選手のうち、負傷して途中棄権したアルベス・ヌーノ選手(ポルトガル)を除く3名もスタートラインに立つことができました。

出場選手は、5000m同様、谷口選手にとっては格上の選手が大半ですが、この種目で自己記録を狙うには、臆せず積極的な走りが求められます。

通常よりも多い選手によるスタートとなることから、いつも以上に、スタート時の接触・転倒が懸念される中、スタート直後に、5000mと1500mの2冠を目指すバレンツェラ・クリスチャン選手(チリ)がいきなり転倒。しかし、すぐに立ち上がり、落ち着いて前を追います。

さて、この種目で、自己記録(4分22秒08)の更新を目指す谷口選手は、無難にスタートすると、400mを6番目に、自己記録とほぼ同じペースの1分10秒で通過。イーブンペースで走り、終盤のスパートに期待が持てる谷口選手にとっては、いつもの走りです。

そして、600m過ぎで、今大会この1500mのみの出場で、フレッシュなデニス・スミス選手(トルコ)を逆転して5番目に上がり、谷口選手の700mは2分03秒。自己記録に1秒程度遅れる程度での通過です。

しかし、気温34度の暑さと5000mの疲労の影響が出てきたのか、1100mの通過は、自己記録ペースから5秒程度遅い3分16秒、背後では、今年5月の国際大会で谷口選手に勝っているデニス選手がなかなか離れません。

しかし、谷口選手は、最後の1周400m1分08秒のスパートを放ち、後続との差を大きく広げていきます。そして、勢いよくフィニッシュラインを駆け抜けると、そのまま倒れてしまいましたが、医療スタッフが車椅子を用意するほどの追い込みでした。
それでも、自己記録には2秒ほど及びませんでしたが、4分24秒38で5位に入りました。

なお、優勝はサントス・オダイール選手(ブラジル)で、300mで先頭に立つと、後続を寄せ付けずに、5000mではショッキングなシーンで掌中からこぼれた金メダルを、今度は4分08秒48で確実に手にしました。

一方、最後の1周の鐘を3人でほぼ同時に聞いた表彰台の残り2枠の白熱した争いは、5000mとの2冠を狙ったバレンツェラ選手が銀メダル。それに続いたのは、5000mを途中棄権したカカー・ハッサン・フセイン選手(トルコ)で、アレクサンダー・コサコウスキー選手(ポルトガル)の追い上げを0秒22差でかわしての銅メダルでした。

[谷口選手の談話]
目標としていた1500m自己記録更新はならなかったが、5000m・1500mともリラックスしてレースに臨むことができた。
*NHKハートネットTV/Road to Rioブログ 10月30日記事
http://www.nhk.or.jp/hearttv-blog/3300/230769.html

[公式結果]
T11男子1500m
5位 谷口真大 4分24秒38

大会公式サイト
http://www.paralympic.org/doha-2015

2015全国障害者スポーツ大会・紀の国和歌山大会

和歌山県各地で行われた2015全国障害者スポーツ大会・紀の国和歌山大会、長居わーわーずメンバーは、和歌山市紀三井寺陸上競技場で10月24日(土)~26日(月)に行われた陸上競技に各地の代表として6名が出場し、この大会に向けて練習してきた成果を発揮すべく、それぞれの種目に挑みました。

出場したメンバーの中には、怪我や故障で調整に苦労した選手もいたものの、6名全員がメダルを獲得し、その中でも、初出場ながら大会記録を上回る投てきを見せたり、過去に出場したいずれの大会でも惜しくもメダルに及ばなかったものの、今回念願の初メダルを獲得した選手もいました。

しかし、記録の面では、特に、私たちが応援に行った大会2日目25日日曜に出場した選手は、近畿地方で木枯らし1号と発表されたほどの冷たく強い風が一日中競技場を吹き抜けていたこともあり、思い通りの結果が出せなかった選手が多かったようでした。

今回出場した長居わーわーずメンバー6名は、2名が現在の大会記録保持者、1名が元保持者、他にも新たな大会記録保持者になることを期待された選手がおり、このうちの5名が、強風の下で実施されたこの日の各種目に出場し、記録へと挑んでいきました。
しかし、トラックを周回する種目や立幅跳では、向かい風の影響で、選手自身が期待していたほどの記録が出なかったり、一方では、追い風となった100mでは、従来の大会記録を大幅に上回るタイムで走るも追い風参考記録となったりしました。
さらに、競技や試技開始までの待機中に、冷えて体が思うように動かなくなり、記録を狙うには難しい日となってしまいました。

一方、今回こそ大会初メダルとの意気込みで出場した選手は、1種目目の午前中の800mではまたもやメダルに手が届かず、望みは2種目目の夕方の1500mとなりましたが、この1500m出場選手は、4位に終わった800mとほぼ同じ顔触れとなっており、残念ながらメダルはまたもや次回に持ち越しかとも思われました。
しかし、その1500mがスタートすると、序盤はメダル圏外だったものの、夕陽の照らすトラックで、中盤から徐々に順位を上げ、最後の1周をトップで通過した時は、応援の私たちの興奮も最高潮。
結局、トップ争いには敗れたものの、3位に7秒差の2位でフィニッシュラインに駆け込んでの待望の初メダル獲得となり、木枯らし吹く日の、長居わーわーずメンバー最終出場種目となったこの1500mは、朝からスタンドで応援してきた私たちが、最も大きく沸いた時でした。

ところで、全国障害者スポーツ大会の理念は、障害者スポーツの普及と障害者の社会参加の推進となっており、以前は、この理念の基に、個人競技の参加は1回のみとされていましたが、現在は複数回の出場も認められています。
しかし、個人競技での代表選考においては、現在もこの理念を尊重し、大会初参加となる選手を中心に選手団を構成するところもあります。
この大会の陸上競技などの個人種目に出場するには、まず、都道府県や政令指定都市単位で行われる選考会に出場する必要があります。なお、各地域の選考会の大半は開催年の春に行われますが、一部、前年の秋に選考会を行うところもあります。
そして、選考会での上位の選手の中から、過去の同大会出場歴や、選手団内での障害クラス・居住地などのバランスを考慮して、代表選手が選考されます。

選考会は、参加は無料で、陸上競技の場合は、普段なかなか走る機会のない陸上競技場で行われることが多いです。
ルールは、原則的に全国障害者スポーツ大会と同じもので行われますが、全国障害者スポーツ大会の競技規則は、パラリンピックや一般のものと一部異なっています。
例えば、短距離走ではスターティングブロックの使用義務はなく、フライングは1回目のスタートまでは許容、2回目からはその選手のフライングの回数に関係なく失格などとなっています(パラリンピックや一般の大会では、フライングは一発失格、短距離走ではスタブロ必須)。

なお、以前、全国障害者スポーツへの個人競技への参加は1回のみだった頃、大会の素晴らしさに感動する一方、2回目の参加が叶わないことを非常に残念に思っていた選手が多かったようです。

筆者も、過去に陸上競技の選手団の役員としてこの大会に同行したことがありますが、他競技の選手・役員や開催県のスタッフの方との交流には、刺激になることがとても多く、機会があればまた選手団に同行したいと思ったことがありました。
役員として参加した私ですらそう思ったほどですから、当時の選手がもう一度参加したいと願うのも当然で、その思いは私が思ったものよりもはるかに強かったことでしょう。

その全国障害者スポーツ大会の今後の開催地は、2016年岩手、2017年愛媛、2018年福井の予定となっています。

大会公式サイト
http://www.wakayama2015.jp/