作成者別アーカイブ: admin

第40回「新春走ろうかい」-ひらかたハーフマラソン-の報告

第40回「新春走ろうかい」-ひらかたハーフマラソン-
のレポートを3部構成でお届けします。

その1は、
わーわーずガイド小林旦那さんによる報告と写真です。
その2は、
視覚障がい者男子10kmの部門で連覇された
福永さんの完走記です。
その3は、
東大阪のガイド由美子さんが、
枚方高等学校に感謝の報告をされた際にいただいた
お礼状の抜粋紹介です。

1月9日にひらかたハーフマラソン、視覚障がい者の部に多くのわーわーずメンバーが参加しました。
メダルを目指す人、楽しく完走する人、それぞれに力走をみせました。男子、女子5㎞の部、男子10㎞の部で沢山のわーわーずメンバーがメダルを獲得したので写真で紹介します。

また、当日ガイドとして枚方高校の生徒さんが1人のブラインドランナーに1人から4人でガイドサポートしてくださいました。心優しい生徒さんと引率の先生方に感謝します。ありがとうございました。

視覚障がい者男子5kmの表彰式
視覚障がい者女子5kmの表彰式
視覚障がい者男子10kmの表彰式

「ひらかたで、3勝目」 (福永さんより)

1月9日の成人の日に
ひらかたの視覚障がい10kmを走らせてもらいました。
結果は、43:35と
去年より、2分ほど遅くなりましたが、
とても晴れやかな気分で、走り終えることができました。

実は、昨年夏に脚を痛めてから
なかなか走り込みがすすまず、
ひらかた、申し込んだものの
今年は、43:00より1秒でも速ければ
いいぐらいかと思ってました。

それに追い討ちをかけるように、
直前練習で無理をしたのがいけなかったのか、
腰までいたくなってしまいました。

腰痛は軽く済んだみたいで、
練習は、できるようになったのですが、
伴走をお願いしてたかたが、
1月9日出勤になってしまいました。

が、大会前日に伴走のかたも無事見つかりました。

そんなわけで、今回伴走のNさんと
スタートラインにたつことができただけで
とてもラッキーという気分でした。

今回も高校生が前と後ろにひとりずつついてくれたおかげで
走りにくさが、だいぶ緩和されました。

レースのほうは、スタート直後に
長井さんとしょうちゃんペアの後ろにつくことができ
3kmぐらいまで守りの走りができたのが
とてもありがたかったです。

おかげで、後半は攻めの走りで、
ゴールまで全力で突っ走ることができました。

これで、ひらかたの視覚障がい10kmの部
3勝目となりました。
順位については、相手があることですが、
納得のいく走りができたので、
またひとつ思い出の大会ができました。

西京極がなくなり、
ひらかたが貴重な視覚障がいの部のある大会なので
鍼灸院開業のみなさんは、参加がむずかしいかもわかりませんが、
条件のあるかたは、参加されてはいかがでしょうか。

それと、去年の防府が思うように走れなかったので
気分があまりよくないまま年末をむかえてしまったのですが、
『常識破りの川内優輝マラソンメソッド』
(SB新書) 津田 誠一(元学習院大学)
の点訳データに出会うことができ、
これが、年末年始に走るモチベーションになりました。

自分は、iPhone用の点訳データ読み上げアプリを利用して
通勤電車で聴いたりしてますが、
パソコンで、PCトーカーやVDMなどの音声読み上げソフトを
利用されてるみなさんでしたら、
MyEditでも点訳データ、読むことができますし、
早川福祉会館で点訳されたみたいですから、
興味をおもちのみなさんは、読まれてみられてはいかがでしょうか。

以上、つたないですが、完走記とさせていただきます。

Nさんの伴走、高校生のサポートで走る福永さん (photo by さんじゅうこ)

~ 校長先生のお手紙より抜粋 ~

 毎年、サッカー部が新春はしろう会の伴走に、水泳部が淀川ふれあいマラソンの運営にかかわらせていただくなど、いろいろな方と交流させていただく機会をいただき、大変ありがたく思っております。生徒にとってこのような機会を通じて、校内の行事だけでは学べない多くのことを学ばせていただいているものと思います。生徒にとって貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました。

~ 部活顧問の先生のお手紙より抜粋 ~

日頃からクラブ活動を通して、「人の気持ちを考える」ことを伝えていますが、理解から行動につなげていくことができない生徒も多かったです。しかし、このマラソンを通して、少しずつ練習中、試合中に他者をいたわる声掛けや行動が増えてきました。生徒たち自身、大切なことを学ぶことができました。実は私も枚方高校出身であり、当時伴走をさせていただくことで、相手を思いやる気持ちに気付かされたなぁ、と生徒たちを通して改めて思い出しておりました。
今回の伴走をきっかけに、生徒それぞれが新たな出会いと気づきの中でまた一つ人として成長することができたと思います。至らない点も多々あったことと思いますが、信じて任せて下さったこと、こうした機会を与えて下さったことに感謝いたします。

(お手紙、以上。
 以下、由美子さんより一言)

お世話になったのはこちらのほうなのに、
こう言っていただけることがありがたいですね。
高校生Y君の話によるとガイド依頼の数が少なく
伴走できない生徒も多いそうです。
5㎞以上走れるブラインドさんはできるだけ出場して、
生徒さんたちとたくさん話して、
彼らのやりがいを作ってあげてください。
よろしくお願いします。

なおちゃんを伴走する由美子さん 伴走サポートしてくる高校生たち (photo by さんじゅうこ)

2017年1月22日の定期練習会

[投稿者] 大型ザックさん

しょうちゃんから写真を頂きました。

今回も沢山の参加者でした。
初参加の伴走者も大勢いたのですが、それでも伴走者が足りませんでした。

ちょっと不安定な天気でした。
時々雨粒がぱらぱらとしたのですが、本格的な雨にはならず助かりました。

前回の定期練習会は駅伝大会と重なったため福○楼に入れませんでしたが
今回は2階でゆっくりすることができました。
新しい伴走者の内3名の方が参加して、恒例の自己紹介をして頂きました。

集合地点でのミーティング、一人一人の自己紹介を聞いています

12月24日のラジオ・チャリティ・ミュージックソンのランニングイベント

「ラジオ・チャリティ・ミュージックソン」は、
ラジオ大阪の年末恒例の
目の不自由な方へ音の出る信号機を贈るチャリティイベントです。

-- イベントの趣旨 --
“ラジオ・チャリティ・ミュージックソン”は昭和51年
にスタートしたイベントで、今年で41回目を迎え、
これまで寄贈した音の出る信号機は284基となり、
今年はスポーツ、音楽、カルチャーという3つのテーマで、
目の不自由な方々自身がいきいきと頑張っている様子を
12月24日10時から12月25日10時までの24時間放送します。
スポーツ分野では、目の不自由な方のランニングを通じ、
健常者や子供も広く気軽に参加できるチャリティラン
イベントを実施します。
----

12月24日(土)
テーマ・スポーツにあたるランニングイベントが
長居公園にて実施され、これに「長居わーわーず」が参加しました。

その様子のラジオ大阪さんによるレポートはこちら。
http://www.obc1314.co.jp/blog/mthon16/?p=183

そして以下のレポートは、
わーわーずガイド小林旦那さんの報告と写真です。

「ラジオ大阪のイベント ラジオチャリティーミュージックソンに
 わーわーずで参加しました。
 このイベントで集められた募金で音の出る信号機の設置や
 視覚障碍者用教材などをプレゼントするものです。
 わーわーずはそれぞれのブラインドランナーが
 走る距離の目標を決めて3時完走を行いました。
 当日はラジオ放送を聞いて、走ったころはないけれど
 走ってみたいというブラインドさんも来てくださり、
 それぞれに楽しみながら頑張る姿を放送していただきました。
 当日の雰囲気を写真で少しだけお伝えしたいと思います。」

ラジオ大阪ブースで取材をうける中山さんとはなてんちゃん ラジオ大阪ブースで取材をうける松ちゃん

周回路で準備する参加者1 周回路で準備する参加者2

伴走でランの様子。当日はクリスマスイブだったのでサンタ衣装のかたも。 エイドをお手伝い、の様子。

大勢でうちあげ、の様子

12月25日の定期練習会

[投稿者] 大型ザックさん

2016年最後の練習会となりました。大勢の方が参加。
練習会後の昼食にも多くの方の参加がありました。

輪になってのミーティング中。サンタ帽子のかたもいます。
(photo by しょうちゃん)

12月18日の自由練習会

[投稿者] 大型ザックさん

朝方は気温が低く少し寒かったんですが、風がなく日差しが暖かかったので快適に走ることができました。みんなも同じように感じていたのか周回数を増やした人が多かったようでエイドに集まる人が少ないように感じました。

いつものベンチ裏で輪になってのミーティングが始まろうとしているところです
(photo by しょうちゃん)

和田選手、再び日本記録上回る、世界記録にはあと12秒。福岡国際マラソン

12月4日に行われた福岡国際マラソンで、和田伸也選手は、世界記録には12秒及ばなかったものの、今年2月に自身がマークした日本記録を1分35秒上回る2時間32分11秒をマークしました。

和田選手のここ数年のフルマラソンは、日本代表選考レースであったり世界大会だったりと、タイムよりも、どちらかといえば順位を求められる大会が大半で、確実に結果を残すための堅実な走りが求められていました。

しかし、今大会はそのような大会でないため、記録狙いとしての出場。
少なくとも、自身の持つ日本記録更新(2時間33分46秒/2016年)、そして、T11男子の世界記録(2時間31分59秒/Cionna Andrea・イタリア/2007年)やびわ湖毎日マラソン参加資格(2時間30分00秒以内)を目指し、大会に臨みました。

序盤から、5キロラップタイムで概ね18分を切るペースで進んできた和田選手、中間点を1時間16分01秒の世界記録ペース、30キロは1時間47分51秒と、世界記録をわずかに上回るペースで通過します。

35キロまでの5キロは18分17秒。ややラップタイムを落としたものの、いつもはここから大幅にスピードアップをしていく和田選手、依然として世界記録に期待を持たせる走りでした。

しかし、いつも以上の積極的な走りが影響したためか、40キロまでの5キロが18分07秒と、思ったほどペースが上がりません。
最後の2.195キロの頑張りも、7分54秒まで上げるにとどまり、日本記録は更新したものの、世界記録にはわずかに及びませんでした。

とはいえ、終盤もしっかり粘ってイーブンペースで走り切った今大会、20キロ以降の5キロごとで30番前後ずつ着実に順位を上げていき、後半だけで130番以上も順位を上げる129位(出場者373名)でのフィニッシュを見せました。

中でも、40キロまでの5キロでは、5キロ毎で最大の35番のジャンプアップ、最後の2.195キロでも17番も順位を上げ、これら各区間のラップタイムは63番目、52番目でした。

今大会では、和田選手の爆発的なスパートは影をひそめましたが、それでも、いわゆるエリート大会である福岡国際マラソンで、終盤に次々と他の選手を抜いていった走りは、後半に強い和田選手の持ち味を十分に発揮したといえるでしょう。

出場したフルマラソンでは、国際大会では順位、国内大会では日本代表獲得や日本記録更新など、何らかの結果を確実に出し続けてきた和田選手。
リオパラリンピックから2か月半、短いリフレッシュ期間を経て、以前から出場を希望していたこの福岡国際マラソンでも、日本記録を上回る結果を残しました。

[注]記録の公認について
今大会は日本陸連公認大会であるため、日本パラ陸連登録選手である和田選手の記録は、必要な審査をパスすると視覚障害T11男子の日本記録として日本パラ陸連に公認される。
また、IAAF(国際陸連)ラベルロードレースでもあるため、記録は同様にIPC(国際パラリンピック委員会)公認となる。

[参考]2011年以降の和田選手のフルマラソン結果
2011クライストチャーチ世界選手権/銅メダル
2011福知山マラソン/日本記録に約1分に迫る自己ベスト(パラ代表選考大会)
2012ロンドンパラリンピック/5位入賞
2012福知山マラソン/日本記録保持者となる(世界選手権代表選考大会)
2013リヨン世界選手権/銀メダル
2014別府大分マラソン/セカンドベスト
2014防府マラソン/日本記録更新
2016別府大分マラソン/日本記録更新(パラ代表選考大会)
2016リオパラリンピック/5位入賞
2016福岡国際マラソン/日本記録更新
*上記の日本記録は、全てアジア記録にもなっています。

■公式結果より 
和田伸也(若ちゃんFRC)2時間32分11秒 129位

[5kごとのラップ/最後は2.195k]
17分59秒、17分51秒、18分10秒、18分07秒、
17分45秒、17分59秒、18分17秒、18分09秒、7分54秒
前半;1時間16分01秒 後半1時間16分10秒

[完走率]
エントリー;417名
出場者;373名
完走者;306名
完走率(完走者/出場者);82.0%

[5kごとの順位の変化]
05k;292位→10k;279位→15k;273位→20k;263位→
25k;232位→30k;208位→35k;181位→40k;146位→フィニッシュ129位

[終盤の5kラップタイムの順位]
30k~35k(18分09秒);131番目
35k~40k(7分54秒);63番目
40k~フィニッシュ地点;52番目

[気象データ/福岡市・気象庁観測値]
12時 気温11.5度 南南東の風3.0m/s 湿度94%
13時 気温11.9度 南東の風2.6m/s 湿度92%
14時 気温12.3度 東南東の風1.8m/s 湿度94%
15時 気温12.6度 南東の風3.8m/s 湿度93%
*12時以降の降水量は0でしたが、テレビでは雨が降ったり止んだりの天候でした。
*競技開始12時10分

■大会公式サイト
http://www.fukuoka-marathon.com/

■大会関連記事
リオの絆が力に、全盲ランナー和田さん日本新/朝日新聞デジタル(12月4日)
http://www.asahi.com/articles/ASJD43RSRJD4TIPE00L.html

和田伸也さん、2016年度ランナーズ賞を受賞

パラリンピックや世界パラ陸上でのメダリストである和田伸也さんが、2016年11月、月刊誌『ランナーズ』などでもおなじみのアールビーズスポーツ財団による「ランナーズ賞」を受賞されました。

ランナーズ賞とは、市民ランニングの普及、発展に貢献した人物や団体などを毎年表彰するもので、今年で29回目となります。
詳しくは下記リンクをご覧ください。

第29回ランナーズ賞(ランネット公式サイト)
https://runnet.jp/award/detail_n29.html

なお、長距離・マラソン選手の練習は、いつも速いペースで走っているのではなく、会話のできるジョギングペースで走る日もあります。

したがって、パラリンピックに出場するような視覚障害者ランナーでも、必ずしも、速い人だけが伴走者、ということはありません。

上記リンク内の和田さんの記事中に、100人の市民ランナーの伴走者がいる、との意の記述がありますが、この中には、和田さんのレースの伴走をできる人から、ジョギングなら一緒に走れる人まで、いろいろな伴走者がいます。

これからも、様々な人と共に、和田さんは前へと進んでいくことでしょう。

OSAKA EKIDEN in長居 兼 第19回全国視覚障がい者駅伝大会の報告

スタート位置に着く1区走者

OSAKA EKIDEN in長居 兼 第19回全国視覚障がい者駅伝大会が
今年は、11月20日曇り空の中行われました。
途中小雨が降りましたが、11月の中旬を過ぎているのに
暖かなラン日和&応援日和でした。

全国から50チームの参加があり、
うち視覚障がい者チームは26チームでした。
わーわーずからは10チームで参戦しました。
そのわーわーず駅伝の取りまとめをしていただいた、
セッキー君からコメントをいただきました。
そのあと記録が閲覧できる公式サイトへのリンクと
写真が続きます。

周回路を走るセッキー寝屋川市のブラインドのセッキーこと関口です。
今回、7月に駅伝の取りまとめをしてくれないと言う頼みがあり、自分自身がわーわーずのチームと知り合って6年ぐらいになるのですが、これまでの他の人の取りまとめをを見て来て、自分でも何か力添えになれないかと思い引き受けました。やり始めの頃は大変さを実感する事になったのですが周りの協力とかもあり、徐々に選手もガイドも増えていき、最終的には10チームまで結成することができました。群馬や埼玉に東京からの遠方からの参加だったり色々な人たちの協力があり、とても助かりました。
去年の大会で自分らのチームが優勝したこともあり、かなり緊張もありましたが今年も優勝という気持ちもありましたが、走るみんなが楽しんでもらいたいという気持ちもありました。結果として4位入賞となりました。
自分は、他のチームでキャンセルが出た1区間の6.8kmを補欠で走らせてもらい、その後に自分のチームでの4区間の6.4kmを続けて走らせてもらいました。普段の練習会とかでは多くて22.4kmを走ることもあり、それの半分ぐらいだから大丈夫だと思っていたのですが、練習と大会では、走りに対する意気込みやペース配分とか違い、最初の6.8kmをはしりおわったあとは大腿に違和感があり、その後の自分のチームでの4区を思うように走れるかという心配もありましたが、走っている最中に筋肉もほぐれたり、沿道で応援してくれる人や走っている周りのランナーからも声をかけてもらったりとかで最後まで走りきることができました。後ろからゲストランナーとして走っている和田選手に抜かれた時には流石だなと思いました。いつかは、自分もあんな風に走り続けていきたいと思いました。
わーわーず鷹で1区の伴走してくれた左海さん、急なメンバー変更だったとはいえ、伴走ありがとうございました。自分のところのわーわーず隼で4区を伴走してくれた岡さん練習なく、いきなり本番での初伴走をありがとうございました。6.4kmを走る1周目の途中にハプニングがあり、ここで止めた方が良いかなという思いが頭の隅にあったのですが、最後まで走っていただきありがとうございました。
今回の駅伝での取りまとめをさせてもらった経験を、この先に自分が力添えになれることがあるのなら、それを活かしたいと思いました。
今回、参加してくれたランナーにガイドの方々や協力してくれたボランティアの方々にJBMAの中山さん、くにさんに朝早くから準備をしてくれた方々ありがとうございました。大きなトラブルとかもなく大会を開催できたのも皆さんの協力があったからこそだと思います。ありがとうございました。
今回、都合が悪く参加できなかった皆さん、この先、何かのイベントがある時とかにはよろしくお願いします。

記録が閲覧できる公式サイトはこちらです。

以下、写真です。

朝の受付スタッフさん 給水を手伝ってくれたスタッフさんたち

チーム写真1:わーわーず孔雀(左上)、わーわーず鳶(右上)、わーわーず燕(左下)、わーわーず鶯(右下) チーム写真2:わーわーず鶯(左上)、進化人類寄れ寄れ(右上)、わーわーず隼(左下)、進化人類売ろ売ろ(右下) チーム写真3:チーム和歌山&和歌山盲学校(右上)、大虎小虎(左下)、アルバトロス(右下)

開会式の様子 開会式で並ぶ選手たち

トラックを走る凛々さん トラックを走るまっちゃん トラックを走るわだっち

周回路を走る選手たち 周回路で応援するかたたち

周回路を走るまえっち 周回路を走る西島パパさん
トラックを走る針小路さん リレーシーン1 リレーシーン2

ゴールシーン3 ゴールシーン4

表彰式全体の様子 表彰式女子 表彰式男子

役員ゲストさんの集合写真

給水の片付けをされるスタッフさんたち アフター(福山楼)の様子

※写真撮影は、なにわの大久保さん・小林旦那さんにご協力いただきました。
※写真を拡大しての閲覧・ダウンロードは こちら からどうぞ。

第26回福知山マラソン 宗平君の完走記です

23日の祝日、久しぶりの4時半起きをした。
福知山マラソンに出場するためだ。
京都駅6時33分の臨時快速列車、その名も「福知山マラソン号」にて丹波路を北上した。

2時間ほどして、車掌さんの「健闘をお祈りします」の放送が入り、福知山駅に着いた。

福知山は少し雨がぱらついていて、結構寒く、会場までのシャトルバスを待つ時間がちときつい。

さて、僕にとっては今回が4回目のフルマラソンで、福知山マラソンは初フルのときに続いて2回目だ。
今回の伴走は、いつも平日練習をしてもらったり、初フルの福知山のときも伴走してもらったとんさんだ。
これまで3回のフルマラソンの結果は、4時間58分、4時間45分、4時間29分と13分ずつぐらい速くなっているので、今回は4時間20分を切れたらいいかなと思い、いざスタート!

やはり雨はぱらぱらながら降っていて、必ずしもコンディションはよくなさそうだ。
コースはしばらく福知山の街中を通り、橋を越えたらひたすら由良川沿いを走り折り返してくることになっている。
今回も帽子にボイスコーチを付けて走ったので、1キロごとにどれぐらいのペースで走っているかを声で知らせてくれる。
それによると、最初の1キロは5分30秒台だと通知している。
最初の下り坂はセーブをかけたはずなのだが、予定よりも速くなっている。
4時間20分を切る目標なら1キロ6分のペースで走り続ければいいわけだ。
そこで、とんさんに「ちょっとこれは速いペースなのでスピードを落としましょうか」という相談をして一瞬は遅いペースにするのだが、どうも自然と速い速度に戻ってしまう。
その時、あることに気づいてしまった。
どうも後ろから聞き覚えのある声がするなぁと思っていたら、加茂川パートナーズのテツさんとガイドOさんペアがぴったり後ろについているのだ。
まぁ、すぐに追い越して行ってしまうだろうけれど、仲間が近くにいてくれるのは心強い。
そんなことで、ペースが若干落としにくい状況になってしまった。
後で苦しむ結果になるかもしれないけれど、とりあえず5分40秒台をキープすることにした。

そして、迎えた10キロ。
あれ?まだテツさんとOさんが真後ろにいるではないか。
テツさんにペースメーカーにしてもらって光栄ではあるけれど、こうなるとペースを簡単には落とせない空気になってきて、いや困った!
Oさんからも何やかやのチャチャが入る。
そこで、とんさんと相談する。
「テツさんに抜いてもらって、ペースを予定の1キロ6分ペースに落としますか?」
僕もとんさんもどうにも判断がつかず、それはすなわち自動的に現状維持ということになってしまう。
川沿いの道は風が強く、ときおり冷たい向かい風に苦しめられるが、ブラバン隊や子どもの応援に癒やされながら、そこそこ快調に走っている。
少し前にてらやんの福知山向け練習会に行って鍛えてもらった効果がありそうだ。

そして迎えた20キロ。
真後ろには…依然テツさんとOさんがいらっしゃるではあーりませんか!
とんさんと「えらい人達に後ろをつかれましたねぇ」と苦笑しながら、結局ペースを6分に落とすことはせず、後半戦を迎えることとなった。
この頃はまだ気持ち的にはゆとりがあって、楽しく走れていたのであろう。
そのとき、向こう側からてらやんの大きな声。
今回全盲女子で優勝したなつみん&てらやん組…超快走のようだ。
ところで、前回出たときは、いくらなんでもこの辺りまでにもうバナナのエイドがあったはず。
なんで今回は食べ物のエイドがないのだろうか。

24キロを過ぎて折り返しコースに入った。
雨は弱いながらも降り続いている。
普段の練習会で20キロまでは練習できるが、それ以上の距離はなかなか練習が難しいため、やはり今回も20キロ代後半になってくると足が少しずつ痛くなってきた。
いよいよここからが勝負だ。
すれちがう、わーわーずのたかちゃん、ルビーさん、いもちゃん&松りんペアや、かもぱのミッキーさんペアやMさん、ミントの方などからエネルギーをもらってありがたい限りである。
そして、28キロ、ついに出ました待ってましたの食べ物エイドでバナナをいただく。
さすがにお腹もすいてきていたのでありがたい。
黒棒や飴やゼリーもいただいて、よし30キロを目指そう。

後ろには…依然としてテツさん&Oさんがいる。
ぴったりついてくれはったおかげで、ここまでいい調子で走らせてもらった。
しかし、いよいよ抜いてもらわざるを得ない状況になってきた。
だいぶ冷えてきたせいか、トイレに行きたくなってきたため、仮設トイレに行くことにした。
レース中のトイレは初体験であった。

再び走り始めると、今回密かに期待していた福知山スイーツエイドがあった。
子ども達が「手を出してください」と言うので差し出してみたら、栗のお菓子と求肥の入ったどら焼き風のお菓子をくれた。
甘党の僕にはこの両方ともがかなりのヒット。
思わず立ち止まってじっくり食べていた。
タイムロスにはなるけれど、それと同じくらいエイドの食べ物を楽しみに走っているのでどうしようもない。
どのくらいのヒットだったかというと、実はレース後、思わず売店でそれらしいお菓子を探してもらい、おそらくこれだろうとおぼしき「十三里」なるものを買ってしまったほどだ。
サツマイモでコーティングされたマロングラッセといった感じで、「栗(九里)よりうまい十三里」ということだそうだ。

さて、再び走り出すと、まぁ当たり前だが、テツさん&Oさんの姿はない。
追いかけられていると苦しいが、一緒に走ってきたのに近くにいないとなるとこれはこれでまた寂しいものである。
今度は隣にマリオがやってきた。
そのマリオとの再会を喜んで、少し話をしたところで、実はここでちとまずいことになってしまった。
とんさんの足の様子がどうもおかしいのである。
「とんさん、大丈夫ですか?」と聞くと、「大丈夫じゃない」とのこと。
足がつってしまったとのことで、これは困ったという状況だが、ブラインドとガイド、お互いにパートナーとしてチームプレイをしているわけだから、当然こういうことはありえるわけだ。
しかし、とんさんはここで機転を利かせて、そのマリオに「代わって!」と言った。
実はこのマリオ、レース伴走はまだやったことがないというのだけれど、ありがたいことに、残り10キロ程の伴走を引き受けてくれた。
とんさんとゴールまで行けないのはたいへん残念なのだが、絶妙のタイミングでピンチヒッターがすぐ近くにいるという状況もまたすごいことである。
で、このマリオは何者かということであるが、なんと徳島のKさんだ。9月にはるばるわーわーずの練習会に来てくださったときに、一緒に走ったこと
があるのだ。
また、かもパでお世話になったふくちゃんが仕事の都合で徳島に行くことになり、徳島の地でブラインド・ガイドランナーの練習会「阿波を共に走る会(あわとも)」をふくちゃん達と盛り上げている中心メンバーなのだ。
人の縁というのはほんとに面白いものである。

さて、30キロを過ぎると足もじわじわと痛み出してきて、ペースは6分から6分半となった。
ただ、これまで3回のフルマラソンでは30キロ代前半でどうにも足が痛くて歩いてしまったことを考えると、今回はなんとか粘っている。
それにしても、仮装しながら伴走してもらうというのは僕にとっては初めてのことで、しかもマリオに伴走されているとはなんとも面白いではないか。
それから、見ている人達からすると、マリオがブラインドランナーを伴走している光景はなかなかインパクトがあるのではないだろうか。
単純に構図としても印象に残るだろうし、伴走について知ってもらう良いアピールにもなっているかもしれない。
マリオというのは子どもだけでなく、大人もよく知っているから沿道からマリオコールがあちこちから聞こえてきて、僕の方もマリオ気分を味わわせてもらったのであった。
それにしても、福知山のコースは思っていたよりアップダウンがある。
30キロ代を走る足にとってはかなりきつい。
上っては下り、上っては下りの繰り返しが続いていくにつれて、37キロ辺りからは足の上半分全面が痛い状況であった。
もはや応援に応える気力が出ない。

そして、39キロ。
いよいよ足が動かなくなってきた。
これまでのレースでは、この状態になってしまったときに歩いてしまったのだと思う。
今回についても、あと7キロほどまだあるのであればやはり歩いていたかもしれない…が、今回はあと3キロ…もうちょっとでゴールに足が届くではないか。
ちょうどそのとき、なんともありがたいことに給水所へやって来た。
ラッキー!命の水を飲んで、ちょっとエイドのおばちゃんと言葉を交わして、少し気分的に生き返った。
そうすると、1キロ7分ペースにはなるが、あと2キロは行けそうに思えてきた。
応援の声が「がんばれ」から「おかえりー」に変わると気持ち的に随分とラクになる。
そして、41キロにさしかかり、ここからは最後の難所である長い上り坂だ。
ただ、ここは応援隊がたくさん声をかけてくれるので、「あと1キロでゴールだ」という少しほっとし始める気分にもなれるため、無理ができて、上り坂が走れるのだから不思議なものだ。
とはいっても、「あと少し」…しばらく行っても「あと少し」…もうちょい行っても「あと少し」…おいおい、「あと少し」が長いぞぉ!と全身必死になって…
おっ、サザンの「希望の轍」が聞こえてきた…これはほんまにあと少しだ。右に曲がって…ゴールイン!

10キロごとのタイムは
0:56:16
0:55:54
1:03:44
1:05:37
最後2.195キロが0:14:38。
結果は4時間16分21秒。

1キロ6分ペースの速さにはまだ達していないが、前回の篠山よりも13分速かったので、自己ベストである。
本来なら、とんさんとゴールするはずで、それがかなわなかったのはたいへん残念なのだが、ありがたいことに、うまい巡り合わせで、交代伴走者が見つかり自己ベストも出せた。
とんさんに最初の30キロをしっかり伴走してもらって、うまい具合に調子に乗せていただき、Kさんに30キロを越えてからの苦しい道のりを軽やかに伴走していただき、ほんとにお二人の絶妙な合わせ技のおかげで、自己ベストが出せて、すごく感謝している。ありがとう!

年明けは枚方ハーフをヨッシーさんと、高槻ハーフをミントまっちゃんと、京都マラソンをオリーブさんと出場する予定なので、今シーズンもしっかり走って楽しむぞ!

第26回福知山マラソン いもちゃんの完走記です

ブラインドの、いもちゃんです。

福知山マラソンを走られたみなさん、お疲れ様でした。

私も、福知山マラソンに参加してきました。
初めての福知山。わーわーずの練習会で、みなさんから福知山マラソンは、いい大会だよと聞いていたので、すごく楽しみでした♪
雨がぱらついたり、晴れ間が出たり、また、雨がぱらついたりと、へんな天気でした。
寒いのが苦手な私は、手袋をはめ、ビニール袋を着て走りました。
伴走者は、いろんな大会で、いつもお世話になっている 松りん。
10月にあった モンテ・オウ・コスモスの大会から、左膝を痛めていたので、どの辺から、痛みが出てくるか、とても心配でした。
心の中で、膝に頑張って、頑張ってと言いながら、走りました。
始めは、キロ5分半ペース。
後ろからすれ違いざまに、ほっとさんや、たかちゃんに声をかけてもらい、いい調子で、前半は走れました。
20キロあたりから、だんだんペースが落ちてきて、キロ6分ぐらいになっていました。息切れもなく 足もまだ大丈夫。お腹がすいてきたのが原因でした。
松りんに次のエイドでしっかり食べようと言ってもらったのですが、次のエイドには 飲み物しかなくて、その次のエイドまで我慢することに。
折り返してきた、なつみんと、てらやんペア。てらやんの大きな声! すごいスピードで 走り抜けていきました。
なかなかエイドが出てこない。お腹がすくと、こんなにも、ペースが落ちるんだなと、びっくりでした!
やっと、食べ物があるエイドに着き、おにぎりやバナナを食べ、おしるこを飲んで 元気回復。とっても美味しかったです。ペースも戻り、いい感じ。
30キロちかくなると、足全体が重くなり、痛くなってきました。幸いにも 心配していた左膝の痛みは、なかったです。
前に 宗平さんが歩いてると、松りんが教えてくれました。
私たちがエイドに寄っているあいだに、宗平さんの姿は、見えなくなっていました。
ここからは、足の痛みとの闘い。すると、松りんが、このペースで最後まで行けたら、僕も自己ベストが出るかもしれないとのこと。これは、頑張らねば。その言葉で力をもらい、大きなペースダウンがないように 足の痛みをこらえながら、走りました。
だんだん、1キロ1キロがとても長く感じるようになっていました。沿道からの声援もあり、なんとか歩かずに、ゴールすることができました。
タイムは、4時間18分でした。
二人とも、自己ベストを更新することができました。
前回の泉州マラソンより、40分ほど速い記録でした。
マイクで名前を呼ばれていると思ったら、3位入賞だったみたいで、びっくりでした!
松りんと、わーわーず1年生同士、いっしょに成長していきましょうと言っていたのを思いだしました。
今回も、思い出に残る大会となりました。