「第38回いぶすき菜の花マラソン」サケもっとさんの完走記です

当日のお天気は、朝から曇っていて、
そのせいか、寒さもましで、思った以上に暖かかったです。

昼からは晴れ予報だったけれど、結局晴れ間もあった程度で、
ずっと曇りで走りよくて、暑さには弱いのでほんとラッキーでした。
曇っていたせいか、ちと寒い時もありました。

エイドは、17キロ地点から35キロ地点くらいまでが
私設エイドもいっぱいあると聞いてましたが、
7キロくらいからドリンクなど、ほんと私設か公設かわからないくらい
ぽつぽつと出始めて、ほんといろいろありました。
しょっぱなの17キロ過ぎには、温めた豆腐に出汁ポンズがかけてありました。
鹿児島の豆腐はめっちゃ固い木綿なんです。
最初からこんな地元のものが出るなんて!ビックリでした。
ここからは、いつものレースで出てくる、バナナやチョコレート、地元の黒砂糖などはもちろん、
後はウルトラ並みの豚汁におにぎり、ぜんざいや焼きそば、焼きもちなどなど。
地元特産のおいもやらブロッコリー、イチゴにマンゴージュース、キンカン、ポンカン、プチトマト、桜島のこミカンもありました。
果物はどれも美味しくて、マンゴージュースは並んだ所まであるかどうかの微妙なところでしたが、なんとか足りて、いただくことができました。ラッキー!
炭火で焼いてる、地鶏や鰹のの腹皮焼きなど
(これはタイミングよく、焼き立てでめっちゃおいしかったです)
さつま揚げも美味しかったな~。
鰹節汁は鰹節にお湯をかけただけなんですが、めっちゃ出汁が出ていました。
綿菓子も小袋に入ってるのをもらいましたが、これは走ってるうちに小さく固まってしまいましたが…。
コーヒーが挽き立てを出してくれると聞いてたのですが、到着したころにちょーど売り切れたみたいでした。残念!
おなかいっぱいで、断念したものもいっぱいあります。
食べることはこの辺で…(笑み)

コースは、前半が山に向かって登ったり、下ったりしながら
薩摩半島の池田湖や開聞岳、そして菜の花がいっぱい咲き乱れてました。
観賞用にもあるそうですが、菜の花を食用にも作られてるみたいです。
菜の花はあれだけ咲いてると走っていてもわかるくらいに香りがしてきます。
コースの途中に開聞岳への登山口があって、
つわものはレース中にこの開聞岳にも寄り道するとか…。
途中神社にもお参りしてゆく人がいてはったりとか、
足湯のエイドブースもありました。
みんな大会を楽しんでるって感じですわ~。

後半は海に向かって降りてゆきます。
曇り空でしたが、時々日も差して、南国のソテツもあって、
海沿いを走ってるとまた違ったコースに代わりました。
35キロくらいからは、温泉街を通ります。
ここからはまた応援もいっぱいで、元気をもらいました。
ゴールは、スタンドはありませんが、トラックがある競技場です。
帰ってきた感がいっぱいでした。

途中6時間のペースランナーに抜かれましたが、
ゴール手前でペースランナー発見!ちとがんばって走りました。
その結果、5時間58分とサブ6できました。
総合順位は、約13000人中約6000位で、6時間で半分がゴールしてることになります。
残りの半分は、後2時間で続々とゴールしてはります。
みんな楽しんで走ってはりますわー。

菜の花マラソンのリピーターが多いのがよくわかりました。
暦的にも月曜が休みになるので、ゆっくり遠征できますしね。
いろいろと観光もできて、楽しい大会参加でした。

ぷらす、ゴール手前で、親戚の女の子が応援にきてくれていて、
名前を呼んで、応援してくれたみたいなんですが、全く聞こえず、tacocoさんが気付いてくれて、久しぶりの再会ができました。
走ることはお父さんには話してたんですが・・・、
ゴールタイムとか全く知らずに応援にきてくれて、めちゃうれしかったです。

そんなこともあって、心に残る大会となりました。

「第28回福知山マラソン」宗平君の完走記です。

昨日は福知山マラソンに出場してきた。この大会は僕のフルマラソンデビューの大会で、それ以来、お気に入りの大会として楽しみにしている。
これまでの自己ベストは京都マラソンで出した4時間08分32秒なので、次は4時間を切れるようにと言い続けているのだが、なかなか実現していないし、自己ベストの更新もない。今度こそは…と気合いが入る。
伴走は昨年の福知山のときにも伴走してもらった賀茂川パートナーズのKさんだ。10月にはKさんに30キロ走を2回やってもらい、鍛えてもらった。

JRの臨時電車・福知山マラソン号に揺られること、約2時間…車掌の激励アナウンスも聞けたので頑張れそうな気がする。
福知山は北部気候のため結構ひんやりしていて霧雨模様だ。長袖+手袋で走るのがよさそうだ。ひらけんは半袖で走るというのだからやはり若い!
スタートを待っている間もときおりしぐれる具合で、じっとしてると寒い。後ろにいたすずちゃん・ほしちゃんペアとおかんさんペアと激励し合って、スタートを待つ。
号砲がなり、スタートだ!

4時間を切るためには、1キロあたり5分35秒を目標にすることになる。
天気は昨年とよく似ている。晴れ、曇り、雨、陽射しの温もり、冷気がめまぐるしく変化する。これもまた福知山らしい。ただ、昨年はこれに強い向かい風が加わっていたので、幾分マイルドバージョンということになるだろう。
由良川に架かる橋を渡り、5キロ地点の福知山駅にやってきた。太鼓の応援もあってにぎやかだ。ペースは1キロ5分20秒ぐらいでやや速いが、下りが多いこともあり、このまま行くのでいいだろう。

市街地を離れ、8キロ地点からはひたすら田んぼ道が続く。昨年はここから天気がだいぶ険しくなったのだが、今回は陽射しの温もりを感じられるほどである。
10キロ地点の少しきつめの上りまでやってきた。ペースはそのまま1キロ5分20秒代であるが、これからの上りで少しペースが落ちたり、エイドによったりを考えるとこれでよさそうだ。

ここからはゆるい上り下りが連続するので少しずつ足に負担がかかることになる。この辺りで一度給水をとることにした。Kさんはよかれと思って、紙コップの口をすぼめて渡してくださったのだが、僕の飲み方がへたくそなため、ほぼ服と靴にこぼしてしまったのだが、まあ4分の1ぐらいは飲めたからよしとしよう。
今回はいつもよりもたくさん見知らぬ人が「頑張ってくださいね」などと声をか
けてくれて嬉しい!ゆるいアップダウンは相変わらず続いている。どこからともなく、「♪見つめ合~う 視線のレイザービームで…」どっかで聞いた歌だなと思ったら、おじいちゃんが郷ひろみさながら、ノリノリで歌って応援してくれている。
そんなこんなで15キロのホラ貝が聞こえてきた。ペースは変わらず1キロ5分20秒台だ。多少速いかもしれないが、まあこのまま行こうということで前進する。

ところが、ちょっと嫌な予感が…。太股の大腿四頭筋が痛み始めてきた。昨年は25キロを過ぎてから痛み始めたと思うので、ちょっと痛くなるには早すぎる。ここでKさんに伝えようかとも思ったのだが、まあもうちょっと痛くなってからにすることとした。
そんな17キロ地点では、急に牛のにおいがしてきて、道の両側には乳牛がいるらしい。次に現れるのは高校生たち大勢によるなんとも力のこもった応援!
給水は何カ所かあるのだが、気温が低いせいか、それほどほしい気にならず、折り返しを過ぎるまでパスが続く。Kさんには食べ物も一緒にとれそうなところで、給水もしたいと伝えていた。時間ロスを避けたいという気持ちもあるのだが、今から思えば、この辺りでちゃんと水分をとっておいた方がよかったのかもしれない。
にしても、バナナすら現れないのはどうも変じゃないか?「エイドでロスさせたくない」というKさんの愛が成せる業なのかもしれない。
まあそれはさておき、中間点の通過タイムは1時間56分55秒。これを単純に2倍すれば、4時間を切ることができる。
実はKさんは、なんとかサブ4を実現するために、上りのタイムロスやエイドのタイムロスも考えて、入念なシミュレーションをしてくださっていた。それによると、1分弱速いということだが、前半はどちらかといえば下り基調なので、おおよそ予定どおりのようだ。

さて、いよいよ舞鶴に入ると、昨年同様、霧雨が雨に変わり、空気が一段と冷えてきた。どうも最高気温は10度に届かなかったようである。
向こう側からブラインドランナーが早々と折り返してきた。その後ほどなくして、ひらけんやNさんも折り返してくる。さすがに速い!
この辺りは避けるのが難しい水たまりもちょくちょく現れて、靴の中が結構濡れ
て気持ち悪い。
今回から折り返し地点が数100メートル先に変更となったようだ。折り返しをUターンすると25キロ地点だ。ペースは1キロ5分30秒台なので、ちょうどよいペースということだ。

ほどなくして、おにぎりやらお汁粉やらいろいろ賑やかなエイドが現れて、Kさんに一口サイズのおにぎりを二つとってもらって、口にほおばった。ひじきご飯だっただろうか…絶妙の塩加減で生き返る!バナナもあるようだったが、それはパスすると伝えたら、次のエイドでさっととれなかったときのために持っておいてくれると言う。そのバナナをしばらくしてもらおうと手を出した。「皮がついてるしね」と聞いて、「しまった!手袋しながらはうまくむけないのだった」と思い、Kさんに返そうと思ったら、すってんころりん…バナナは逃げていったのであった!
その後、といちゃん・たかちゃんペアにも会うことができた。やはり、ブラインドランナーが頑張っているのは良い刺激になる。
30キロ地点でのペースは1キロ5分40秒ぐらいになっているので、Kさんが「ここらでジェルを飲んでおいた方がいい」といって持参のジェルをくださって、エイドの給水とバナナももらって、ちょっと回復できたように思う。
17キロから痛み始めた太股だが、まあなんとかかんとか痛みがひどくなることはなくやり過ごせている。気持ち的にも「まだ12キロもある!」ではなく「よし、あと12キロだ!」と思えているので、これまでのフルマラソンの経験は活かせているのだろうと思う。

30キロを過ぎると、またアップダウンが連続する。Kさんが「はい、ここからまたジワジワ上り!」と言う。実はKさんに伴走してもらうときには、K語録なるものがあり、賀茂川河川敷では「ゴロゴロ石」、ポンポン山の麓では「ペコペコゴム」というのが実に役に立つ。しかし、「ジワジワ上り」はありがたくない。
数年前のこの大会で、30数キロ地点の福知山スイーツエイドに随分助けてもらったことがある。今回も立ち寄りたいと思ってKさんにも見てもらっていたのだが、ついに今年も見つからず、残念なり。ほしかった福知山スイーツ「十三里」は後で土産屋で買うとしよう!
35キロ地点を通過。ペースはなんとか1キロ5分40秒をキープしているから、まだサブ4圏内にはいる。

しかし、17キロ地点から太股が痛み始めて、なんとかふんばっていたのだが、他の部位に負担がかかっていたのだと思う。腰が痛み始め、ついでふくらはぎ、それに普段はあまり痛くならない肩もこってきた。こうなると、なかなか足が前に出なくなる。
Kさんから2本目のジェルが手渡され、給水にもだいぶお世話になる。Kさんがいろいろと葉っぱをかけてくれるのだが、一歩一歩を踏み出すので精一杯となってしまい、あとの7キロは非常に長く感じざるを得なかった。したがって、この辺りの記憶がない。
気持ちが上向きになってきたのは39キロ辺りで流れてきたサザンオールスターズの曲だ。実は、この福知山マラソン、毎回終盤の苦しいときに流れてくるサザンの歌に助けられている。フルマラソンデビューの時も、非常に苦しいときに「希望の轍」のイントロが流れてきて、なぜか力がわいてきた。毎年「希望の轍」だったのが今年は「東京ビクトリー」に変わっていたが、この曲も不思議なことにすーっとリズムに乗れて、「あと3キロでゴールだ!」という気持ちとあいまって、少し持ち直してきた。
35キロ~40キロの辺りでのペースは1キロ6分30秒ぐらいに落ちていて、苦戦を強いられた。今回から福知山名物の最後の坂が短くなっていると聞いていたのだが、それでも500メートルぐらいだろうか、ラストの上りは最後の力を振り絞ってなんとかゴールイン!
ゴールでいただいた生姜湯と柚子茶が美味しかった。完走賞は伴走者のものも出してくれるというので、2枚いただいた。

今回の結果は
0~5キロ 0:27:13
5~10キロ 0:27:48
10~15キロ 0:27:43
15~20キロ 0:28:04
20~25キロ 0:28:12
25~30キロ 0:29:19
30~35キロ 0:29:16
35~40キロ 0:31:17
40~ゴール 0:14:14

タイムは4時間03分17秒(ネット4時間03分06秒)。
4時間を切ることはできなかったが、自己ベストを5秒縮めることができたので、僕としては結構嬉しいのだが、Kさんはだいぶ残念がってくださっていたように思う。もう一つ良かったと思うのは、少しペースを落とした区間はあるが、今回は歩くことなく走り続けられたことだ。これまでにそれができたマラソンは自己ベストだった京都マラソンのみで、後半の断続的な坂でいつもやられてしまっていた福知山では初めてのことなのだ。だから、改善の余地はまだまだあるが、現時点の自分の力は結構出し切った達成感があるので、自己ベストはたいへん嬉しい。
サブ4まであと3分!まぁのんきな性格のため急ぐつもりはないが、いよいよそんな僕にもサブ4が近づいてきたのだなという余韻を感じながら、福知山2018が終わったのだった。Kさん、今年もナイス伴走ありがとうございました!

「第22回大阪・淀川市民マラソン」田中マー君・ハーモニー玲子さんの完走記です

こんにちは、ブラインド田中マー君です。
11月4日に大阪市民淀川マラソンに2回目出場しました!
好天の中、花火の号砲で、ハーフは9時に十三方面に、フルは9時半にヒラパー方面へ、自分はdブロックの4時間半ブロックからスタート。
5分ぐらい走ると、やまちゃんの応援、野尻ペアが掛け声を掛けて抜いていきました!
9キロ付近で、対面にセッキーペアが激走して、通過していきました。
折り返して、12キロ付近で対面にパロちゃんペアに、1キロ後にナオちゃんペアに出会いました。団子状態も15キロから開放されましたが、芝生や砂利道を、踏み締めたりして、難行苦行!

ハーフのゴール2キロ手前で、家内がヘロヘロで「猛しんどいと」連発してました。
十六年振りに走ったタイムは、3時間23分でした。

27キロで、トイレが空いていたので大に突入しましたが、臭い、汚いΣ( ̄□ ̄)!
折り返し2キロ手前で、アトベさんの応援を貰ったやさきに、対面には野尻ペアが通過!
30秒後にセッキーペアが通過しましたが、伴走者の顔色が! 後日談で、足が釣り脱水症状も。
38キロでゲストの高橋尚子のハイタッチ!
ラストの1キロのラップタイムは、6分20秒前後。右コーナを転けそうになりましたが、直ちにスピードを弛めて、ハットしましたが体制を戻しました。ゴールしたら、しゃがむことが出来なかったです! タイムは4時間49分。

最後に、応援の皆さん、伴走の左海さん、西川さん。関東から、K本さん、御世話になりました。
今回は、諸事情で、演奏、心の金メダルの発売は出来ませんでした。ハーモニー玲子は、来年リベンジするそうです。

「第22回大阪・淀川市民マラソン」パロちゃん・コッシーさんペアの完走記です

ブラインドのパロちゃんです。

今年3回目のフル参加。
今年ベストのネットで4:54:06でした。

ガイドのコッシーさんとの話し合いのなかで3つの目標をたてました。

1つ、歩かないでゴールをする。
2つ、後半 半分のタイムを前半 半分のタイムより短くする。
3つ、5時間以内でゴールする。

今回、結果として絶妙なアドバイスを、
し続けて頂いたコッシーさんのおかげで3つの目標をクリアできました。
本当にありがとうございました。

コッシーさんのかくし芸的なうたは最高でした。
元気をいただきました。

パロちゃん・コッシーさんが砂利道コース上を走ってるところ。おふたりともカメラにピースサインとスマイルを送っている。(写真提供:みやちゃん)

パロちゃんと走らせていただいたガイドのコッシーです。
走られた皆さん、応援して下さった皆さん、そして淀川へと暖かく仲間を送り出して戴いたご家族の皆さん、本当に有り難うございました。
パロちゃんの日々の精進のお陰で今回のマラソンは二人で思い描いた通りの展開でした。
とにかく30kmまではウォームアップだと決め込みペースを抑えて抑えて我慢我慢。
どこから行こうか。35km?38km?でも何だかパロちゃんしんどそうに見えるし・・・
とか考えているうちに芝や砂利の荒地からきれいな舗装路が現れて
今走らんともう走るとこ無いで~、、、と待ってましたとラスト3km猛ダッシュ。
「しもた!こんな元気あるんやったらもっと早目に上げればよかった」と後悔したほどパロちゃん元気やし。
想像を超えた奮起に最後の曲がり角を曲がったとき自分、感動マジでウルっと来ました。
わーわーずの歌姫メグちゃん直伝、明るく元気の出る歌が効いたんや、きっと。
シーズン序盤の淀川マラソン、参加された皆さんドラマがあったと思います。
平成最後のマラソンシーズンはまだ始まったばかり。
パロちゃんの日々の頑張りに刺激をいただき自分も少しは精進せねば。
今シーズンも最後まで明るく元気に楽しみましょう~!

「第10回 水都大阪70kmウルトラマラニック」みやちゃんの伴走記です

水都大阪ウルトラマラニックの第10回大会に小山さんと参戦し、制限時間の11時間をわずかにクリアできませんでしたが、完走してウルトラ兄弟の仲間入りを果たしました。

私にとってフルを越えるレースの出走は今回で3度目ですが、一昨年のGWの武庫川ユリカモメ70キロは途中棄権、同じ年の9月の高野龍神スカイラインの50キロはかろうじて制限時間内をクリア、そして今回再び70キロに挑戦、しかも「はじめてのウルトラ伴走」です。

そんな70キロをまだ走った経験のない私をガイドに選んでくれたのは、昨年11月にフル伴走デビューの機会を与えてくれた同い年の小山さんです。
小山さんもウルトラは初めての挑戦で、ロードでフルを走られたのも昨年11月のフル初挑戦の一度だけ。

走力も経験も乏しい者がペアを組んでどないすんねんというところですが、お互い怖いもの知らず、向こう見ずに「初初ペアで挑戦」することになりました。

実は、小山さんと初めて出会ったのは、2年前のこの水都大阪ウルトラマラニックの大会でした。
わーわーずの伴走練習会に参加したのも同じ頃だったようですが、それまではご縁がなく、2年前のこの大会でマッサージボランティアをされる皆さんのお手伝いとして参加した時に、ボランティアを終えて会場から帰るとき、天満橋を経て南森町の乗り換えまでご一緒させていただきました。
自分たちとは別世界のレースに2年後にペアを組んで出るとは夢にも思わず、運命の出会いに心から感謝です。

私にとって70キロを走るのは未知の世界ですが、自分ひとりでなく「伴走で出走するプレッシャー」を力に、走る限りは「制限時間内の完走」を目指して、互いに励まし合って、格別の達成感で喜びを分かち合いたい。
そんな思いで年明けから一緒に練習を始めましたが、4月になっても自分たちが思い描いた成果は出ず、不安が募りました。

色々アドバイスをいただき、自分たちなりに試行錯誤を重ねた結果、ようやく本番10日前(4/12)の長居公園の伴走練習で、互いに伴走ロープを意識せずストレスなく走ることができ、本番に向けて一緒に練習する最後の機会を最高の形でしめくくることができたとお互い喜んだ、のですが・・・

制限時間にわずかに及ばず、完走メダルに手が届きませんでした。
64キロの毛馬エイドで休んだ後、毛馬の堤防を下りてから大阪城公園に戻るまでの最後の走りは、苦しみあえぎながらもあの日一番の走りができただけに、もうちょっと何とかならんかったのかと悔やまれます。
ランナーとしてガイドとして、わが身の力不足、経験不足を痛感しました。

前日の受付をご一緒した長井さんに、明日は暑くなるので関門通過できたら昼寝してもいいよとアドバイスいただきましたが、カメが昼寝してどうすると暑い日差しの中を歩き続けました。
関門通過時点で30分も余裕があったのだから、昼寝して休む勇気が私にあれば、もっと余裕をもって楽しいレース運びができたかもです。

また、レース前半は、初初ペアの小宮山さんの無謀な挑戦をあむちゃんが一緒に走って元気な声で力強くサポートしてくれたのですが、関門通過後は別のサポートに回られたこともあって、私自身の走りに余裕がなくなり、小山さんに無用な負担をかけて体力を消耗させてしまいました。

が、しかし、お天気があんなに暑くなければ、最後までサポートしていただきながら一緒に走れたら、なんて「たられば」ではなく、お天気が暑くても、途中からサポートがなくても、そしてゴールの制限時間クリアが厳しいことはわかっていても、最後まであきらめずにゴールを目指して走り続けた自分たちを誇りに思い、自分たちをほめたいと心の底から(負け惜しみでなく)思っています。

マイカップをキャップのツバにつけ、並んで走る小宮山ペア

長居わーわーずの皆さんには日頃から色々アドバイスいただくとともに力強く応援していただき、とても励みになりました。ありがとうございます。

スタート前にえんちゃんからいただいた「完踏」のお守りに守られ、わーわーずの仲間とすれ違っては力強くエールを交わして互いに励まし合い、またエイドや沿道からは力強い声援をいただいて励まされ、そしてゴールではみんなが待ってくれている、そうでなかったら、自分に言い訳して諦め、走り続けていなかったでしょう。
心から感謝しています。ありがとうございました。

そして何より、初めての大切なレースの伴走者にこんな木偶の坊の私を選び、それなりの伴走者として育ててくれた小山さんには心の底から感謝です。

共に励まし合って完走を果たしたものの、ゴールに忘れ物をしました。
大事な忘れ物を引き取りに、自分を高めて再び挑戦します。
引き続きのご指導、よろしくお願いします。

植ちゃんプレゼントのメダルで笑む小宮山ペア
後日談:
一週間後の打ち上げで、
うえちゃんが自分の完走メダルを小山さんにプレゼントのサプライズ。
小山さんは大喜び、そしてそのメダルを私の首にかけてくださって喜びを分かち合い、
伴走者冥利に尽きます。うえちゃん、小山さん、ありがとう!

以下の小山さんの完踏記もあわせてご覧ください。
「第10回 水都大阪70kmウルトラマラニック」小山さんの完踏記です

「第10回 水都大阪70kmウルトラマラニック」小山さんの完踏記です

2018年4月22日、第10回記念の水都大阪ウルトラマラニックの70kmに初挑戦してきました。
去年の11月5日、61歳で初めて初フルを完走してから約5カ月半。
その時のネットタイムは5時間40分25秒だったというのに、長居わーわーずのメンバーたちに「完走できる、できる」とおだてられ、その気になってエントリーしてしまった。
伴走者は、これまたウルトラ70kmの伴走も初めてで、初フルマラソンで伴走していただいた61歳の宮様、小宮山ペアの再結成です。

ウルトラに向けての練習では、3月中頃に長居周回コース15周のフルマラソンの距離をはしれたものの、ヘロヘロで6時間40分もかかった。
4月始めには夏日の中、桜ノ宮お花見ランでフルマラソンの距離に挑戦するも36kmでリタイア、暑さに非常に弱いことを自覚した。
本番では38.9kmの関門を6時間以内で越えないと話にならない…。

スタート前、縁ちゃんが「完踏」と書かれた手作りのお守りをTシャツの袖に付けてくれて、長居わーわーずのメンバーたちと健闘を誓い合った。

えんちゃん手作りの完踏お守り

そしてスタート、暑さは覚悟していたがやはり涼しい時のように速く走れない。
20kmぐらいのエイドに到着、まだまだ関門まで長いなぁ…。
エイドからエイドまでがとてつもなく長く感じるようになってきた。
並走してくれたあむちゃんが、エイドではこまめに世話をしてくれて、何とか関門の38.9kmを5時間30分ぐらいで通過。
約10分ほど休憩して再スタート、残り31km、残された時間は5時間20分。

時間は12時過ぎ、ここからは小宮山ペアだけになり、日差しもきつくてなかなか思うように走れない。
騎手が馬を鞭で叩いても、中々動かない状態、それでも宮様は叱咤激励してくれる。
それに応えようと思うが、身体が心とは裏腹に思うように動いてくれない。
暑さもピークになり、1kmがとてつもなく長い。
ようやく40kmを越えたが走る気力は全く湧かず、
残り30kmというよりも、まだまだ30kmもあるという方が勝り、ゴールへの道がどうなるのか…。

各エイドでは何度も水をぶっかけたり、ワンコそうめんや冷奴、バナナ、ようかん、たこ焼き、カステラ、パンなどを必ず食べ、飲料水もいただいた。
枚方大橋ではおかんさんがシャーベット状のカフェオレを下さり、冷たさがのどごしを通過する時は生き返った気分になった。

また私設エイドでは氷や冷水をかけてもらったり、アイスノン状態になった飲料水を頂いて首に巻きつけたりと、暑さ対策をしながらの歩きと走り。
途中では、長居わーわーずのメンバーたちとすれ違う度にエール交換をして元気を分けてもらう。
河川敷では時々、ホーホケキョとうぐいすの鳴く声が我らを応援してくれているかのよう。

鳥飼大橋辺りノエイドでは知らない方から、休憩してたら身体がリカバリーするからと激励をいただいたり、歩いている時も知らない人と談笑したりしながら、前へ前へと進むことを心がける。

スタートから8時間を過ぎた頃、ボイスコーチが勝手に終了してしまった、充電が切れたようだ。
ここからは全くどれくらいの速度で、どれくらいの距離を走っているのかわからなくなった。

エイドから走り出してそんなに経っていないのに身体がしんどくて、エイドはまだか?エイドは、まだか?と聴くと、聞かないほうがいいと、宮様は、あまり教えなくなった(笑)

残り約10kmの豊里大橋辺りで残り約1時間30分。
もうヘロヘロで、歩いたり走ったりしている状態なので完走は難しそうだが、宮様はまだまだ諦めずに頑張ろうと檄を入れてくれる。
毛馬のエイドに到着、ゴールまでは約6kmで残り時間は45分。
最後には歩道橋を歩かねばならないから、もう完走は苦しいとエイドのスタッフたち。
でも我々は最後の力を振り絞って行けるところまで走ろうと走り出す。

何とか歩道橋まで走り続けたが残りあと少しで完走は無理と分かったら一気に気持ちが折れたが、宮様は前へ前へとオイラを奮い立たせてくれる。
そして大阪城に入ったところでタイムアウトとなる。

それでも最後まで諦めずに足を出し続け、ヨレヨレのヘロヘロになりながらゴールラインを超えた。
約11時間8分、11時間の制限時間内に完走できなかったのは残念だったが何とか完踏でき、男同士ハグしたのでした。

今まで練習にお付き合いして下さった皆様。
色んなアドバイスをしてくださった皆様。
エイドでお世話をして下さった皆様。
沿道でエールを下さった皆様。
そして、長居わーわーずのメンバーたち。
最後に、無謀な挑戦にお付き合いして下さった宮様。

本当にありがとうございました。

記録上は残念ながらDNFという結果ですが、8分遅れでも最後まで諦めずにゴールラインを越えることができた。
縁ちゃんの完踏のお守りのおかげだ。
これは、我らには立派な完走だ。
お互いの首には見えないが、心には美しい完走メダルがこの日ばかりは輝いていただろう。

完走タオルを開きもち、完踏の達成感がその表情からうかがえるお二人。

以下のみやちゃんの伴走レポートもあわせてご覧ください。
「第10回 水都大阪70kmウルトラマラニック」みやちゃんの伴走記です

「第10回 水都大阪100kmウルトラマラニック」まさやんの完走記です

第10回水都ウルトラ完踏記

 2018年4月22日(日)午前6時30分、水都ウルトラ100km10回目のスタート。最近は制限時間の14時間が危うくなってきたので、5時30分のアーリースタートにしたいところなのですが、始発電車に乗ってもそれには間に合わないので、やはり例年どおりのスタートにしました。電車で日帰りできるウルトラマラソンなんてここしかありませんよね。スタート時からすばらしい快晴。すこし走ってから日焼け止めを塗るのを忘れたことに気づきました。せっかくリュックに入れてきたのに…。でも、その他は準備万端。早朝から応援にきてくれているみなさんの「いってらっしゃい」に送り出されて、まずは毛馬エイドへ。途中、歩行区間があったり、中之島公園のバラ園に立ち寄ったりで、毛馬に到着するのもなかなかです。
 毛馬エイドで水分&エネルギー補給して、ここからが本番。枚方まて2往復しなければなりません。豊里、鳥飼、新町、枚方の各エイドを越え、さらに先まで行って折り返します。1回目の鳥飼エイドでは早くもそうめんの準備ができていて、ありがたくいただきました。ここのそうめんは恒例になっていて、毎年、エネルギー補給の最重要ポイントなのです。枚方エイドまでは例年どおりでしたが、今年はコース変更があって、折り返し地点までがずいぶんと遠くなっています。やっと「あとすこし」の看板が…。しかし、そこから走っても走っても、折り返し地点は見えてきません。マラソンの「あとすこし」はたいていはただのはげまし言葉です。
 折り返しでチェックポイントのスタンプを押してもらって、今度は毛馬に向かいます。しばらくするとどこからか正午を告げるサイレン。走り始めて5時間30分が経ったということになるのですが、まだ50kmにも到達していないような。でも、結構足が重くなっていて、歩きたい気持ちが頭をもたげてきます。私だけかもしれませんが、ウルトラでは疲労と回復が交互にやってくるので、ここはしばらく辛抱。折り返しを過ぎると、多くの知り合いのランナーとすれ違うことになるので、お互いにエール交換して元気をいただけます。
 やっと毛馬まてたどりついてあと1往復。このころにはまたすこし元気が回復してきました。鳥飼でまたそうめんをいただき、新町まできたところで、ほかのランナーが
関門のことを話しているのが耳に入りました。どうも枚方エイドに関門が設定されていて、あと40分ぐらいだということのようです。普通に走れば大丈夫そうですが、関門が迫っているということは、今のペースがかなり遅いということにほかなりません。すこしおしりに火がついて、そこから枚方の関門までは一番必死の***で走りました。無事、関門には間に合ったのですが、もうヘロヘロになってしまって、せっかくすすめていただいた刺身も残念ながら食べられませんでした。枚方エイドでボランティアをしてくれていた知り合いのみなさんには、一番弱っているところをしっかりと見られてしまった…。何とか動き出して、あとは帰るだけなのですが、その“だけ”が25kmぐらいはあるのだから、そんなに明るい気分にはなれません。制限時間までに余裕はなさそうなので、ゆっくりでも走り続けなければ…。
 ところで、今回の難敵のひとつはその暑さ。過去には寒かったり、大雨だったりと難しいコンディションもありましたが、ダイレクトに体力を奪うのはやっぱり暑さだと思います。ここで力を発揮するのがマイコップ。洗濯ばさみでシャツのすそにひっつけておきます。もちろんエイドでも使いますが、コース沿いには所々に水道があるので、そこに立ち寄っては水を飲み、そして頭からかぶるのです。マイコップがあると、頭、首筋、胸、背中とかけたいところに適量の水をかけることができます。内側と外側から体を冷やすと、リフレッシュしてまた走り出すことができるのです。
 4回目の鳥飼エイドではそうめんを3杯もいただき、ようやく完踏が見えてきました。豊里から毛馬に向かうころには、すっかり日も暮れてしまいました。以前はまだ明るいうちにここを通過していたのですが、ここ3年はこんな感じです。最後の毛馬エイドではあたたかいおしるこをおいしくいただき、淀川に別れを告げて大阪城へ。第1回目のときは胃がやられてしまって、おしるこものどをとおらなかったことを思い出します。ここまで来ると、そんなに急がなくても制限時間に間に合いそうなので、ギヤを落としてゆっくりと走らせてもらいました。もう足が動かなかったということもあるのですが、10年間の来し方をかみしめつつ、じっくりとラストランを楽しみたかったのです。
 大阪城公園まで戻ってくると、多くのみなさんの「おかえり」の声。わーわーずのメンバーが名前を呼んでくれるのも聞こえます。例年なら天守閣の前まで登るのですが、今年は観光客も増えたということで、いつもより手前で最後のチェックスタンプを押してもらって、坂を下っていよいよゴールへ。ゴール手前はレッドカーペットが光に照らし出され、その花道を声援に応えながら進みます。両手をあげてゴールすると、おなかのあたりにずっしりとゴールテープが感じられます。一人ひとりにゴールテープを張って迎えてくれるのです。伴走のひろっさんと握手をかわし、完走メダルをかけていただいて、そうこうしていると、主催者のSataさんらしき人がマイクで何か言っています。「今、ゴールした二人は10年連続…」。オレのこと?と思いきや、どうやら伴走のひろっさんへの賛辞。。。そりゃそうだ…。なんとひろっさんは第1回目から10年間総計1000kmもの道のりを伴走し続けてくれたのです!ひろっさんという最強の伴走者がいてくれたからこそ、私も走り続けることができたのです。Sataさんがマイクで音頭を取り、会場を巻き込んで万歳三唱!?
 ひろっさん、改めてありがとうございました。そして、大会実行委員会、ボランティアスタッフのみなさん、ほんとうにお世話になりました。末筆ながら、日々一緒に走ってくださるわーわーずのみなさんにありがとう!

遥か旅路のその果てに何かがあるとは思わない。
旅には旅路があるだけだ。 (まさやん)

伴走者と並んでゴールテープを切るところ。両手をあげてバンザイ。レッドカーペットと、GOALと書かれた頭上の照明器具が写っています。 (写真:ふきこさん)

「第10回 水都大阪70kmウルトラマラニック」西條さんの完走記です

 2018年4月22日第10回水都大阪マラニック70K走ってきました。
走り始めて13年目にして初のウルトラ、たくさんの人の応援、声援、励ましのおかげでなんとか完走できました。ほんとうにありがとうございました。
 この時期体調が思わしくないことが多く、毎年お誘いをうけながら「走るつもりはないです」と拒んできました。
今年は新年から体調が良かったことと、もし、ウルトラを走るなら毎年一つずつ年を取ることを考えれば、今しかないと思いエントリーしました。
伴走は、この大会を何度も走っているエミューさんにお願いしました。

 当日朝はやいので、エミューさんとルンナさんが4時前に車で自宅に向かえに来てくれ、途中でSさんとTさんが乗って会場に行きました。
5時過ぎに会場につくとアーリースタートのひとたちをはじめ多くのランナーが来ていました。そこにHさんや新大阪のHさんたちも応援に来てくれていて驚きました。
毎年こんなに早く来てくれてるのですかと尋ねたら昨年からですと言われました。
それにしてもマッサージの準備、運営を長時間しなくてはならないことを考えれば、頭が下がる思いで感謝に絶えません。
スタート付近はわーわーずの人たちでいっぱいで練習会のような和やかな雰囲気でリラックスできました。

 6時半に号砲とともに一斉にスタート。大阪城内をまわり、中之島を越え淀川に向かいました。
淀川河川敷も春爛漫とてもすがすがしく気持ちよく、あちらこちらから「ほぉーほけきょ」と鶯も声援してくれてるようでした。鶯がいることに驚きました。
このころはまだ涼しく足も軽く快調に走ることができました。
みなさんが言われるように、しんどくない自分のペースで走り続けることに心がけました。
この日は大変暑く30K手前の枚方エイドを過ぎて、折り返しの往復10Kが、長く、暑くもっともつらかったですね。
暑さにばてることなく快調に50Kまでは歩くことなく走り続けることができました。
各エイドに備えてくれた食べ物や飲み物が元気とパワーをあたえてくれました。
特にたこ焼き、そうめん、ミックスジュース、オレンジなどあまりのおいしさにおかわりしてしまいました。
いやしさに食べ過ぎて走りずらいこともありました。
また、わーわーずメンバーも多く走っていましたので、すれ違うたびにエールをかわし、元気を分かち合いました。
エイドスタッフもランナーが多いため、知り合いもたくさんいてほんとうに和やかな楽しい大会でした。

 2度目の豊里エイド、残り18キロ、3時間30分。そう思うと気が緩んだわけではないですが、それ以後、疲れもでてきて走ったり歩いたりとなってしまいました。
残り5Kあたりでなんとなく気分が悪くなり走れなくなり、完全に歩いてしまいました。
時間内完走心配しながらのやっとのゴールでした。
ゴール前にはたくさんの人たちが「おかえりなさい」の声にとても暖かく迎えてくださり、初フルの時とはまた違ったうれしさと感動をいただきました。
多くの人から祝福の言葉をいただき心からお礼申し上げます。
また、Nさんにしていただいたマッサージ、とても気持ちよく疲れがいやされました。
長時間にわたり伴走してくださったエミューさんありがとうございました。
どこからともなく「エミューさん」と呼ぶ声がきこえてくる、かおの広さを実感しました。
そうそう忘れてはなりません。えんちゃんにいただいた完走祈願おまもりのおかげで無事完走できましたよ。えんちゃんありがとうございました。

ジョーこと西條洋

ゴール後に完走証を手にするジョーさんと エミューさんが並んでいるショットです。 目標達成して晴れ晴れしいお二人の表情が素晴らしいです。

「第10回 水都大阪100kmウルトラマラニック」ランタナさんの完走記です

ランタナ(ブラインド)です。
先日の大阪水都マラニック、何とか完走させていただきましたが、
本当にやっとの完走でした。
ゴールしたもののボロボロで皆さんがかけてくださる言葉にお答えする力は残っていませんでした。
たくさんの方にお声掛けいただきながらお礼も言えずにすみませんでした。
伴走してくださったムックさん、マッサージ・やお迎えやおしぼりなど沢山のサポートをいただき言葉にならないほどの感謝です、本当にありがとうございました。
ゴールしてからお手洗いにから荷物、着替えとぜぜっちさんにずっとサポートをしていただきました。
疲れているだろうと椅子も探してきてくださり本当に助かりました。
ぜぜっちさん、ありがとうございました。
今回は走れ切れる自信はなく、初めて電車代を忍ばせてスタートに立ちました。
水都の凄さは、どこのエイドにも知っている方がいて、励ましの言葉をいただけることです。
もう、ダメかもと思っていても、大丈夫、まだまだ時間は十分あるからと励ましてくださるのです。
単純な私は、その気になって走り出せるのです。
そして、最後の折り返しがスタートになり、もう走り切るしかないと腹を決めてゴールへ向かうのです。
私にとって水都100キロは、皆さんの助けがなくてははゴールできない大会です。
かかわってくださった皆さん本当にありがとうございました。
色々ありましたが、又気持ちを新たにして走り始めます。
皆さんありがとうございました。
今後とも宜しくお願いいたします。
感謝です

スタートして大阪城をまわって会場前、 ランタナさんが手をあげてエールに応えながら走ってるところです

「第25回KIX泉州国際マラソン」大久保さんの完走記です

岸和田のブラインドの大久保です。
僕は、2月18日に行われました泉州国際マラソンを走ってきました。
私の今シーズンの目標は、現在、市民ランナークラブにも入っていますので、その市民ランナークラブの代表選手として、地元の駅伝大会に出場することと、個人的目標はフルマラソンで3時間10分を切ることでした。

今シーズンは、福知山と加古川を走りましたが、いずれも目標を達成することはできず、今回の泉州を迎えることとなりました。
ところが、大会の約1か月前の1月16日に交通事故に遭い、約2週間走ることができなくなりました、
その走れない間の1月21日に地元の岸和田市民駅伝があり、私は光栄にもこのクラブの選手に選んでいただいていましたが、欠場という大変残念な結果となってしまいました。

その駅伝の伴走者だった(岸和田健康クラブの方で、今回の泉州マラソンの前半を伴走して下さる方)Wさんから、この悔しさを泉州マラソンで果たそうと励ましをもらって、2月18日の当日を迎えることになりました。

今回も、目標タイムを3時間10分にしましたが、その時に怪我をしてから走り始めたのが、1月28日からで大会の3週間前でしたので、調整が遅れて、非常に厳しいレースを迎えることになりました。
その中で目標を達成するには、できるだけ最初の20キロを抑えて走り、粘っていこうと思ってはいましたが、スタートをしてからほぼキロ4分20秒と今までフルマラソンを走った中で一番早い入りとなってしまいました。

ただ、20キロを超えても4分30秒を超えることがあまりなく、気力を振り絞って走っていましたが、最終の難関のモンスターブリッジの2つ目くらいから、足にきてしまい、残り7キロはキロ5分を維持することですらできませんでした。

結果、3時間13分27秒。
苦しんだラスト7キロでしたが、自己ベストは更新することができたことと、どんな状況であっても、あきらめない心をもって大会に挑めば達成できると感じたところが、何よりもの収穫だったと思っています。

それから、沿道で応援をしてくださった、わーわーずの皆様、勇気づけられるご声援、本当にありがとうございました。 

以下は 今回のタイムです。
ラップとカッコの中はスプリット

5キロ21:19(21:19)
10キロ21:31(43:02)
15キロ21:42(1:04:44)
20キロ21:48(1:26:32)
ハーフ通過1:31:21
25キロ22:25(1:48:57)
30キロ23:03(2:12:00)
35キロ23:56(2:35:56)
40キロ25:47(3:01:43)
ゴール11:44(3:13:27)

伴走者 前半 岸和田健康クラブ Wさん、後半 てらやん

伴走交代地点で ロープがてらやんにバトンタッチされるところ。3人がほぼ横並びで写っています。 (写真:さんちゃん)