「2016大阪マラソン」オリーブさんの伴走レポートです

去年に続いて2016年も大阪マラソンに挑まれた大吉さん。
前大会の様子は以下をご覧ください。

▼「2015大阪マラソン」オリーブさんの伴走レポートです
https://waawaas.sakura.ne.jp/?p=719
▼「2015大阪マラソン」サケもっとさんの大吉さん応援レポートです
https://waawaas.sakura.ne.jp/?p=721
▼大吉さん、2015大阪マラソンで年代別1位
https://waawaas.sakura.ne.jp/?p=896

そして今回の様子は
NHKの番組「関西ホットライン」「おはよう日本」にて
普段の練習と当日の挑戦が紹介されました。

今大会も同じく伴走を務められたオリーブさんから
伴走完走記が届きました。カメラ視点とはまた違って
伴走者視点でみる大吉さんの姿もまた新鮮です。

以下、オリーブさんの伴走完走記です。

   ☆

81歳のブラインドランナー大吉さんと第6回大阪マラソンを走りました。
スタートブロックがKで、タイムロスが16分ちょっと。
誰か知り合いいないかなーと見ていると、前方でブラインド発見、女性ガイドと走っているまえっちでした。
まえっちとは10k前後まで抜きつ抜かれつしながらでしたが、その後は先行されました。
玉造辺りと10k過ぎでわーわーず仲間はまちさんさんが見つけてくれてエールくれました!あの怒涛のランナーの中で・・・
最初のわーわーず応援隊も5kに居たけど、こちらが見つけて叫んでやっと見つけてくれた感じ。

大吉さんはトイレに行きたくなるからと15kまでは給水なし。
17.5kで最初の給水、その後2箇所くらいで給水と、バナナを食べた。
25kでスタッフしているわーわーずのハコちゃん、なかちゃんを探したけど分からず。
屈伸して再スタート、その直後、後からスタッフしていたザッキーが大声でエールくれた!
その後も6分後半くらいのペースで快調に走っていました。

ところが大吉さんは快調だったが、伴走の私がちょっと疲れてきた。(苦笑)
走っていて体の芯がちょっとぶれている感じ、脚も疲れて来ている、ロング走練習不足と推測した。
恵美須過ぎたあたりの往来で、みゆきさんたかちゃんペア発見、叫んだけど届いたかな?

次に目指すは30k地点、ひたすら走る。
その時、横から「ここここ!」って呼ばれて見たら、ドロンジョ様のエミューさんのエイド!
エアサロンパスをかけて貰ってコーラ頂いてエール貰って再スタート。
この時はまだ元気でした。

その後、32.5kの「まいどエイド」に寄って、脚つり防止の漢方薬を飲み、4,5分止まって適当に食べて、再スタートした直後に後に引っ張られた!
足の指が痛いとストップ、何とか持ち直して再スタートしたら「あかん!痛い!」
今度は脚のつり発生、沿道に座り込んでマッサージと屈伸。
走ってもすぐまた歩き、を何度か繰り返して、ここで、まさかのリタイヤも頭をかすめる大ピンチ。
座り込んでいる私達に、見知らぬランナーさん、医療ランナーさん、義足のランナーさんたちが声かけて下さり、エアーサロンパスをかけてくれたりと、ヘルプしてくれた。

何とか走り出したけどユルジョグ、その時にわーわーず仲間「てるちゃん」が走ってきた。「大吉さん脚つってしまって、大変やねん!てるちゃん先行ってね」

「何とか完走はしたい」という大吉さん、必死の思いで34kのわーわーず応援隊にたどり着いた。
その途端、ヘナヘナと崩れた大吉さん。
ガイドヘルパーの吉田さんからのドリンクを飲み、みんなからの声援を受けて、ゴールに向けて再スタートしました。
実は、応援隊はGPSで大吉さんを追っていたけど、何故か大吉さんが通過になっていて落ち込んだそうです。
その時に、てるちゃんが応援隊に着いて「もうすぐ2人、来るよ」と知らせてくれて、これは本当に助かったのでした。

35kからは、文字通り苦しい旅になってしまった。
珍しく大吉さんの口から弱音が出た。
「やっぱり81歳のじいちゃんやし、あかんなー」
「諦めんと最後までがんばろ!」

騙し騙し、何とか脚を前に出す。私も「脚大丈夫?」は怖くて聞けなかった。
周りのランナーも歩く人ばっかり。

最大の難関、南港大橋をこれも何とか必死で渡って、残り4k。
ペースは8分半まで落ちていた、とにかく脚を前へ前へ。
最後エイドの38k、40kエイドに居たわーわーず仲間から、エール貰ってラストに向かう。

そんな時、残り約1.5kまだ走ってるのに「今日は伴走してくれてありがとうな」と言う大吉さん。
「そんなことはゴールしてから言って!まだ1.5あるんやから!とにかく無事にゴールしよ!」
思わず声を荒げてしまいました。

そしてようやくフィニッシュゲートが見えてきて、両手上げてゴールしました!
グロスで5時間44分ちょっと、ネットで5時間28分くらいでした。
目標が5時間半だったので、ネットで何とか達成出来ました。

途中、リタイア寸前の大ピンチもありましたが、何とかゴールにたどり着けてホッとしました。
ゴール後はフラフラで立っているのがやっとでした・・・
応援して下さった方々、本当にありがとうございました。
応援が無ければ、走れなかったでしょう。感謝です。

今回脚がつったことで私なりに検証しました。
去年も、35k手前で脚がつりました。その時は、走りなれてないシューズだったからつってしまった、と大吉さんは言っていました。
そして今年も32.5のエイド直後に脚のつりが起こった。
それは、30kまでエイドに寄ってもすぐスタート、殆ど休まず走りっぱなしで行って、32.5の「まいどエイド」で4,5分止まり食べたことで、脚が急速に休まってしまい、筋が収縮したのではないか?

それを考えると、去年もシューズのせいではなく、「まいどエイド」で数分止まったことで筋が収縮したのではないか?と推測しています。
エイドにも適度に寄って塩分の補給、脚の疲れも適度に取りながら走っていたら、急速なつりは起こらなかったかもしれません。
今後の大会に活かせたらと思います。

「よるカモメ武庫川12時間走」長井さんの参加記です

7月30日(土)~31日(日)は、武庫川SC主催の夜かもめに長居わーわーずのメンバーとして参加。
JR大阪駅に16時45分にガイドランナー4名とブラインドランナー4名が集合して、阪神梅田駅から阪神武庫川駅で下車して、尼崎市側の河川敷へ17時30分頃に到着。
武庫川SCのメンバーの方たちが暑い中を準備をしてくださって、僕たちは、19時のスタート時間を待つばかりでした。
長居わーわーずとしては、ドリームチームとフリーウェイチームの2チームで、合計23名で参加。
僕たちのチームは、ブラインドのハナテンちゃんと伴走初体験のIさんからスタート。
始めは、1往復2kmのほぼ直線コースを1往復して、次に僕がオリーブさんのガイドで懐中電灯をバトン代わりに受け取ってリレーしました。
僕たちも1往復してから、Nさんへリレーして、おけいはんへとリレーして行きました

日が暮れると、河川敷は、真っ暗となり、バトン代わりの懐中電灯のスイッチをONにして、全員腕に光サイリウムをつけて走り、21時頃からは、気温も下がって、風も吹いて来て、走り易くなって来たので、3往復ずつのリレーとなりました。
しかし、3往復の6kmずつとなると待ち時間が3時間ほどとなり、その間は、給水や給食や話などをしたのですが、待つしかなくて、体が冷えて来るし、退屈な時もあり、もう少しメンバーが少ないほうが良かったかな?と思いました。
そして、午前4時を過ぎると夜が明けて来て、日が出てくると気温が上がり、暑くなって、蝉も泣き始めてきた頃から、1往復ずつに切り替えて、走り、午前7時に近づいて来た時に僕とオリーブさんの順番となり、フリーウェイチームとタクちゃんのドリームチームが同時に終了のテープを切らせてもらいました。

わーわーず両チームが揃ってゴールテープを切るシーン
(写真撮影:武庫川スポーツクラブさん)

僕は、合計16往復の32kmでした。
それから、みんなでその場で打ち上げをして、8時30分頃に失礼させて頂きました。
夜かもめのスタッフの皆さんには、大変お世話になり、感謝!感謝!です。
そして、参加した皆さん、ありがとうございました。
僕は、午前10時頃に帰宅して、お風呂に入ってから晩御飯まで爆睡しました。
そして、食べた後もまた爆睡して、起きたら、月曜日の朝でした。

大会の公式ホームページは、こちらです。

「2016函館マラソン」野尻さんの参加記です

~北海道新幹線開業記念~2016函館マラソン大会
2016年6月26日(日) 9:00 フル・ハーフ同時スタート

4時間前後の完走を目指して、かつて住んでいた函館の町を楽しんで走ろうと、金曜日の夜に函館入り。伴走の方とさっそく乾杯をしながら、当日の打ち合わせ。
「3時間半までなら伴走できると思う。半切りを目指して、キロ5分でいこう」と。
ありがたいことではあるが、そうなると急に心の準備を変更しなければならない。
そうこうして、当日を迎える。かなりの確率で雨の予報であるが、朝起きるとなんとか雨は落ちていないようだ。しかし風が強く吹いていて、海岸線は大変な道のりになりそう。
ハーフとフルを合わせて、約8千人のランナーが9時に競技場を一斉にスタート。
全国的にも有名な湯の川温泉街を抜け、函館空港の手前を折り返して海岸線を今度は函館山方面に向かう。約8キロほど、案の定強烈な向かい風だ。天気がよければ最高の景色、そしてウミネコの鳴き声も聞かれるのだが。
前日の土曜日は旅館が取れず、知り合いのところにお世話になる。色々とおもてなしをいただいて、夕食も朝食もたらふくよばれる。
そんなこともあってか、体が重い感じ。25キロの再びの折り返し辺りでトイレを見つけて駆け込む。体も軽くなったので、さてさて、後半頑張ろう。
30キロを過ぎて、函館湾にかかるともえ大橋に差し掛かる。これは大変、一層の向かい風。
なんとかかんとか橋を越えて港地区、金森倉庫街の石畳を行く。
沿道ではねぶた祭りの踊りをやっているらしい。
36キロのエイドにはメロンや塩ラーメンや、函館の名産がいっぱい。チーズオムレットをむしゃむしゃ食べたもので、またまた時間をかなり浪費してしまう。
帰りのともえ大橋は追い風になる、やれやれ。そして無事に競技場に戻ってくる。雨にも負けず風にも負けず、3時間45分のゴール。
飛行機が4時なので、少しでも早いゴールにこしたことはない。
今回北海道新幹線には乗れなかったが、それはまた後日のこととして、本当に良い思い出の大会となった。

「リレー・フォー・ライフ・ジャパン2016神戸」 ほりちゃんの参加記です

ほりちゃん(ブラインド)です。
リレーフォーライフイン神戸では、とりまとめや早い時間からの準備そして後片付けなどして下さったAさん夫妻をはじめ、参加された皆さんにたくさんお世話になり、楽しいひとときをありがとうございました。
このイベントへはいつも仕事を終えてからで、イベントが始まって少し遅れてからの参加ではあるのですが、公園内の地面はウッドチップでできていて走るのに足にやさしく、ステージでは色んな音楽演奏チームの方々が色々と演奏されていて(今回はジャズもあったかな。)、その演奏を聞きながら走っているとウキウキしてくるし、久しぶりに出会うラン仲間の方々と再会することができるので、毎年楽しみにしているイベントのひとつです。
サポートしていただいたガイドの皆さん、一緒にたすきをつないだブラインドの皆さんにいっぱい支えていただいて、今年も楽しく過ごすことができたことに、すごく感謝しています。
来年もたくさんの方々と一緒に、リレーフォーライフイン神戸へ参加することができたら嬉しく思っています。

「リレー・フォー・ライフ・ジャパン2016神戸」 アラらんさんの参加記です

平成28年6月11日(土)21時~12日(日)9時まで
リレー・フォー・ライフ・ジャパン2016神戸
に参加をしてきました。長居わーわーずチームは、
ブラインド10名で申し込み、ガイド18名と一緒に参加。

まずは、19時30分からキャンドル点灯式に参加。
がん征圧、がん患者や家族を支援、
がんで亡くなった大切な人を偲び、追悼します。

21時にキャンドルランスタート。
12時間のリレーマラソンです。
沢山のチームが一斉にスタート。
リレー・フォー・ライフは本来、24時間歩いて襷を繋ぐのですが、
夜間は歩く人が少ないためランナーが代わって襷を繋ぎます。

あくまでチャリティー募金が目的です。ランニングはその手段です。
募金協力 チーム総走行距離(Km)×10円(伴走者も含めて1人)
沢山走るほど、募金額が増えます。

コースは、450mの周回ジョギングコースフィールドは綺麗なコース。
キャンドルライトが灯されています。
リレーは、夜の時間は一人5周~6周で繋ぎました。
0時を過ぎると逆回りに走ります。
ペアリングも毎回替り、仮眠を取りながら走ります。
陣地は、キャンプ場のような雰囲気でワイワイ。

朝の5時前には夜が明けだします。
お湯を沸かし、各自目覚めのお味噌汁、
コーンスープ、コーヒーなどを飲みました。
残り時間30分を切るとカウントダウン的に走ります。
最後は全員で走り、9時にゴール。
結果、自己チェックのカウント表の集計では、合計で250周。
主催者集計でチーム合計112㎞の距離を走ることができました。
(去年の116㎞にすこし及ばず)

閉会式終了後に解散。銭湯行メンバーは、なぎさの湯へ移動。
汗を流し、食事会。このイベントは素晴らしい企画。
健康の大切さを改めて感じることができました。
有難うございました。来年もぜひ、沢山の皆さんで参加しましょうね。(文:参加取りまとめ役 アラらん)

参加者の集合写真2枚と陣地の様子

「第8回水都大阪ウルトラマラニック」はなてんちゃんの完走記です

4月24日(日)。水都大阪ウルトラマラニックの100キロを走りました。去年のリベンジです。
雨上がりのさわやかな朝でした。走るのにはもってこいの気温です。
スタート地点の大阪城公園はすでに熱気むんむん、午前5時30分前に受付を済ませて100キロのアーリースタートを見送って準備をし、早朝にもかかわらず応援にかけつけてくださったみなさんとスタート時間の6時30分までおしゃべりをして過しました。全く緊張感がないところがこの大会のいいところでしょうか。

大会の諸注意を聴き、みんなでカウントダウンをしてスタート。
スタッフの方々や応援のみなさんの「行ってらっしゃ~い」の声を背中で聞きながらゆっくりスタートしました。伴走はSちゃんさん、ウルトラの先輩ランナーです。
ツツジの香りを楽しみながら大阪城公園を周り、歩道橋を渡って中之島のバラ園で第1チェックポイントゼッケンにハンコをもらいます。ほのかな草木のにおいと大川の水のささやきを楽しみながら毛馬のエイドへ。Tちゃんが声をかけてくれました。巻きずしとお茶をもらって長柄橋の第2チェックポイントへ、ハンコをもらって再び毛馬へ、ここから淀川の河川敷を枚方まで行ったり来たり2往復します。枚方の先が第3第4チェックポイントです。エイドは豊里、鳥飼、新橋、枚方にあり、知り合いのランナーさんがボランティアでてつだいをされてるので元気をたくさんもらえます。
もちろん食べ物も充実してるので楽しみです。

コースはアスファルトなので走りやすいですがときどき大きなみぞがあります。水はけをよくするためでしょうか?時間の経過とともに気温も上がり少し暑く感じられましたがときおり吹く風がさわやかなのでたすかります。それでも疲れがたまってくると飲み物ばかり欲しくなりあまり食べられなくて胃がきりきりと痛くなるし、突然すごく眠たくなって目をつぶって走ってたこともありました。(笑)
ちょっと歩いたり走ったりを繰り返しSちゃんさんに励まされ、すれ違うわーわーずの仲間に気合を入れてもらい、午前中の練習会を終えて応援ランしてくれてる仲間に元気をもらって懸命に走り、折り返してきたHさんの「関門アウトまであと10分」の声にスイッチが入って、去年タイムアウトした72キロの枚方の関門をダッシュで走り抜けてなんとかぎりぎりセーフで通過、あとは大阪城に帰るのみですがちょっと安心してしまい、また歩いてしまいました。エイドボランティアをしていたKちゃんが励ましてくれてエイドで胃ぐすりをもらって復活、残り26キロくらいでしょうか?
それでも関門アウトにならないように懸命に走りました。気温も下がり、夕暮れが近づき周囲が暗くなってもどのエイドでも食べ物や飲み物を用意して笑顔で待っててくださいます。それだけで涙が出そうです。そして私たちの周りには応援ランの仲間が7人並走してくれてます。こんなことってあるでしょうか。

大川沿いを抜け歩道橋を渡りいよいよ大阪城公園、一度ゴール地点を通過します。ここではわーわーずのマッサージボランティアのみんなの応援も聞こえてきました。
梅林の坂を上り天守閣の傍の最終チェックポイントでハンコをもらって梅林の坂を下ってると、常に先を走ってたわーわーずのMやんペアに追いつくとMやんが「4人で手をつないでゴールしようよ」と言ってくれて4人でゴール。感動の瞬間でした。
タイムは13時間39分48秒。長い長い100キロの旅が終わりました。

完走メダルをもらいお弁当をもらい仲間の待つマッサージブースに行くとたくさんの「おめでとう」の声にまたも涙が・・・。Nちゃんが入念にマッサージをしてくれてぱんぱんに張ってた足や腰も軽くなって疲れもすっかりとれました。
ボランティアスタッフのみなさん、応援をしてくれたみなさん朝早くから夜遅くまでほんとうにお疲れ様でした。そしてありがとうございました。お互いを思いやり励ましあえる仲間がいることに感謝の1日でした。

「第18回長野マラソン大会」サケもっとさんの完走記です

2016年4月17日、念願の長野マラソン走ってきました。
2011年4月の大会にエントリーしていたのですが、東日本大震災の直後だったので中止になって、その後なかなかご縁がなかったのですが、昨年の駅伝で長野視覚障がい者マラソン協会のHさんにぜひ長野マラソンへとお誘いを受けて、ずっと走ってみたい大会だったので、今年の長野マラソンにエントリーしました。

大会前日、ビッグハットの受付会場でHさんとも出会うことができました。
受付の時にカテゴリB1は、3名の参加で、ゴールできればメダルがもらえるとゆうことでした。
前日土曜日は、めちゃええお天気で、朝の大阪は寒くて、長野はもっと寒いかなと思っていましたが、けっこう日差しがきつくて暑かったです。

宿泊はHさんにお世話になって、障がい者福祉センターの「サンアップル」とゆう施設でした。
視覚だけでなく、他の障がいの方も宿泊してはって、スタッフの方など合わせると40名ほどだったようです。
こちらでもスタッフの皆さんに大変お世話になりました。
皆さんに聞いたところ、明日のお天気は雨の確率が70~90%とのこと。
+暴風との予報でした。

朝準備をしてると風はあるものの雨はまだ降ってないようです。
雨風対策をして会場へ向かいました。
会場でも曇りで風もそないきつくなくて、このままで1日もってと願いつつ、最後にみんなで風がきついから帽子はかぶらずに行こうとなりました。
(これがピーカンのお天気にやられて、唇まで日焼けすることになるとは…!)
そして、スタートラインへいって、各ブロックへ分かれてゆきました。
高橋尚子さんのスタート前の準備運動のレクチャーを受けて、ばっちり!です。
2月の泉州マラソンが途中リタイヤだったので、必ずゴール!を目指して、キロ6分半で最後までいけたらと…。
スタートロスも2分30秒くらいで、混んではいるものの流れに沿って順調に走ってゆくことができました。
前半はほんと曇り空で、風もきついものの気になるほどでもなかったです。
南風のせいか、暑いくらいで、すぐにゴミ袋は脱ぎました。
このまま続くものと思ってましたが…。
中盤、15キロくらいから雨が降り出して、いつの間にか風もめっちゃきつくなって向かい風は前に進まないし、追い風は足がおっつかないし、
横風は、足がもつれそうで、どこから風がやってくるのやら!です。
ハーフを過ぎたころにはこの雨風いつまで続くんやろって、気持ちも足もフラフラでした。
28キロくらいからは雨も上がって、風も少しましになって、さ~!後半!これからだ~とゆくはずが、雨のせいで体も冷えて、腰痛も、神経痛も足の疲れも…。
ペースもだんだん落ちてきてました。
それでも日差しが出てきて体もあったまってきたら痛みもましになって、走ったり歩いたりとゴール目指しました。
後半30キロを過ぎて、またもやえらい風が吹いてきました。
川の土手を走るのですが、伴走のNAMIさんの声も聞こえないほどの暴風でした。
突風が吹いたときはしがみついてしまいましたわ~。
この土手でまたもや精も魂も尽きてしまって、キロ8分も越えて、歩きも増えてきて、ゴールまでだんだん余裕がなくなってきました。
NAMIさんがトイレにいかはった時に座り込んでしまって、もうあかん!と気持ちは思いましたが、足は動いてくれました。
NAMIさんがずっとゴールまでの計算してくれはって、あと3キロで24分だったかな?
ほんまに長い3キロでしたが、制限時間5時間の約1分前にゴールできました。
やっとゴールできて、時間内に完走できて、めっちゃうれしかったです。
走り終わって、表彰状は、やっぱ3位の銅メダルを頂きました。
NAMIさん、伴走ありがとうございました。

長野マラソンは応援が多いと聞いていましたが、
めちゃすごい雨風で、そんな中でも応援や演奏などがありました。
そんなときに応援の声だけでなく、聞こえてきたのが、「長野マラソン走りに来てくれてありがとう!」って、感謝の言葉をかけてもらいました。
それに視覚障碍者部門があるせいか、伴走への応援もいっぱいありましたし、ランナーからの応援もいっぱいもらいましたが、なんだか女性ランナーの声が多かったような気がします。
高橋尚子さんが10キロくらいだったかな?後ろから走ってきはって、ハイタッチをして応援してくれました。ラッキー!
長野に来てよかった!と…こんなうれしいことはなかったです。

長野まで、名古屋で乗り換えで約4時間。
おしゃべりしながらあっちゆう間に長野につきました。
お昼は早速おそばをいただいてから、受付会場へ向かいました。
その後、善光寺へ行って、明日の無事完走をお願いしました。
その夜は、新大阪のHさんの行きつけのお店で山菜三昧のメニューで、おひたしやら天ぷらやら美味しかったです。
Hさんおすすめのからし大根のぶっかけそばが時間がなくて食べられずで、残念!でした。
電車の時間に乗り遅れないように駅に向かっていたら、なんとワイナイナさんが前から走ってきはるではないですか!
明日のレースに備えて、ジョグしてはったようです。
久しぶりの再会を喜びつつ、握手と一緒に明日がんばりましょうと応援もらいました。
ぶっかけそばあきらめたかいがありました。(笑み)
レース後は、駅までのバスが最終便だったので、ばたばたと過ぎましたが、駅ビルで、いろいろと買い込んで、帰りのしなの号では、みんなでめちゃうま!ビールで盛り上がって、久しぶりの遠征でしたが、皆さんと楽しい時間を過ごせました。ありがとうございました。

書いてるとあんなこと、こんなことと思い出して来て、いっぱいありすぎて、伝えきれませんので、ぜひ一度長野マラソンを走ってみてくださいませ。
ほんとにええ大会でした。

「第23回泉州国際市民マラソン」まえっちの完走記です

この前の日曜日、泉州国際市民マラソンに参加しました。
自分にとっては今シーズン最後のフルマラソンだし、比較的フラットで走りやすいコースだと聞いていたので、自己ベスト更新を目指して練習していました。にも関わらず、大会5日ほど前に風邪をひいてしまい、一気にテンションダウン。
 そして当日。体調は完全復活できてなかったので「20kmに満たずにギブアップしてしまうのでは」などと弱気なことを思いながら、はじめの10kmを走りました。
ですが、ガイドのフーヤンさんが読み上げてくれる1kmごとのタイムを聞いているとそんなに悪くない感じ。10km付近の関門では10分近くの余裕を持ちながら通過することができました。
13km付近でガソリンスタンドのトイレを拝借。
その後も胃のむかつきみたいなのがあり、エイドで胃薬と痙攣止め、ジェルなどを服用。
そんなことをしながら走っていると「関門閉鎖まで2分半ですよ」という沿道の声が聞こえてきます。
「えっ、まだまだ余裕あると思ってたのに」、さすがにここでの関門アウトは悔しいと思い、約200m余りをペースアップして走りました。そして何とか関門閉鎖の40秒手前で通過。
 その後は、先ほど飲んだ胃薬とジェルが少しずつ効いてきたのか、気分が上向きになってきました。さすがに20kmを超えた辺りからペースアップという訳にはいきませんでしたが、はじめのペースを保ちながら30km、35kmと通過することができました。
そして、フーヤンさんが教えてくれるタイムを聞いているとどうやら自己ベストを更新できそうなことが分かり、最後は気力を振り絞りました。
 グロスタイムでは福知山の自分の記録に数秒及ばなかったものの、おそらくスタートロスが3分以上あったのでネットタイムでは自己ベストを出すことができました。
自分にとっての今シーズン最後のレースをいい形で終えられて本当によかったです。
当日伴走してくださったフーヤンさん、そして練習に協力してくださった皆さん、本当にありがとうございました。

「第36回篠山ABCマラソン大会」宗平さんの完走記です

第36回篠山ABCマラソンに参加した。
フルマラソンを走るのは、一昨年の福知山、昨年の神戸に続いて3回目である。
福知山でも神戸でも30キロを超えたあたりで足が動かなくなって歩いてしまったので、今回は歩かずに完走したいという思いがあった。
ネットタイムの目標としては、福知山が4時間58分、神戸が4時間45分だったので、やはりここは4時間30分を目標にして、なんとかサブ4.5を目指したい。
それと、もう一つ今回新しい試みがある。
実は妻からの誕生日プレゼントにGPSボイスコーチなるものを買ってもらった。
これはわーわーずメンバーの中でも最近持ち始めている人が増えているもので、僕も体験させてもらって、一つほしいなぁと思うようになった。
何キロ走ったかや、ペースはどのくらいで走っているかなどを登録した設定にしたがって音声で教えてくれるのだ。
これを帽子に付けてレースに出るのは初めてとなるので、わくわくである。
今回の伴走は、平日の夜練にも付き合っていただいているとんさんだ。
とんさんにとっては篠山マラソンは過去に何度も走られたマラソンだということで、たいへん心強い。

会場まではマラソンバスも出ているようだが、とんさんが車を出してくださるとのことで、朝5時に迎えに来ていただいた。
さすがに4時20分起床はきつかったが、思ったより目覚めはよいようだ。
とんさんのご友人ともご一緒させていただいて、3人で亀岡経由で篠山へと向かった。
道はすいていて、6時40分に到着した。

さて、走り出すのは10時50分だから、おっと、まだ4時間以上あるではないか!
どうやって時間をつぶそうか。
市役所のロビーに荷物場所を確保して、散歩に出かけることにした。
少し空気はひんやりしているものの、3月としてはかなり暖かいようである。
天気予報では、うまい具合にこの日だけ雨マークとなっていた。
ほんとうまい具合に。なんでやねん!
しかも、この篠山マラソンは雨になることが多いマラソンのようで、昨年はひどい本降りの寒いレースだったと聞かされていたので、それなりに覚悟して臨むことにした。
7時を過ぎて、広場にはどんどん人が増えてきて、おにぎり・うどん・唐揚げなどあちこちから屋台の美味しそうなにおいが漂ってくる。
このマラソンは、事前にゼッケンやICチップが送られてきて、受付は必要ないというありがたい大会である。
前日受付のマラソンはやはりどうにもめんどくさい。
7時半に大会Tシャツをもらったら、でかんしょ節の歌詞がプリントされていて、丹波篠山感がよく出ている。
京都キャロットの店が出ていて、いろんなランニングアイテムが安値で販売されていた。
今履いているランニングシューズはそろそろ3年ほど履いているだろうか。
走り心地はいいので、ずっと履き続けているのだが、随分すり減ってきているのもたしかなので、とんさんの勧めてくれたアシックスのシューズを買うことにした。
1万何千円のものが6900円で買えたのでお買い得である。
それから、これまたとんさんが以前より一つ持ってたらいいんじゃないかと言っていたアームウォーマーもゲットした。

持ってきていた十六穀米おにぎりを食べて、腹ごなし。
さて、誰か知り合いは来てないかなと思い、再びとんさんとぶらぶらしていると、オリーブさん、ヨッシーさん、福場さん&ミントまっちゃんペア、カモパの方々といった具合に会うことができた。
1万人規模のレースの人混みの中、やはり知り合いに会えるのはなんとも嬉しい瞬間であり、落ち着ける瞬間でもあり、パワーをもらえる瞬間でもあるのだ。

いよいよ10時50分がやってきた。
申込時の申告タイムにより、一番後ろのDブロックからの出発だったので、ピストルがなってからスタートラインに行くまでに6分40秒かかった。
今回の目標である、ネットタイム4時間30分を切るために、1キロあたり6分15秒では行けるようにしたいなぁととんさんと話していた。
そうこうしていると、帽子に付けているGPSボイスコーチがアナウンスをしている。
1キロ通過。
うん、このガイドはありがたい!
やはり、人だらけで思うようには走れないが、そんなときによく見知らぬランナーが「頑張ってくださいね」など言ってくださって嬉しいものである。
そしてまたボイスコーチのアナウンスが聞こえてくる。
「距離2キロ。ラップタイム5分45秒。」
この1キロは予定していた6分15秒よりもだいぶ速くなっている。
少しペースをゆるめるが、混雑をうまく二人分の幅ですり抜けていくには多少ペースを上げて抜いていく必要もあり、少し速いペースになりがちになる。
それにしても、とんさんはさすが慣れたもので、うまい具合に「右から抜かせてください」と言って混雑をすり抜けていく。
なかなか6分15秒のペースには戻せないのだが、まぁ自然なペースで無理をしている感じでもなく、とんさんも6分15秒にぜひとも戻そうという感じでもないように思えたので、おおよそ5分50秒台で進むことにした。
「このペースでずっと行けるといいですね」と言うと、とんさん曰く「30キロまでは行けるでしょう」
なんとも重みのある言葉だ。
田んぼや住宅街が続くおおむね平坦なコースで、混雑していることを別にすれば、わりあい走りやすい。
最高気温はやはりこの時期としては暖かい18度になるとのことであったが、結構風が吹いていて、暑いという感じではない。
雨もなんとかもってくれていて、コンディションは思っていたよりもよさそうだ。

事前に、とんさんに走るコースの地図を説明してもらっていたので、なんとなくのイメージができて助かった。
やはり、地形や景色や方角などどんなところを走っているのかがわかった方がおもしろさは倍増する。
それから、今回はHPで過去に走られた人の感想をいくつか読んで、17キロ地点に恒例のブラバン応援隊がいること、20数キロのところに丹波黒豆おにぎりの私設エイドがあるという情報を得ていた。
こういったものを楽しみに走れたらこれまたおもしろさ倍増である。

5分50秒のペースで、16キロまでやってきた。いい調子だ!
しばらくして、太鼓の音が聞こえてきた。
「あれ?17キロにブラバン応援隊がいると聞いていたが、今年は太鼓隊に変わってるのかな?」と思いながら通過した。
いやいや、そんなことはないようで、17キロを通過したら、大所帯のブラバン隊が元気よく「ランナー」を演奏していた。
「走る~走る~おれ~た~ち」と思わず歌い出したくなる。
やはり、この歌は定番ながら元気が出る曲だ。

20キロに近づいてきたところで、とんさんが「有森さんがいるから手を右に出して」と言う。
そして、有森裕子さんとハイタッチ!
有森さんはランナー一人ひとりに「頑張ってください」と言ってハイタッチしてくださるのだ。
いやぁ、嬉しい!俄然やる気が出てくる。

そんなこんなのおかげで、ハーフ地点でも5分50秒のペースを保てている。
ここで、とんさんが腕が痛くなってきたので、ロープを持つ手を逆にしてほしいと言う。
「いいですよ」と言って、右手でロープを持って走り始めたのだが、実は右手でロープを持つのは初めてのことであり、どうにも走りにくい。
しばらくすると慣れるかなと思って2キロぐらい走ったと思うのだが、どうも左肩もこってきて、これはまずいという感じになってきたので、やはりロープは左手で持たせてもらうことにした。
後ろから「宗平さん」と呼んでくれている。
おぉ、たかちゃんだ。
久しぶりに仲間の声を聞けて、それだけで随分大きなパワーになる。

さて、20数キロのところに出ているという話のあった、丹波黒豆おにぎりの私設エイドはまだかいな~。
と思っていたとき、とんさんが「おにぎりのエイドがある」と。
おぉ、待ってました~!
まずはとんさんがお茶を渡してくれて…「あれ…おにぎりがないみたいだね~」
「そ、そんなぁ~」
テンションがた落ちである。
売り切れてしまったのか。
おにぎりの恨みは大きいゾ!おいっ!
気持ち的にとぼとぼ走りになってしまう。
しかし、篠山のみなさん、そんなことでは終わらせないぞということで(かどうかはわからないけれど)、またおにぎりの私設エイドがあり、今度は子どもが配ってくれている黒豆おにぎりをゲットした。
うまい!俄然やる気が出てくる。単純なものだが、食いしん坊の僕にはこれがあるかないかで大違いなのだ。

24キロのところに、このマラソンの名物であるしし汁のエイドがある。
これはぜひ飲みたいのだけれど、器とお箸でしっかり食べるようなものであり、食べるのに結構時間がかかるのでどうしようかと思っていたところである。
ただ、このしし汁、ゴールした後にも振る舞ってくれるというので、そちらでゆっくりいただくことにして、スルーすることにした。
ゲストのかつみ・さゆりのさゆりの甲高い応援の声が聞こえる。
ゲストランナーの野々村真は速すぎて姿すら見えないのだろう。

25キロからは5キロゆるやかに上って、5キロゆるやかに下る折り返しコースが始まる。
なので、全体的にランナー密度が高くなって、走りにくくはなるが活気はある。
と、対抗レーンから「宗平くーん」というひときわ大きい叫び声が聞こえてくる。
やはり、てらやんの声は迫力がある。
長井さん&てらやんペアは、10キロほど前を行ってるのだから、やはり速い!

さて、28キロのあたりで、ついに腰のあたりに違和感が出始めた。
福知山や神戸のときにはハーフを超えてわりとすぐに痛みが出始めたので、多少は遅らせることはできただろうか。
ただ、これまでは足首やふくらはぎから痛みが出ることが多かったのだが、今回はなぜか腰からだ。
スクワットをして少しはトレーニングをしたつもりだが、まぁどこから痛み始めるかはその時々で違うようである。

30キロを超えてなんとかまだ5分50秒のペースで走っている。
エイドで給水して停まると、足の痛みがひどくなるので、エイドをパスした方がいいのかなと思わなくもないのだが、やはりスポーツドリンクはとることにした。
私設エイドがたくさんあって、飴やチョコレートや梅干しなんかもいただきながら走っているのだが、どんどん足が重くなってきて、うーん、「1キロが果てしなく長く感じられる」ゾーンに突入してしまった。
おにぎりのエイドがあったのだが、「いらない」と言ってしまった。
なぜだ!おにぎりのエイドなら真っ先に飛びつくはずなのに。
食をこよなく愛する僕にとって、食欲がないというのは重症だ。
風邪をひいても食欲はいつでも万全なのに。

そして、34.5キロ。ついに今回もやってきてしまった…足がどうにも動かない。
なんでこうなるの…と思いながらも、しばし歩かせてもらうことにした。
うーん、今回も歩いてしまったかぁ!
とぼとぼ歩くこと1キロ以上。
GPSボイスコーチによると、1キロ10分のペースらしい。
隣で歩いてるおっちゃん曰く「もう、はよ終わりたいなぁ」「ほんまにねぇ」なんてなやりとりをして、その場をやり過ごした。
次の給水ポイントまで歩かせてもらうことにした。
エイドを出るときに、後ろから元気な声が。
ヨッシーさんが見つけてくれて、力強いエールをくれた。
そのおかげで、少し元気が出てきたので、再び走り出した。
すると、とんさんが「痛い」と言って停まってしまった。
ふくらはぎがピクピクして走れないのだという。
伴走ボランティアではなくパートナーとして走っているわけだから、伴走者の方に故障が起こって、二人で対処するということもやはり大事なことだろう。
「無理せずに歩きましょう!」と言って、もう少し歩くことにした。
ちょうどとんさんのご友人の方が通りかかられたので、少しだけその方にロープを持ってもらったのだが、とんさんのすごいところは、そのわずかな時間の間に、長年の経験に基づいて足を動かすことによって、とりあえずの復活を果たされたということだ。
かなり痛いということのようであったが、それをどのようにして治されたのかはやはり経験のなせるわざなのだろう。

そして、37キロあたりから最後の5キロを走り出した。
しかしまぁ、痛む足にとっては「1キロが果てしなく長く感じられる」ゾーンは続いていて、GPSボイスコーチが1キロ通過を示す音が待ち遠しくて仕方がなかった。
まだかいな、まだかいな…といった具合に。
「がんばれ!がんばれ!おかえり!」など沿道から様々なる声援を送ってくれて
いるのだが、とてもじゃないけれど、返す気力がない。
ついには横腹まで痛くなってきて、「おい、もう十分頑張ったので、これでよしとしてくれぇ」なんて沿道に叫びたい気分である。
40キロまで来たのに、まだ嬉しさが感じられない。
GPSボイスコーチをスタートラインから計測すればよかったのかもしれないが、そこから数100メートル手前で並んでいたところから開始してしまったため、ボイスコーチが40キロだと告げていても実はまだ40キロには数100メートル達していないのだ。
うーん、ただだましだまし足を動かすだけの苦行が続く。
給水をとる気力もない…というか、エイドで足を停めてしまうともう走れなくなりそうでもあったのだ。
ボイスコーチが42キロと言ったとき、ようやくこの苦行の終わりが見えたように感じた。
ところが、その数100メートルも実に辛く、「はよ終わろ!」と思ったその時、うしろから「宗平、とんさん」という元気な声。
おぉ、ここで登場か、オリーブさんだ。
元気に颯爽と駆け抜けてゴールインされた。
その元気をもらって、我らもなんとかゴールイン!
グロスタイム4時間35分44秒、ネットタイム4時間29分3秒だった。
ネットタイム4時間半はもう厳しいと思っていたので、やったぁである。
前半のいわゆる貯金のおかげだ。
1キロあたり5分50秒がよかったのかどうかわからないが、それほど無理な感じでもなく、自然な感じだったし、逆に1キロ6分15秒で走ってたとしても35キロあたりでやはり足は痛くなっていたかもしれないので、まぁこれで今の自分のベストにはなったのではないかなと思う。
歩かずにゴールという目標は次回になったが、やはり持久力不足は否めない。

学生さんに完走メダルをかけてもらうととにかく嬉しい気持ちと、ほっとやれやれの心地よい疲労感に包まれる。
このメダル、丹波焼きで作られているそうで、ここにも篠山らしさがよく出ているのだ。
さて、ゴールした後のお楽しみにとっておいたのがしし汁だ。
が、やはりみんなこれを楽しみにしているから長蛇の列で30分はかかりそうだ。
しばし休憩と着替えをしに行ってから、再度チャレンジすると、もうすいていてラッキーなタイミング!
うーん、具だくさんの豚汁風で実に美味しい!
完走後だから一層美味しい!
足が痛いとんさんにご無理を言って、黒豆ソフトクリームを食べて、黒豆ひねり餅をお土産に買って、家路についた。
帰ってきたら、文字通りばたんきゅー!
いやぁ、フルマラソン42キロはまだまだ長い旅だ。
ようやく余韻にひたりながら…あぁ、来シーズンは何に出ようかな。
とんさん、辛くも楽しい篠山お世話になりました&ありがとう!

「第23回泉州国際市民マラソン」いもちゃんの完走記です

夢の泉州国際市民マラソン完走記

みなさん、こんにちは。
ブラインドの、いもちゃんです。
2月21日、泉州国際市民マラソンのフルに参加してきました。
この泉州マラソンは、私の夢でした。いつか、走りたいとずっと思ってきました。泉州で育った私。思い出がいっぱいの泉州。出場できるとわかった時は、すごく嬉しかったです。
制限時間が5時間というのが一番の問題でした。今までにフルマラソンは、2回経験していますが、完走したものの5時間30分が私の記録でした。それも、走り出して1年目より2年目のほうが調子悪くて、どの距離を走っても自己ベストが出ないんです。大会が近づくにつれて、不安とあせりしかありませんでした。日曜日の練習会では、わーわーずのたくさんの方からアドバイスをもらいました。泉州の伴走をしていただいたMさんと、12月、1月に、30キロ走をしていただきました。タイムは、あまり良いとは言えないタイム。30キロで足が棒に。不安をかかえながら大会に挑むことになりました。走れるとこまでがんばろう。
大会当日は、体調もまずまずで 天気も良くて いい感じ。Gブロック最後尾からのスタート。楽しもう。
伴走者のMさんに、この辺にこんなお店ないですか? そこをずっと入って行ったら私が通っていた小学校があるんですよーなど話をしながら前半は、順調でした。岸和田辺りでは、私の大好きなだんじりが応援をしてくれました。太鼓の音を聴いていると そのあいだだけ疲れを忘れることができました。りんくうタウンに着く頃には、だいぶタイムが落ちていました。でも、伴走のMさんがそれぞれの関門の時間を調べてくださっていました。キロ7分を越えそうなペースになると、がんばろう。絶対にゴールできるから。いけるで、いけるでと、ずっと励ましてくださいました。
問題のブリッジ。ハア ハアという声がますます大きくなっていく。頭の中は、ゴールのことだけしか考えることができませんでした。Mさんからの声かけにも、返事ができないぐらいになっていました。ブリッジを折り返してあと少し。足が痛い。ここまできたら 絶対にゴールしたい。そんな気持ちで走りました。
ここまで走ってくるあいだで 沿道からたくさんの方の声援、わーわーずの仲間からの応援、伴走のMさんからの励ましで、諦めることなく最後まで走ることができました。Mさんも私も感激で涙してました。
4時間57分。嬉しかったです。みなさんのおかげで 夢を叶えることができました。本当に ありがとうございました。