「第31回加古川マラソン」田中マー君の完走記です

こんにちは、ブラインド田中マー君です。

12月22日、曇り空、中百舌鳥駅am6時30分に集合して、いざ車で。
ハッシー(アラらんのジュニア)運転で、やぶちゃん(ハッシーの元同僚)、私を乗せて、加古川へ!
8時30分頃に着いて、なかなか駐車場が見つからず焦りました!

スタート会場では、公認選手が先にスタートしてから、ハッシーと伴走未登録の部が、レッツゴー!
走路は狭く団子レース。
やまちゃんや、たかちゃんに抜かれ、ランナーが死角となり、カラーコーンを蹴っ飛ばしたり、継ぎ目で躓いて、往路は、難行苦行でした。

ハーフでやぶちゃん伴走になり、対面のランナーが少なくなり、やっと本来の走りに。
そして、セッキー、はなてんちゃん、あけみさんが、先に通過!

ハッシー、やぶちゃん共々、あまり練習もせず、フルマラソンの経験もなく、4時間29分で完走させてくれた。
毎年、復路で突風が吹き荒れることや、雨や雪も降らす、ゴールして車で着替えてから、雨が本降りに!
応援のおぬっちさん、皆さんありがとうございました!

「第29回福知山マラソン」宗平さんの完走記です

昨日は福知山マラソンを走ってきた。
この福知山マラソンは僕にとってフルマラソンデビューをしたマラソンで、個人的に思い入れが強く、5回目の参加である。
今回の伴走は同じ高槻ランナーでもあるUE君だ。
UE君には練習会やマラニックなどでたびたび伴走してもらっているが、レース伴走は初めてお願いした。
今回の目標は、(ここ数年ずっと同じ目標なのだが、)4時間以内に完走すること、つまりサブ4だ。
これまでの自己ベストは今年2月の泉州マラソンのときの4時間02分39秒なので、それより少しでもいいタイムでゴールしたいものだ。
UE君もサブ4が実現するように張り切ってくれている。

京都駅6:32発の毎度おなじみの臨時快速列車「福知山マラソン号」にゆられながら、おにぎりを食べてエネルギー補給する。
この列車に乗ると、福知山駅に着くときに、「福知山マラソンでのご健闘をお祈りいたしております。いってらっしゃいませ。」と車掌も激励してくれるので、密かに毎年楽しみにしている。
声から判断するに、おそらく昨年と同じ車掌のようだ。

福知山に着くとそこは霧の中でかなり冷えている。
ここ一週間ほどは結構寒い日が多くて、走るのにはいい感じだと思っていたのだが、今日は晴れてだいぶ気温が上がるらしい。
シャトルバスで三段池公園にやってくると大会ボランティアの方が親切に武道館に案内してくれた。
このマラソン、視覚障害者枠があり、様々に優遇されている大会なのだ。
視覚障害関係者は受付、着替え、トイレは他の選手とは異なり、武道館を貸してくれるのだ。
だから、レーススタート前トイレをするために長蛇の列に並ばなくていいというだけでも相当にありがたい。
スタートまでのわずかな時間を使って、ステップの特売コーナーに行くことにした。
UE君も僕も思い思いの靴を買った。
僕はちょうど靴がいたんできたので、6500円に下げてくれているアシックスを買った。

さて、いよいよランナー整列の時間がやってきた。
この大会、ブラインドランナーは先頭から走らせてくれるのでこれまたありがたい。
僕の後ろにはいもちゃんペア、前にははるばる佐賀県から来られたブラインドランナー、左にはAブロックの一般ランナーがいる。
高速ランナーと同じ位置から走らせてもらえるというのはそうそうない機会である。

10時半となり、号砲が鳴った。
霧も晴れて少し暖かくなってきた。
最初の1キロの間に高速ランナーにどんどん抜いていかれるわけだが、後方から走るときのような団子渋滞がないためストレスが少ない。
前にといちゃん&たかちゃんペアが見えてきた頃、♪「天国じゃなくても楽園じゃなくても…」の歌が聞こえてきた。
いやいや、今は滑り出し順調で結構楽園気分である。
4キロ地点の福知山駅前でもたくさんの人が応援してくれている。
僕に向かって「谷口さん頑張って!」という声が…。
なぜか高速ランナーのグッチと今日は2回も間違えられた。
野尻さんと間違えられることは多いのだけれど…。
いずれにしても、高速ランナーのお二人と間違えられて僕からすればたいへん光栄なことだ。
5キロ地点通過タイムは27分27秒。ちょうどいい感じだ。

気温が上がってきて、UE君は上に羽織っていたレインコートを脱いで半袖になった。
レインコートをどうしようかと手に抱えていると、後ろを走っているお姉さんが「あ、それ、持って行きましょうか」と申し出てくれて、ありがたい限りだ。
たびたびブラインドランナーペアとすれ違うが、見覚え・聞き覚えのない人も多く、さすが老舗の福知山マラソン、全国各地から出場されているのだろう。
沿道ではさんちゃん&どんちゃんが写真を撮ってくれていて、元気よく手をあげた。
最初の給水ポイントにやってきた。
給水所が混雑していると、伴走者が水をとってブラインドランナーに渡すのもなかなか難しかったりする。
そこで、福知山マラソンでは、一般のエイドの手前にブラインド用の机が用意されている。
ってなことをUE君に伝えていたのだが、どうやら最初のエイドにはブラインド用テーブルが見当たらなかったようである。
でも、その後だいたいの給水所ではブラインド用テーブルがあったのでありがたい。
10キロ地点通過。ここまでの5キロは26分15秒。
後半で失速するだろうから、ここで多少の貯金をしておくのにはちょうどよいタイムだ。

いよいよ田んぼ道が始まり、ここからはひたすら北上だ。
いつもならこの辺りから曇りがちの北部気候となり、幾分気温も下がっていくのだが、今回はどうもいつもと違うようで、ひたすら晴れていて暑くなってきた。
由良川が近くにあるときはいい風が吹いているが、川が離れていくと風もあまりない。
ブラバンや少年野球隊の応援、自衛隊のみなさんの応援がある中で、不良少年が数人うんこ座りで、応援する風でもなくこちらを見ていたりしていてこれまた面白い。
道はゆるやかなアップダウンを繰り返している。
見知らぬランナーもちょくちょく声をかけていってくれて嬉しい。
15キロ地点通過。ここまでの5キロは26分07秒。無理なくたいへん快適に走っている。

左に田んぼ、右に住宅や山の見えるのどかなコースが続く。
17キロ地点には牛小屋がある。
牛も応援してくれてのどかないい所ではないかと思っていたら、UE君が苦しそうにむせている。
たしかに少々強烈なにおいかもしれない。
それが30秒ぐらいは続くから、苦手な人には辛い区間になるだろう。
そうこうしていると対向レーンにはトップのランナーが折り返して帰ってきている。
なんという速さだ!
沿道からは温かい応援が続く。
UE君が「今の白人のお姉ちゃんよかったわぁ!」とえらくお気に入りになった様子だ。
20キロ地点通過。ここまでの5キロは26分54秒。予定どおりに走れている。
20キロエイドでバナナをいただいた。

相変わらずゆるやかなアップダウンが続いている。
中間点通過タイムは1時間52分58秒。
十分にサブ4が期待できるタイムだ。
対抗レーンにどんどん折り返したランナーが帰ってくる。
そんな中にてらやん、ついではまちさんを発見!
UE君によると、てらやんは結構必死で走っていて、はまちさんはいたって余裕の走りだそうだ。
そして、いよいよ舞鶴に入る。
いつもこの辺りではしぐれたり、冷気や強風に遭遇するのだが、今回は相変わらず晴れていて全然涼しくない。
対向レーンからあむちゃん・まつりんの声が聞こえているので、折り返しが近いようだ。
前半と後半で伴走者を交代する場合は、24キロを少し越えたところにある折り返しで交代となる。
僕らも無事に折り返し、25キロ地点通過。
ここまでの5キロは27分11秒。エイド地点でのタイムロスもかなり少なくてすんでいる。

26キロ地点で念願のおにぎりをゲット!
水も一緒にもらったはずだが…残念ながらこれは水ではなくてお湯である。
ちょっと飲む気になれずバジャンすることにした。
うーん、おにぎりの後に水分を入れたかったぞ!
対向レーンには、はなてんちゃん&ムックさんペアを筆頭にどんどんわーわーず
関連の人が続いている。
阪神男子けんちゃん、すずちゃん&ほしちゃん、すぎちゃん&遠くから来られた方、おかんさん&盲ろうの方、森のくまさんペアなど…他にも声をかけていただいた
と思うが、どなたかわからないパターンがちらほらで申し訳ない。
空はずっと晴れていて、暑い。
昨年のこの大会は最高気温10度以下のしぐれ模様で寒かったが、今年は一転して、20度を超えてしまっている。
長袖・長ズボンで臨んだのは失敗だったか?
30キロ地点通過。ここまでの5キロは28分45秒。
おにぎりむしゃむしゃや「お湯やぁ!」のあれこれで、まあこんなもんか!
ただ、これまた毎度この辺りで遭遇することながら、足は少々疲れてきている兆あり。
しかも、強い陽射しの影響が出てきて、ちょっとバテてきている。

ところで、福知山には福知山名菓の「九里四里うまい十三里」(くりよりうまい じゅうさんり)なるものがある。
マロングラッセの周りを薩摩芋のペーストでコーティングしたものをイメージしてもらえばよいだろう。
何年か前にちょうどこの辺りのエイドで子どもが僕の手にこのお菓子を乗せてくれて、俄然やる気がみなぎったことを鮮明に覚えている。
それを食べて元気をつけようと思っていたのだが、どうもそのようなお菓子を出しているエイドは昨年と同様、今年もなかったようである。
さて、30キロ手前辺りで出だした嫌な兆が、32キロ辺りでいよいよ現実のものとなってきた。
いつもなら、まず太股が痛み出すのだが、今回は違うのだ。
なんと腰の付け根が痛くなってきた。
今まで走っている最中に腰が痛くなるなんてことはなかったのに…。
あと10キロをこの状態で走るのはなかなかにきつい。
スタートからほどなくして聞いたあの歌…♪「天国じゃなくても楽園じゃなくても」がふと頭にうかぶ。
天国じゃなくても楽園じゃなくても、ただひたすら頑張れ!ということか。
そんな様子を知ってか知らずか、ふとUE君が「おっ、裸の人が走ってる。ふんどし菅田のシースルーや」と言っている。
景色の情報と同様に、この手の情報は周りの様子がよくわかるので、かなりありがたい。
このときはまだUE君に言葉を返す元気が残っていた。
そしたらUE君曰く、「あ、もうすぐしたら、またあの牛のとこやん!」
よっぽどあのにおいはダメなのだろうなと思わず苦笑する元気も残っていた。
だが、ついに35キロで足が動かなくなった。
腰の付け根が痛くて足が前に出ない。
しかも、肩もこってき始めている。
こんなことは今までなかったのに、なんだこれは…たしかに40代にはなったが、まだ老化というには早すぎる。
しばらく歩かせてもらうことにした。
ここからエイドでは給水を2杯もらうペースとなる。
ここまでの5キロは32分26秒。
ここで貯金は使い果たし、一気にサブ4が危うくなった。

陽射しでバテて腰が痛くて歩きが続いているが、あと7キロあるわけだから、どこかでまた走り出さないとならない。
コースはゆるやかなアップダウンを繰り返しているので、道が下りになったところでなんとかゆっくり走り出す。
日陰に入ると少し持ち直して走れるので、たいへんありがたい。
ずっと曇っててくれと思うが、そんなに甘いものではない。
それどころか、また上り坂となって減速はなはだしくなる。
給水所に着くたびに2、3杯をいただく状態が続いている。
そんな中、後ろから元気に声をかけながら走ってくる人がいる。
「えらい元気やなぁ」なんて思っていたら、その人はゲストランナーで、北京オリンピック出場の小林祐梨子さんだった。
UE君がぼそっと「今の人可愛かったわぁ」と言っているのだが、反応する元気なしで情けない限りだ。
あぁ、それにしても40キロまでが長かったこと。それもそのはず。ここまでの5キロは40分53秒で、1キロ8分ペースだ。

まあ、40キロを越えてしまえばあと2キロ。
腰は痛くても、だましだましでなんとかなる距離まできたので、少しほっとした。
41キロを過ぎれば、最後の長居上り坂…だが、ここには沿道からひっきりなしに応援の声が聞こえてくるし、この坂を上ればゴールなので、福知山マラソンの醍醐味というべき区間だと思っている。
しかも、この坂でいつも流れているのが、サザンオールスターズの「希望の轍」なのだ。
今回は結構苦しいレースとなったが、この曲のイントロが流れてくるだけで、思わず涙が出てきて、最後まで上り坂を上り切れるのだ。
最後の力を振り絞って…ゴールイン!
タイムは4時間12分18秒(ネットタイム4時間12分00秒)。
UE君とかっこよくガッツポーーーズ…と決めたかったのだが、へたり込んでしまった。
ああ、終わってしまえばやれやれだ!

柚子茶と豚汁を飲んでいると、毎回この大会で会えるのを密かに楽しみにしているマリオ姿のあわとものK井さんにも会えて嬉しかった。
UE君に付き合ってもらってお買い物。
ばっちり「九里四里うまい十三里」もゲットした。
その後は福知山駅前の店で打ち上げ。
7人で和気あいあい、レースを振り返りながら、超盛りだくさんの美味しいものをいただいて大満足。

福知山マラソンは毎回毎回いろんな思い出ができる大会だ。
今回も一日めいっぱい楽しんだ。
サブ4はなかなか実現しないが、時間がかかった分だけサブ4したときは嬉しいはずだ!
「高ければ高い壁の方が上ったとき気持ちいいもんな」というミスチルのフレーズを口ずさみながら、終わりなき旅はまだまだ続くのである。
UE君ナイス伴走どうもありがとう!

「富山マラソン2019」ランタナさんの完走記です

10月27日(日)富山マラソン 走ってきました。
伴走をしてくださった、カゲパパさんはご自身でエントリーしておられましたが、もう、忘れていそうなくらい前に、富山を一緒に走りましょう、とお話しした事を憶えていて下さり、伴走をしてくださいました。カゲパパさんは大会初伴走とは思えない落ち着いた、しなやかなロープさばきでサポートしてくださいましたので、とってもリラックスして走れました。
混雑は所々であったのですが、リラックス出来ていたせいで全くストレスを感じる事はありませんでした。
以前のようには走れない自分を自覚していましたので、時間は全く気にしませんでした。
エイドも満喫し、途中お手洗いにも寄って焦らず楽しく走っていましたが、やっぱり途中、長い坂がまっていて、もう、走りたくない病が出て、座り込みたいと思いながら走りました。
そのうえ雨がどんどんきつくなり、いつもの止めたい止めたいの弱気が出てきて、しんどい苦しい走りが続きましたが、カゲパパさんは変わらず陽気で元気で私に声を掛け続けて下さいました。
もう、走りたくなくなって、子供みたいにお家に帰りたいよと言いながら走っていると、カゲパパさんは、帰れるかえれる、走っていたらそのうち帰れるよとか言いながら、難儀な年寄りをあやしながら走らせてくださいました。
雨は時折和らぎますが又勢いを増す降り方を繰り返していました。
30キロくらいからもう、走るしかないと気持ちを切り替えて、よいしょ;よいしょと声を出して頑張り、5キロ手前位からは声を張り上げて走っていると、一緒によいしょ・ヨイショと唱和してくださるランナーさんもいて元気に走れたのですが、残り僅かの所で坂があり、私の元気も消えてしまいました。
それでもカゲパパさんは、ずっとヨイショの掛け声を上げ続けて下さり私を元気づけてくださり、無事にゴールさせてくださいました。
マラソンて不思議ですね。
終わってみれば、あんなに苦しかった事も楽しい思い出になってしまうのです。
最後まで、陽気で明るい掛け声で、走らせてくださったカゲパパさん、本当に感謝です。ありがとうございました。
そして、今回は単独でエントリーしておられたルビーさんに大変お世話になりました。
行くときもご一緒してくださり、帰りは最後の電車に乗るまでサポートしてくださいました。
何から何までお世話になり本当におかげさまでした。
行き帰りご一緒してくださり本当に嬉しかったです。
ありがとうございました。
お二人にサポート頂き、贅沢な旅ランで、それに小林さんご夫妻と一緒の5人でのささやかな前夜祭も、地元出身の旦那さんに進めて頂いた珍しいお魚や白エビの料理を美味しく頂いたりと楽しい思い出を増やすことが出来ました。
嬉しい、楽しい時間をご一緒してくださった皆さんに感謝でいっぱいです。
ありがとうございました。

「第23回(2019年)大阪・淀川市民マラソン」ふくちゃんの完走記です

皆さま、こんにちは。ブラインドのふくちゃんです。
11月3日に大阪淀川市民マラソンのハーフを走ってきました。

<人生初めてのハーフマラソンへの挑戦>

実は、大会の2~3日前から、右側の坐骨神経の経路に痛みが現れだして、当日の朝、起床時は最悪の状態でした。
右足が痛くて、ちゃんと走れるかどうか不安でどうしようもなくて、一瞬エントリーしたことを後悔するくらいでした。
でも、せっかくのデビュー戦、途中棄権してしまうかもしれなかったけど、とりあえずいけるところまで行ってみようと気持ちを立て直して会場に入りました。
伴走をお願いしていたザッキーさんにも、右足の痛みのこと、最後まで走れないかもしれない不安をお話したら、「無理せずゆっくり行こう」と言ってくださったので、それだけで気持ちが楽になり、スタートを迎えました。

スタート前。会場でのおふたり。体調いまひとつの不安をかくせないふくちゃんと、頼もしくガッツポーズをするザッキーさん

後ろの方からスタートしたので、ゲートまでゆっくり歩き、ゲートをくぐってからはゆっくり走りだしてみました。
何となく行けそうだったので、そのままゆっくり走り、足場の悪い砂利道などは歩き、それを繰り返しながら12キロくらいまでは順調に足を進めることができました。
しかし、やはり足の痛みが強くなってきて、そこからはとうとう歩いてしまいました。

15キロ付近からは、歩いていても痛くて痛くて、何度も心が折れそうになりました。
ザッキーさんにが何度も励ましてくれたり、声をかけてくれたりしていましたので、止まらず動き続けることはできましたが、もうやめてしまいたいくらい痛くて辛くて、「やっぱり私にはまだハーフマラソンなんて無理だったかな」と弱気な心が顔を出し始めました。
そこで、応援ランのサケもっとさんと新大阪の星野さんペアに出会い、お二人の声を聞いてほっとして、再び頑張ろうと気持ちを立て直しました。

また、すれ違う時に声をかけてくれた、わーわーずの仲間の方々にも励まされ、痛みに耐えながら歩き続けました。
そして、ラスト3キロ。

痛みも限界に近かったですが、制限時間内に間に合うか間に合わないかぎりぎりのラインにいることが分かって、そこからペースアップ。
ラスト1キロは自分でも驚くほどの追い込みができました。
気持ちだけであんなに行けてしまうのかと思うほどの走りができ、3時間53分とぎりぎりのタイムでしたが、何とか完走することができました。
タイムは結果が出ませんでしたが、自分が持っているものを全部出し切っての完走だったので、本当に感無量です。

伴走を引き受けてくださったザッキーさん、大会に参加されていたわーわーずのメンバーの皆さん、ボランティアスタッフとして参加してくださった皆さん、お忙しい中応援に駆けつけてくださった皆さんに、この場をお借りして心から御礼申し上げます。
本当にありがとうございました。

「第8回龍馬脱藩マラソン」サケもっとさんの完走記です

 スタート前。元気満々のみんなの写真

大会当日は雲一つない晴天で、暑いくらいでしたが、やはり10月!
木陰では吹く風も気持ちよかったです。
会場もこじんまりしていて、トイレ行ったり荷物預けたりと移動もスムーズでした。
ランともさんともごあいさつしながら写真撮影もばっちりでした。
今シーズン初めてのレースで、緊張もありましたが、そんな雰囲気の中リラックスしてスタートラインに立てました。

コースは、ウルトラ並のタフなコースで、基本前半20キロは、上ったり下ったりしながらお山に向かって登ってゆく感じです。
折り返しまで3キロくらいになると傾斜もきつくなって、歩きになっていましたが、折り返してくるランともさんとのエール交換もばっちりできて、ここで元気をもらいました。
折り返しの手前で、わき道にそれて数百メートルくらいのオフロードがあり、龍馬はこんなコースを歩いてたのかなと思いをはせました。
オフロードが終わるとすぐに脱藩地点があり、エイドもあってよくここまで来たとにぎやかに迎えられました。
ここで関門3時間の数分前!オフロードで意外と時間がかかりました。
折り返してからは2キロの距離が増えますが、ここからは基本下りです。
この大会では中高生がエイドであれやこれやとサポートに応援もしてくれて、めっちゃ元気をもらいながら後半もがんばれました。
でもやはり30キロを過ぎると足も重くなって、のぼり坂は積極的な歩きで、下りはトコトコと走って、なんとか、関門6時間の10分前にゴールできました。
ほんとタフなコースでしたが、伴走のあむちゃん、そして、あわとも(※1)のKさんにサポートしてもらって、無事脱藩することができました。
この大会では、脱藩認定証とゆうタイトルでの完走証がいただけます。
途中一か所の記録も脱藩時間です。
令和元年の大会とゆうことでメダルもいただきました。
そこには「おまはんはすごいぜよ」と龍馬からのコメント?が書かれていました。
ゴールしてからはお弁当ももらって、おいしくいただきました。
ゴール後のトン汁が売り切れていたのが残念!でした。

※1 あわとも:阿波を共に走る会。
徳島を拠点に活動されている視覚障がい者マラソン&ウォーキング練習会。
https://awa-tomo.jimdo.com/

30キロくらいのまだまだ元気な3人です。

3人で無事脱藩してゴールしました。

ゴール後、みんな待っててくれました。

「リレー・フォー・ライフ・ジャパン2019神戸」サケもっとさんの参加記です

集合写真

今年のリレー・フォー・ライフ・ジャパン2019神戸に参加しました。
天気予報では梅雨入りかも?と言われてましたが、金曜のうちに雨も上がって、土曜は曇り、日曜はめちゃええ天気となり、快適なランニングの夜となりました。

今年は4人で1チームの計3チームで参加しました。
みんなけっこう走り続けて、各チーム200周を超える周回数となりました。
1周450メートルなので、100キロ前後走ったことになります。
12時間で約100キロ、ええペースで走れたのではと思います。

会場にはステージがあり、順番で演奏や歌など行われています。
夜の間もそんなステージが続けられています。
わーわーずメンバーのエミューさんやメグさんが歌を披露されてました。
1曲だけ手話を交えて、数名のわーわーずメンバーと一緒に歌いました。
午前2時ころだったでしょうか?みんなテンション高かったですわ~。

450メートルの周回コースが、6時間後、反対周りになります。
雰囲気もまた変わって、気持ち新たに走れました。
夜の時間に走るのって、なんだかふしぎな感じです。
夜中になるとみんなもくもくと走っています。
そんな中でキャンドルのひかりも幻想的なのではないでしょうか?
朝になってくるとざわざわとまたにぎやかになってきます。
そうなってくると時間がたつのも早くて、あっちゆう間にゴールでした。
最後はみんなで周回を走って一緒にゴールしました。
長いような短かったような12時間のリレーマラソンが終わりました。

コース横断幕の下にみんな並んで

大会スタッフの方、わーわーずメンバー、他の参加チームの方など多くの皆さんにお世話になり、今年のリレーフォーライフも楽しく、無事に終えることができました。
皆さん、ありがとうございました。

エイドを用意する仲間たち。

(写真提供:アラらんさん)


●関連リンク
「リレー・フォー・ライフ・ジャパン神戸」公式サイトはこちら。
https://relayforlife.jp/kobe/

「第11回 水都大阪70kmウルトラマラニック」ガイドみやちゃんの伴走記です

ガイドのみやちゃんです。
21日、水都大阪ウルトラマラニックの70キロに小山さんと挑んできました。
去年のリターンマッチ。以下、その参戦記の伴走編です。

私が長居わーわーずに参加したのは2015年11月のこと。
2016年と2017年に開催された水都ウルトラでは、マッサージボランティアのお手伝いをさせていただきましたが、自分がウルトラを走る、ましてや伴走なんて思ってもいませんでした。
ところが去年、小山さんの伴走で70キロに挑戦しました。

当時、小山さんはその前年の11月に初めてフルに挑んで完走されましたが、長居公園の外を走るレースに参加されたのはその一度きり(間違ってたらゴメン)。
一方、私も50キロを超えるレースなんて伴走はもとより単独でも走ったことがない。
そんな「初初」ペアの挑戦でしたが、結果的にゴールまで完踏を果たすも、制限時間の11時間をわずかにクリアできず、完走メダルに手が届きませんでした。

自分たちの実力以上の結果に、それなりの達成感を得られて満足でしたが、やはり完走メダルを勝ち取れなかったのはちょっと残念(悔しい)。
あれから一年、小山さんはフルを2回完走して今年2月に5時間に迫るタイムを出したし、私も丹後ウルトラ100キロに挑んで完走して篠山ではサブフォーを達成。
伸び盛り?の62歳の二人が再びペアを組んで、去年の忘れ物を引き取りに再挑戦です。

リベンジに向けて、妙見マラニックや長居公園のロング走、そして試走会にも参加。

水都試走会での集合写真

また、先月末には長居公園で本番を想定してお昼に秘密の特訓。
キロ7分半ペースで2時間ほど走る予定が、ずっとおしゃべりして給水も歩きながらして、気づいたら8周を楽しく走って2時間43分でした。
練習を終えて着替えてからコンビニで缶ビールを買って公園のベンチで打ち上げ、本番でもこんな感じで楽しく走りたいねと語り合いました。

この一年間、互いに経験を積んだし、練習でそれなりに力もついてるはずだし、70キロなら制限時間内の完走は達成できると思いましたが、今年から70キロにも設定されたアーリースタートでエントリーしていたので、本来のスタートより20分早い6時10分にスタート。制限時間は11時間20分です。

「楽しく走って制限時間内に完走」を目標に掲げてスタートしたものの、天気予報どおりの暑さと後半は強い向かい風の厳しいコンディションに徐々にペースダウン。
目標とした「楽しく走る」はもとより「制限時間内の完走」も厳しいと判断されたので、55キロの毛馬エイドで小山さんに「あきらめる?」と尋ねたら(伴走者失格)、「そんなこと言わんと行けるとこまで行こうや」と言われて毛馬を折り返して豊里へ。

結果的に、ここがターニングポイント、勝負どころでした。
豊里まで戻った方が地下鉄の駅も近いし、てっきり歩いて戻ると思った(伴走者失格)のに、小山さんは再び走り出して、毛馬から城北大橋まで黙々と走り続けました。
そんな小山さんのネバーギブアップの懸命な姿勢に魂を揺さぶられ、どんなことがあっても、何がなんでも「制限時間内に完走」すると覚悟を決めました。

実のところ、この時点で制限時間内に完走の可能性は厳しいと思われましたが、自分たちの勝利を信じて、残された時間と距離をゴールから逆算。
足を止めたら終わりだから歩くのも強引なまでの早歩き、ひたすら前へ前へ。
エイドの休憩もそこそこにゴールに向かって先を急ぐ小山さんですが、気持ちとは裏腹に足は思うように前に進まない。

「もう限界や」の声には「腰が落ちてる」「うつむかんと顔を上げて前を向け」と叱咤し、しんどくて辛いのを耐えながら懸命に前を向いて走り続ける小山さんには、「そうや、その調子や、もうちょっと頑張ろう」と励まし、沿道からの頑張れ!の声援には「ありがとう、まだあきらめてないで」と大声で返し、共にゴールを目指す70キロのランナーには「まだ間に合う、頑張りましょう」と声をかける。
声を出して自分たちを鼓舞して、ひたすらゴールに向かって前に進み続けました。

大阪城の門を出て坂を下りるとルビーさんが出迎えてくれていて、「まだいけるよ」の声に残る力を振り絞ってゴールをめざす。
制限時間が迫る中、マッサージブースでは今年もダメかとあきらめムードだったようですが、ネバーギブアップの大逆転劇でゴール。タイムそのものは去年より遅かったですが、アーリースタートの恩恵で制限時間内の完走を果たすことができました。

自分たちの汗と努力で勝ち取ったメダルは格別、一年前の完走と達成感のレベルは大違いです。
あきらめずに最後まで一緒に走り続けてきて本当によかったです。
ゴール後、完走メダルを小山さんが私の首にかけてくれました。伴走者冥利に尽きます。
その時にさわちゃんが撮ってくれた写真の小山さんは、得意満面のどや顔で笑顔が素晴らしいです。

みやちゃん曰く、得意満面のどや顔で笑顔が素晴らしい小山さんのその写真。 (photo by さわちゃん)

ゴールを果たした後、私たちに最初に握手を求めてこられたランナーがいました。
100キロのランナーと思うのですが、私たちの後をずっと見守って並走してくださって、
ゴール後に握手を求めてくださったのです。私たちに関係なく走っておられたら、もっと早いタイムでゴールできたはずなのにありがたいことです。
そのほかにも共に走るランナーの皆さんから励ましのエールで力強く支えていただきました。
また、大会の主催者やボランティアの皆さん、沿道で応援してくださった皆さん、多くの方々に温かく支えていただき、心から感謝です。

そしてなにより、わーわーずの皆さんには、日頃から色々アドバイスいただくとともに、力強く応援していただき、励みになりました。ありがとうございました。

今年から70キロにもアーリースタートが設定される知らせに、一年前にアーリースタートがあったら、なんて思うのは、まったくのお門違いでした。
おそらく去年アーリースタートがあっても、その恩恵をいかすだけの力はなかったでしょう。
今年は(運よく)制限時間内に完走できましたが、レースの後半はまったく楽しくなく、お互いに苦しいだけでした。
どうせ走るなら楽しく走って楽しく伴走したいので、引き続きのご指導よろしくお願いします。

「第11回 水都大阪100kmウルトラマラニック」藤井さんの完走記です

2019年4月21日、水都大阪100kmウルトラマラニックに参加してきました、ちょうど90回目のラン♪
走り始めた2年9カ月前は長居公園1周2.8kmを走れなかった自分が100kmに挑むなんて思いもしませんでした。

これまでにフルマラソンは6回走りましたが、大会や練習会で走った最長距離は42km、その2.5倍という未知の距離は想像すらできません…。

どう走ればいいのかも分からないのでペースや距離、時間も何も考えずに身体と気持ちの赴くままに走る事にしました。

朝5時30分にスタート、各エイドには食べ物がいっぱい(笑)
しっかり食べないと走れないと聞いてたので全部食べようと思ってたけど多すぎて無理無理(笑)
また各エイドにはわーわーずの顔馴染がボランティアで参加されてて、どこのエイドでも励まして貰えて…、応援してもらえて…、たくさんの仲間に感謝感謝の道のりでした。

日が昇ると気温が上がってきたので頭や首に水をかけて暑さ対策も万全、風が強かったので暑さはそれほど感じませんでした。

気温が上がってきたなぁと思ってたら、おかんさんの私設エイド発見、シャリシャリのカフェオレとみかさを頂いて…、メチャうまい!!
まだまだ先は長いけど、気持ちも元気になりました。
この辺りから折り返してくるランナーと遭遇しだした、30kmは越えてるだろうに、みんな元気元気、エール交換して元気貰って、さぁ!!ドンドン行こう!!

笑顔で走る藤井さんとムックさん。 (photo by 橋本しょ~ちゃん)

ずっとずっと走って50km過ぎたくらいかな、きゅうちゃんの施設エイド発見!!
カッチンコッチンに凍ったアイス(笑)、めちゃ美味しい(笑)
もう少し進んで折り返して戻ってきた時もまた頂いた、今度はちょうどいい硬さ(笑)
たくさんのランナーさんがアイスに救われたってメッチャ感謝してました(^^b

60kmを越えたくらいかな、ちょっとお腹の具合が悪くなってきた…。
アイスを食べたから…じゃなく、気持ち悪くて食べられない症候群…、吐いちゃいそうになってきた…。
走る衝撃で胃がダメージを受けるのか、走ってるとリバースしてくる…、ダメだ…、走れない…。
歩くと症状が治まるので気持ち悪くなったら歩く、気持ち悪いのが治まったら走るの繰り返しで日中はしのぐ作戦に変更。
62kmのエイドで初めて距離と時間を確認した
これから残された約40kmをどう走るか頭の中で計算しだした。
とはいっても走る足は残ってるけど走ると吐いてしまう、この状況は変わらないわけで、何をすべきか、胃の調子を落とさないことに努めながら走れるところは走る…、これしかない。

時間短縮のためにエイドでコーラを貰って歩きながら飲む…、飲み終わって落ち着いたら手持ちのクッキーを食べる…、落ち着いたら少し走ってしんどくなったら歩いて楽になったらまた走る…。
足は元気なのに走れない…、気持ちが折れそう…、でも絶対にゴールしてムックさんをそこまで連れて行かなければ…。
残り30km、20km、10km、ずっとこの状況が続く…。
少し走っていっぱい歩く…、そしてまた少し走って吐きそうになってまた歩く…、こんな状況が何時間続いているんだろうか…、
走りたいのに走ると胃袋から振動で上がってくる…、苦しい…。

そして90km通過、少しずつでも走ってたのが積み重なった、98kmの最終関門はクリアできると確信できた。
でも不思議と15時間ちょうどでもいいからゆっくり行こうなんて思わなかった。
少しでも前へ、少しでも走る、少しでも早く歩く、早くゴールして楽になりたかったのかな(笑)

残り1kmを切った、ルビーさんが帰ろうとしてるところに遭遇、ギリギリ会えてよかった(笑)
最後は元気に走りたい…けど気持ち悪い…(涙)
ゴールの灯りが見えた、わーわーずの皆さんの声を聞きながら、眩い光の中をゴール!!

ゴールタイム:14時間45分06秒(アーリースタート)

たくさんの方に出迎えて頂けて本当に感謝感謝です!!
ゴール後、おしぼりを貰った瞬間に小さいレジ袋を探してもらい、吐く準備も万端(笑)
マッサージブースに行って完走のご報告あんどお礼を言って石段に座ったら…、ゲロゲロ!!またか(笑)
帰る時も…、ゲロゲロ、家に帰って来て落ち着いたと思ってコーラ一口飲んだら…、スーパーウルトラゲロゲロ!!
なんだ!!コーラがアカンのか!?娘たちが半笑で心配しながらトイレまで来た!!

子供たちが心配するような身体で帰ってくるなと嫁さんから言われてたのに守れませんでした…けど大目に見てくれました。
100キロも走ってゴールしたんやし、そうなってもしょうがないなって(^^v

ついにやりました、自分自身の過去最高記録42kmから100kmに更新!!
ヤッタァー!!こんなに走れるようになったんだぜ!!めちゃ嬉しい(^^vvvvvってなると思ってたんですけどねぇ。
自分が100km走ったという喜びより、自分がこんなに走れるようになるまで一緒に走ってくれた皆さん、大会中にたくさん応援してくれた皆さんへの感謝しか出てきませんでした。

100km走って感じた喜び、それは素晴らしい仲間がたくさんいるんだと実感したことでした。
帰宅して娘たちに誇りました、パパはたくさんの素晴らしい仲間に支えてもらってるんだぞ!!って(笑)
もうウルトラはこりごりですが、仲間のためになら走れるのかも(笑)

後日の打ち上げの場。共に水都を走った仲間と。 (photo by やまちゃん)

「第11回 水都大阪70kmウルトラマラニック」小山さんの完走記です

4月21日、大阪水都ウルトラ70kmに参加してきました。
去年は、8分遅れでDNF(未完走(という結果で、もう二度と走りたくないと思っていたのに、宮ちゃんから、リベンジして、完走しようと誘われ、1年間、マラソン2回完走、マラニックなど練習は、去年より十分だけど、今年からウルトラ70kmに設けられた、6時10分のアーリースタートに。(これが、後に、大きな違いを生むとは、思っていなかった 笑)

―― 編集より割り込み失礼。8分遅れとなった昨年の参加記はこちらです。
「第10回 水都大阪70kmウルトラマラニック」小山さんの完踏記です

小宮山124ペア(年齢62歳掛ける2、そして、なんと阪神タイガース横田選手の背番号)
我々は、横田選手を応援しているのです。(4月21日も124だぁ)
そして、Rさんの体調回復を祈願して、彼女の好きなひまわりを帽子にはりつけて走ることにしました。

スタート前、仲間に囲まれる小山さん。

6時10分、スタート、小宮山124ペアと、どこで聞いたのか?あの二人と走れば単独で走るより楽しいといわれたらしいユミエもんと3人で走ることになった。
前半は、我らの掛け合い漫才風に、ユミエもんが反応してくれながら、の楽しいランで、エイドでも、色々とお世話をしてくれて、ありがたい。
しかし、少しずつ、しゃべれなくなってくるのは、おいらだけ(涙)
エイドに立ち寄ると、小山さんだけが、えらい苦しそうな顔と言われ、百歳音頭のでだし♪はぁ~春は爛漫花づくし、響く太鼓に~♪なんて唄い、ちょっとは元気のあるところを見せた(笑)

各エイドでは、長居わーわーずやマラニックなどで知り合ったランナーたちがボランティアでスタッフをしながら、エールをくれる。

ウルトラ100kmや70kmに参加しているランナーたちとすれ違う時、へとへとで歩いていたら格好が悪いと走り出す(笑)
それを後ろで、走っていたユミエもんが、男の人って、そんなとこにまで鼓舞するのねと笑う。

しかし、まえっち・あむちゃんペアとすれ違う時は、どうしても走れずに歩いていたら、あむちゃんから、歩くなぁぁと叱責を受けた。
また、セッキー・はまちサンペアは、ユミエもんに、この二人についていくと、完走できないと忠告されたそうです。(当たってる)

正午をこえた頃から、去年よりは暑いかとおもうぐらい。枚方大橋をこえた向い風のところは、走れない。エイドでは、水を頸や頭にかぶり、太ももや脹脛には、濡れたタオルで、タイツに水をしみこませる。

去年は、エイドでは、椅子に座ったりして長く休憩したが、今年は、そんなこともせずに、ただただ、少しでも前へ前へと歩く。
50km地点で、残り3時間20分ぐらいだから、、余裕が少しあるかなと思ったが、走れない。ただただ小走りで歩く。ここれだと、ユミエもんも完走できなくなる可能性があると、先へ行ってくださいと告げる。

笑顔で走る小宮山ペアとユミエもんさん (photo by さんちゃん)

豊里大橋から毛馬へ行く途中、中学の同級生のキンキが、エールをくれつつ、もうゴールへもどるだけか?の質問に、いや、毛馬から、またもどらなならないというと、完走が、難しいかも?といわれて焦りだす。

毛馬から、豊里大橋へは、追い風となり、少しは挽回できた。ここから先は、宮ちゃんとおいらは、喧喧囂囂な雰囲気になってきた。
なんとしてでも、おいらを完走させたい強い気持ちが、怒りっぽく、顔を上げて、腰が下がってる、足を前へだしてとなんどもなんどもいわれるが、体がいうことを利かない。

宮ちゃんは、そんなおいらの弱い気持ちに檄を入れるために、エールをくれる人たちに、まだまだ、あきらめてないでぇと大きな口調で答える。
一刻一刻と制限時間の17時30分が迫ってくる。残り5kmぐらいだったかな、もう、限界やとおいらは口走ると、限界というのは、まだまだやと檄を入れられる。

前へ足を出してと何度も相変わらず言われるが、歩くのが精一杯で、時々走っては歩くの繰り返し。残り時間を聞くも、そんなこと気にせずに前へ前へというばかり。
いったい、おいらは、完走?できるのか、わからない。そんな不安の中、大阪城へ。もうすぐゴールかな?と思えば、なかなかたどりつかないし、スタッフの声で、残り1kmと言われ、まだ、1kmもあるのかと、ここで、完走できなかったら、と言う強い気持ちで最後のチカラを振り絞って走りました。
ようやく宮ちゃんから、ゴールやから、バンザイしてと言われて完走できたのでした。

制限時間の約11分ぐらい前でした。

ゴール後は、フラフラで、仰向けで寝ていたら、長居わーわーずの仲間たちが、祝福にきてくれて、嬉しかったですね。

宮ちゃんをはじめ、完走できたのは、今まで、練習におつきあいいただいたり、色々とアドバイスをしていただいた皆さんのおかげですね。
長居わーわーず、バンザイ。
ありがとうございました。

メダルをかけている小山さん。疲労以上の歓びがうかがえる小宮山ペア (photo by エミューさん)

「第3回 京都ふれeyeブラインドマラソン」みやこさんの完走記です

 春分の日に開催された第3回京都ふれeyeブラインドマラソンで初10km完走しました

 家すぐそこのみやこです。昨年10月から定期的に長居わーわーずの練習会に参加しています。私は小さい頃から走るのが遅くて嫌いでしたが、一昨年から「5km走ればできる」とのことでパラトライアスロンを始めることになりまして、仕方なく(?)ランニング練習を始めました。程なくぼちぼち走るならエイドで休憩しながらも5kmを歩くことなくアクアスロンやトライアスロンを完走できるようになり、また西京極で開催された第1回京都ふれeyeブラインドマラソンでは1kmの部に参加して1位で国際公認の400mトラックでゴールテープを切るというまたとない経験をさせていただきました。

 今回の参加は、まず昨年末に京都在住の知人に「私も出るし」と誘われたのですが、「春の嵐山なんて人が多そうだしちょっと…」とその時は正直乗り気ではありませんでした。でも、もう少し長い距離のトライアスロンに出場してみたいということもあって、今年は10km走に挑戦しようと決心しました。そこで、今年2月初めの定期練習会に来られていたわかさ生活の方に大会の概要を色々お聞きして、1kmの周回コースでエイドが設置されていることや、制限タイムはあるが閉会式が終わるまでにゴールできれば完走させてもらえることを知り、参加申し込みをするに至りました。また、わーわーずのメーリングで伴走者を募集すると、すぐにさぶちゃんが応じてくださいました。

 当日は荒天もあり得るとのあいにくの予報が出ていたのですが、自宅を出るときは雨がやみ、現地到着時は雨が降ったりやんだりでした。でも開会式の頃には雨もやんで明るくなってきました。第1回の時よりもさらに大勢のブラインドランナーと支援者が集まりとてもにぎやかでした。またわかさ生活の方や京都のラジオ局の方なども気さくに声をかけてくれました。雨天が予測されていたため中止になったイベントがあったりブルブルくんやアイアイちゃんのマスコットがいなかったのが少し残念でしたが、今回の会場が屋根のない公園なので仕方ありません。その分さらに(?)大会関係者の皆さんとてもフレンドリーでした。

開会式の最後に参加者全員集合して写した写真です。

 さて、私の初10km走ですが、ICチップのついたぶかぶかのゼッケン兼ビブスを着用しました。伴走ロープは「きずな」と呼ばれていて当日貸出もありました。嵐山東公園のコースは概ね平坦で、スタート時にはコースの幅に対してランナーが多く、少し走りにくかったですが、しばらくすると徐行する頻度は少なくなりました。もともと1km6分半くらいでイーブンペースで走りたいと思っていたので焦ることはありませんでしたが、時々さぶちゃんに伴走ロープで引っ張って行かれそうになりました(苦笑) 少しペースが落ちた場面もあったようで、途中でラップを教えてくれたりしました。また、コースの到るところで声援を送っていただき、大変励みになりました。雨で濡れて冷えることも想定していたのですが途中で日も射してきて少し蒸し暑いくらいでした。エイドで3回休憩しましたが、最後の1周はペースを上げて走ることもできました。ゴール後には写真撮影やインタビューなど、個々のランナーに対し心に残るような祝福をしていただきました。また閉会式の後はお楽しみのコミュニケーション会(アルコールは出ない)を催してくださいました。他地域のランナーや支援者の方々とお喋りをする時間を持てました。

みやこさんと伴走さぶちゃんがゴールマットを踏む瞬間の写真です。

 第4回大会は来年4月に亀岡に建設されるあたらしいスタジアムで開催予定とのことで、大阪からは少し遠くなりますが駅のすぐ近くとのことです。エントリー料は高くないですし、主催者側でも伴走者を確保している等、誰でも参加しやすいような準備をしてくださるのでまた多くのランナーと参加してみたいと思っています。