大会参加記

目次は こちら

「第11回 水都大阪70kmウルトラマラニック」ガイドみやちゃんの伴走記です

ガイドのみやちゃんです。
21日、水都大阪ウルトラマラニックの70キロに小山さんと挑んできました。
去年のリターンマッチ。以下、その参戦記の伴走編です。

私が長居わーわーずに参加したのは2015年11月のこと。
2016年と2017年に開催された水都ウルトラでは、マッサージボランティアのお手伝いをさせていただきましたが、自分がウルトラを走る、ましてや伴走なんて思ってもいませんでした。
ところが去年、小山さんの伴走で70キロに挑戦しました。

当時、小山さんはその前年の11月に初めてフルに挑んで完走されましたが、長居公園の外を走るレースに参加されたのはその一度きり(間違ってたらゴメン)。
一方、私も50キロを超えるレースなんて伴走はもとより単独でも走ったことがない。
そんな「初初」ペアの挑戦でしたが、結果的にゴールまで完踏を果たすも、制限時間の11時間をわずかにクリアできず、完走メダルに手が届きませんでした。

自分たちの実力以上の結果に、それなりの達成感を得られて満足でしたが、やはり完走メダルを勝ち取れなかったのはちょっと残念(悔しい)。
あれから一年、小山さんはフルを2回完走して今年2月に5時間に迫るタイムを出したし、私も丹後ウルトラ100キロに挑んで完走して篠山ではサブフォーを達成。
伸び盛り?の62歳の二人が再びペアを組んで、去年の忘れ物を引き取りに再挑戦です。

リベンジに向けて、妙見マラニックや長居公園のロング走、そして試走会にも参加。

水都試走会での集合写真

また、先月末には長居公園で本番を想定してお昼に秘密の特訓。
キロ7分半ペースで2時間ほど走る予定が、ずっとおしゃべりして給水も歩きながらして、気づいたら8周を楽しく走って2時間43分でした。
練習を終えて着替えてからコンビニで缶ビールを買って公園のベンチで打ち上げ、本番でもこんな感じで楽しく走りたいねと語り合いました。

この一年間、互いに経験を積んだし、練習でそれなりに力もついてるはずだし、70キロなら制限時間内の完走は達成できると思いましたが、今年から70キロにも設定されたアーリースタートでエントリーしていたので、本来のスタートより20分早い6時10分にスタート。制限時間は11時間20分です。

「楽しく走って制限時間内に完走」を目標に掲げてスタートしたものの、天気予報どおりの暑さと後半は強い向かい風の厳しいコンディションに徐々にペースダウン。
目標とした「楽しく走る」はもとより「制限時間内の完走」も厳しいと判断されたので、55キロの毛馬エイドで小山さんに「あきらめる?」と尋ねたら(伴走者失格)、「そんなこと言わんと行けるとこまで行こうや」と言われて毛馬を折り返して豊里へ。

結果的に、ここがターニングポイント、勝負どころでした。
豊里まで戻った方が地下鉄の駅も近いし、てっきり歩いて戻ると思った(伴走者失格)のに、小山さんは再び走り出して、毛馬から城北大橋まで黙々と走り続けました。
そんな小山さんのネバーギブアップの懸命な姿勢に魂を揺さぶられ、どんなことがあっても、何がなんでも「制限時間内に完走」すると覚悟を決めました。

実のところ、この時点で制限時間内に完走の可能性は厳しいと思われましたが、自分たちの勝利を信じて、残された時間と距離をゴールから逆算。
足を止めたら終わりだから歩くのも強引なまでの早歩き、ひたすら前へ前へ。
エイドの休憩もそこそこにゴールに向かって先を急ぐ小山さんですが、気持ちとは裏腹に足は思うように前に進まない。

「もう限界や」の声には「腰が落ちてる」「うつむかんと顔を上げて前を向け」と叱咤し、しんどくて辛いのを耐えながら懸命に前を向いて走り続ける小山さんには、「そうや、その調子や、もうちょっと頑張ろう」と励まし、沿道からの頑張れ!の声援には「ありがとう、まだあきらめてないで」と大声で返し、共にゴールを目指す70キロのランナーには「まだ間に合う、頑張りましょう」と声をかける。
声を出して自分たちを鼓舞して、ひたすらゴールに向かって前に進み続けました。

大阪城の門を出て坂を下りるとルビーさんが出迎えてくれていて、「まだいけるよ」の声に残る力を振り絞ってゴールをめざす。
制限時間が迫る中、マッサージブースでは今年もダメかとあきらめムードだったようですが、ネバーギブアップの大逆転劇でゴール。タイムそのものは去年より遅かったですが、アーリースタートの恩恵で制限時間内の完走を果たすことができました。

自分たちの汗と努力で勝ち取ったメダルは格別、一年前の完走と達成感のレベルは大違いです。
あきらめずに最後まで一緒に走り続けてきて本当によかったです。
ゴール後、完走メダルを小山さんが私の首にかけてくれました。伴走者冥利に尽きます。
その時にさわちゃんが撮ってくれた写真の小山さんは、得意満面のどや顔で笑顔が素晴らしいです。

みやちゃん曰く、得意満面のどや顔で笑顔が素晴らしい小山さんのその写真。 (photo by さわちゃん)

ゴールを果たした後、私たちに最初に握手を求めてこられたランナーがいました。
100キロのランナーと思うのですが、私たちの後をずっと見守って並走してくださって、
ゴール後に握手を求めてくださったのです。私たちに関係なく走っておられたら、もっと早いタイムでゴールできたはずなのにありがたいことです。
そのほかにも共に走るランナーの皆さんから励ましのエールで力強く支えていただきました。
また、大会の主催者やボランティアの皆さん、沿道で応援してくださった皆さん、多くの方々に温かく支えていただき、心から感謝です。

そしてなにより、わーわーずの皆さんには、日頃から色々アドバイスいただくとともに、力強く応援していただき、励みになりました。ありがとうございました。

今年から70キロにもアーリースタートが設定される知らせに、一年前にアーリースタートがあったら、なんて思うのは、まったくのお門違いでした。
おそらく去年アーリースタートがあっても、その恩恵をいかすだけの力はなかったでしょう。
今年は(運よく)制限時間内に完走できましたが、レースの後半はまったく楽しくなく、お互いに苦しいだけでした。
どうせ走るなら楽しく走って楽しく伴走したいので、引き続きのご指導よろしくお願いします。

「第11回 水都大阪100kmウルトラマラニック」藤井さんの完走記です

2019年4月21日、水都大阪100kmウルトラマラニックに参加してきました、ちょうど90回目のラン♪
走り始めた2年9カ月前は長居公園1周2.8kmを走れなかった自分が100kmに挑むなんて思いもしませんでした。

これまでにフルマラソンは6回走りましたが、大会や練習会で走った最長距離は42km、その2.5倍という未知の距離は想像すらできません…。

どう走ればいいのかも分からないのでペースや距離、時間も何も考えずに身体と気持ちの赴くままに走る事にしました。

朝5時30分にスタート、各エイドには食べ物がいっぱい(笑)
しっかり食べないと走れないと聞いてたので全部食べようと思ってたけど多すぎて無理無理(笑)
また各エイドにはわーわーずの顔馴染がボランティアで参加されてて、どこのエイドでも励まして貰えて…、応援してもらえて…、たくさんの仲間に感謝感謝の道のりでした。

日が昇ると気温が上がってきたので頭や首に水をかけて暑さ対策も万全、風が強かったので暑さはそれほど感じませんでした。

気温が上がってきたなぁと思ってたら、おかんさんの私設エイド発見、シャリシャリのカフェオレとみかさを頂いて…、メチャうまい!!
まだまだ先は長いけど、気持ちも元気になりました。
この辺りから折り返してくるランナーと遭遇しだした、30kmは越えてるだろうに、みんな元気元気、エール交換して元気貰って、さぁ!!ドンドン行こう!!

笑顔で走る藤井さんとムックさん。 (photo by 橋本しょ~ちゃん)

ずっとずっと走って50km過ぎたくらいかな、きゅうちゃんの施設エイド発見!!
カッチンコッチンに凍ったアイス(笑)、めちゃ美味しい(笑)
もう少し進んで折り返して戻ってきた時もまた頂いた、今度はちょうどいい硬さ(笑)
たくさんのランナーさんがアイスに救われたってメッチャ感謝してました(^^b

60kmを越えたくらいかな、ちょっとお腹の具合が悪くなってきた…。
アイスを食べたから…じゃなく、気持ち悪くて食べられない症候群…、吐いちゃいそうになってきた…。
走る衝撃で胃がダメージを受けるのか、走ってるとリバースしてくる…、ダメだ…、走れない…。
歩くと症状が治まるので気持ち悪くなったら歩く、気持ち悪いのが治まったら走るの繰り返しで日中はしのぐ作戦に変更。
62kmのエイドで初めて距離と時間を確認した
これから残された約40kmをどう走るか頭の中で計算しだした。
とはいっても走る足は残ってるけど走ると吐いてしまう、この状況は変わらないわけで、何をすべきか、胃の調子を落とさないことに努めながら走れるところは走る…、これしかない。

時間短縮のためにエイドでコーラを貰って歩きながら飲む…、飲み終わって落ち着いたら手持ちのクッキーを食べる…、落ち着いたら少し走ってしんどくなったら歩いて楽になったらまた走る…。
足は元気なのに走れない…、気持ちが折れそう…、でも絶対にゴールしてムックさんをそこまで連れて行かなければ…。
残り30km、20km、10km、ずっとこの状況が続く…。
少し走っていっぱい歩く…、そしてまた少し走って吐きそうになってまた歩く…、こんな状況が何時間続いているんだろうか…、
走りたいのに走ると胃袋から振動で上がってくる…、苦しい…。

そして90km通過、少しずつでも走ってたのが積み重なった、98kmの最終関門はクリアできると確信できた。
でも不思議と15時間ちょうどでもいいからゆっくり行こうなんて思わなかった。
少しでも前へ、少しでも走る、少しでも早く歩く、早くゴールして楽になりたかったのかな(笑)

残り1kmを切った、ルビーさんが帰ろうとしてるところに遭遇、ギリギリ会えてよかった(笑)
最後は元気に走りたい…けど気持ち悪い…(涙)
ゴールの灯りが見えた、わーわーずの皆さんの声を聞きながら、眩い光の中をゴール!!

ゴールタイム:14時間45分06秒(アーリースタート)

たくさんの方に出迎えて頂けて本当に感謝感謝です!!
ゴール後、おしぼりを貰った瞬間に小さいレジ袋を探してもらい、吐く準備も万端(笑)
マッサージブースに行って完走のご報告あんどお礼を言って石段に座ったら…、ゲロゲロ!!またか(笑)
帰る時も…、ゲロゲロ、家に帰って来て落ち着いたと思ってコーラ一口飲んだら…、スーパーウルトラゲロゲロ!!
なんだ!!コーラがアカンのか!?娘たちが半笑で心配しながらトイレまで来た!!

子供たちが心配するような身体で帰ってくるなと嫁さんから言われてたのに守れませんでした…けど大目に見てくれました。
100キロも走ってゴールしたんやし、そうなってもしょうがないなって(^^v

ついにやりました、自分自身の過去最高記録42kmから100kmに更新!!
ヤッタァー!!こんなに走れるようになったんだぜ!!めちゃ嬉しい(^^vvvvvってなると思ってたんですけどねぇ。
自分が100km走ったという喜びより、自分がこんなに走れるようになるまで一緒に走ってくれた皆さん、大会中にたくさん応援してくれた皆さんへの感謝しか出てきませんでした。

100km走って感じた喜び、それは素晴らしい仲間がたくさんいるんだと実感したことでした。
帰宅して娘たちに誇りました、パパはたくさんの素晴らしい仲間に支えてもらってるんだぞ!!って(笑)
もうウルトラはこりごりですが、仲間のためになら走れるのかも(笑)

後日の打ち上げの場。共に水都を走った仲間と。 (photo by やまちゃん)

「第11回 水都大阪70kmウルトラマラニック」小山さんの完走記です

4月21日、大阪水都ウルトラ70kmに参加してきました。
去年は、8分遅れでDNF(未完走(という結果で、もう二度と走りたくないと思っていたのに、宮ちゃんから、リベンジして、完走しようと誘われ、1年間、マラソン2回完走、マラニックなど練習は、去年より十分だけど、今年からウルトラ70kmに設けられた、6時10分のアーリースタートに。(これが、後に、大きな違いを生むとは、思っていなかった 笑)

―― 編集より割り込み失礼。8分遅れとなった昨年の参加記はこちらです。
「第10回 水都大阪70kmウルトラマラニック」小山さんの完踏記です

小宮山124ペア(年齢62歳掛ける2、そして、なんと阪神タイガース横田選手の背番号)
我々は、横田選手を応援しているのです。(4月21日も124だぁ)
そして、Rさんの体調回復を祈願して、彼女の好きなひまわりを帽子にはりつけて走ることにしました。

スタート前、仲間に囲まれる小山さん。

6時10分、スタート、小宮山124ペアと、どこで聞いたのか?あの二人と走れば単独で走るより楽しいといわれたらしいユミエもんと3人で走ることになった。
前半は、我らの掛け合い漫才風に、ユミエもんが反応してくれながら、の楽しいランで、エイドでも、色々とお世話をしてくれて、ありがたい。
しかし、少しずつ、しゃべれなくなってくるのは、おいらだけ(涙)
エイドに立ち寄ると、小山さんだけが、えらい苦しそうな顔と言われ、百歳音頭のでだし♪はぁ~春は爛漫花づくし、響く太鼓に~♪なんて唄い、ちょっとは元気のあるところを見せた(笑)

各エイドでは、長居わーわーずやマラニックなどで知り合ったランナーたちがボランティアでスタッフをしながら、エールをくれる。

ウルトラ100kmや70kmに参加しているランナーたちとすれ違う時、へとへとで歩いていたら格好が悪いと走り出す(笑)
それを後ろで、走っていたユミエもんが、男の人って、そんなとこにまで鼓舞するのねと笑う。

しかし、まえっち・あむちゃんペアとすれ違う時は、どうしても走れずに歩いていたら、あむちゃんから、歩くなぁぁと叱責を受けた。
また、セッキー・はまちサンペアは、ユミエもんに、この二人についていくと、完走できないと忠告されたそうです。(当たってる)

正午をこえた頃から、去年よりは暑いかとおもうぐらい。枚方大橋をこえた向い風のところは、走れない。エイドでは、水を頸や頭にかぶり、太ももや脹脛には、濡れたタオルで、タイツに水をしみこませる。

去年は、エイドでは、椅子に座ったりして長く休憩したが、今年は、そんなこともせずに、ただただ、少しでも前へ前へと歩く。
50km地点で、残り3時間20分ぐらいだから、、余裕が少しあるかなと思ったが、走れない。ただただ小走りで歩く。ここれだと、ユミエもんも完走できなくなる可能性があると、先へ行ってくださいと告げる。

笑顔で走る小宮山ペアとユミエもんさん (photo by さんちゃん)

豊里大橋から毛馬へ行く途中、中学の同級生のキンキが、エールをくれつつ、もうゴールへもどるだけか?の質問に、いや、毛馬から、またもどらなならないというと、完走が、難しいかも?といわれて焦りだす。

毛馬から、豊里大橋へは、追い風となり、少しは挽回できた。ここから先は、宮ちゃんとおいらは、喧喧囂囂な雰囲気になってきた。
なんとしてでも、おいらを完走させたい強い気持ちが、怒りっぽく、顔を上げて、腰が下がってる、足を前へだしてとなんどもなんどもいわれるが、体がいうことを利かない。

宮ちゃんは、そんなおいらの弱い気持ちに檄を入れるために、エールをくれる人たちに、まだまだ、あきらめてないでぇと大きな口調で答える。
一刻一刻と制限時間の17時30分が迫ってくる。残り5kmぐらいだったかな、もう、限界やとおいらは口走ると、限界というのは、まだまだやと檄を入れられる。

前へ足を出してと何度も相変わらず言われるが、歩くのが精一杯で、時々走っては歩くの繰り返し。残り時間を聞くも、そんなこと気にせずに前へ前へというばかり。
いったい、おいらは、完走?できるのか、わからない。そんな不安の中、大阪城へ。もうすぐゴールかな?と思えば、なかなかたどりつかないし、スタッフの声で、残り1kmと言われ、まだ、1kmもあるのかと、ここで、完走できなかったら、と言う強い気持ちで最後のチカラを振り絞って走りました。
ようやく宮ちゃんから、ゴールやから、バンザイしてと言われて完走できたのでした。

制限時間の約11分ぐらい前でした。

ゴール後は、フラフラで、仰向けで寝ていたら、長居わーわーずの仲間たちが、祝福にきてくれて、嬉しかったですね。

宮ちゃんをはじめ、完走できたのは、今まで、練習におつきあいいただいたり、色々とアドバイスをしていただいた皆さんのおかげですね。
長居わーわーず、バンザイ。
ありがとうございました。

メダルをかけている小山さん。疲労以上の歓びがうかがえる小宮山ペア (photo by エミューさん)

「第3回 京都ふれeyeブラインドマラソン」みやこさんの完走記です

 春分の日に開催された第3回京都ふれeyeブラインドマラソンで初10km完走しました

 家すぐそこのみやこです。昨年10月から定期的に長居わーわーずの練習会に参加しています。私は小さい頃から走るのが遅くて嫌いでしたが、一昨年から「5km走ればできる」とのことでパラトライアスロンを始めることになりまして、仕方なく(?)ランニング練習を始めました。程なくぼちぼち走るならエイドで休憩しながらも5kmを歩くことなくアクアスロンやトライアスロンを完走できるようになり、また西京極で開催された第1回京都ふれeyeブラインドマラソンでは1kmの部に参加して1位で国際公認の400mトラックでゴールテープを切るというまたとない経験をさせていただきました。

 今回の参加は、まず昨年末に京都在住の知人に「私も出るし」と誘われたのですが、「春の嵐山なんて人が多そうだしちょっと…」とその時は正直乗り気ではありませんでした。でも、もう少し長い距離のトライアスロンに出場してみたいということもあって、今年は10km走に挑戦しようと決心しました。そこで、今年2月初めの定期練習会に来られていたわかさ生活の方に大会の概要を色々お聞きして、1kmの周回コースでエイドが設置されていることや、制限タイムはあるが閉会式が終わるまでにゴールできれば完走させてもらえることを知り、参加申し込みをするに至りました。また、わーわーずのメーリングで伴走者を募集すると、すぐにさぶちゃんが応じてくださいました。

 当日は荒天もあり得るとのあいにくの予報が出ていたのですが、自宅を出るときは雨がやみ、現地到着時は雨が降ったりやんだりでした。でも開会式の頃には雨もやんで明るくなってきました。第1回の時よりもさらに大勢のブラインドランナーと支援者が集まりとてもにぎやかでした。またわかさ生活の方や京都のラジオ局の方なども気さくに声をかけてくれました。雨天が予測されていたため中止になったイベントがあったりブルブルくんやアイアイちゃんのマスコットがいなかったのが少し残念でしたが、今回の会場が屋根のない公園なので仕方ありません。その分さらに(?)大会関係者の皆さんとてもフレンドリーでした。

開会式の最後に参加者全員集合して写した写真です。

 さて、私の初10km走ですが、ICチップのついたぶかぶかのゼッケン兼ビブスを着用しました。伴走ロープは「きずな」と呼ばれていて当日貸出もありました。嵐山東公園のコースは概ね平坦で、スタート時にはコースの幅に対してランナーが多く、少し走りにくかったですが、しばらくすると徐行する頻度は少なくなりました。もともと1km6分半くらいでイーブンペースで走りたいと思っていたので焦ることはありませんでしたが、時々さぶちゃんに伴走ロープで引っ張って行かれそうになりました(苦笑) 少しペースが落ちた場面もあったようで、途中でラップを教えてくれたりしました。また、コースの到るところで声援を送っていただき、大変励みになりました。雨で濡れて冷えることも想定していたのですが途中で日も射してきて少し蒸し暑いくらいでした。エイドで3回休憩しましたが、最後の1周はペースを上げて走ることもできました。ゴール後には写真撮影やインタビューなど、個々のランナーに対し心に残るような祝福をしていただきました。また閉会式の後はお楽しみのコミュニケーション会(アルコールは出ない)を催してくださいました。他地域のランナーや支援者の方々とお喋りをする時間を持てました。

みやこさんと伴走さぶちゃんがゴールマットを踏む瞬間の写真です。

 第4回大会は来年4月に亀岡に建設されるあたらしいスタジアムで開催予定とのことで、大阪からは少し遠くなりますが駅のすぐ近くとのことです。エントリー料は高くないですし、主催者側でも伴走者を確保している等、誰でも参加しやすいような準備をしてくださるのでまた多くのランナーと参加してみたいと思っています。

「とくしまマラソン2019」サケもっとさんの完走記です

3月17日に行われた、とくしまマラソン2019へ参加してきました。
大阪から車移動で前の日に淡路島で泊まって、当日徳島に向かいました。

思ったよりも朝の車移動はスムーズで、駐車場も広くて、多くのランナーや応援の方が車で来てはりました。
その駐車場から会場までもシャトルバスが次から次へとランナーを運んでいます。
車中では、家族の応援かな?子どもたちの声もして、レース前の緊張もちとほんわかしました。

とくしまマラソンは、ゼッケンが前もってランナーに送られてきています。
受付も必要なく、準備も前もってできるのでらくちんです。
ただ、伴走者のゼッケンは当日会場で受け付け時にもらいます。
でもこの伴走者受付で、伴走ペアとの合流ができて、徳島で活動されてる視覚障がい者の練習会「阿波を共に走る会」 ( https://awa-tomo.jimdo.com/ )の皆さんとの交流ができました。
初めての方も多く、いろいろとお話しながら集合写真も撮りました。

わーわーず・あわとものガイド・ブラインド、みんなで9名の仲間が写っています

とくしまマラソンは、吉野川を川上へ行って、ハーフくらいで橋を渡って、対岸を戻ってくるコースです。
大きな川なので、対岸の様子もわからず、ランナーが走ってるかな?とわかるくらいだそうです。

少し寒い中、上着も脱いで、それぞれスタートのカテゴリーへ移動してゆきます。
荷物預けは、スタートブロックのすぐ横にあって、時間のロスなく移動ができました。

第1ウェーブの9時スタートのS,A,BブロックとCブロック以降は、第2ウェーブの9時10分の時間差スタートです。
ウチはCブロックの9時10分スタートで、スタートロスも1分半くらいで、走り始めてもスムーズに流れてゆきました。

目標は、1キロ6分30秒でどこまでいけるか?です。
前半は、抜いたり抜かれたり、エイドでも大勢の人がいてはります。
そんな中で、あわてずあせらず、安全第一で走ってゆきました。

伴走のすみたくさんが周囲のランナーに「ブラインドがいます!」と声をかけるとランナーはよけてくれはるのですが、前半で調子にのって、ペースを上げてしまうと後がどないなることやら!なので、「ブラインドがいることをわかっていてください」と声をかけてくれはりました。
周りのランナーも「そっか~!」と思ってくれたらよいのですが…。
調子にのらないで、ペースを守って走ってゆくことができました。

前半は、天気予報通りの曇り空!太陽がちょこっと顔を出す程度で、風も冷たくて、河川敷なのに走るにはぜっこうのマラソン日和です。

今回はマジランなので、エイドも究極の選択です。
11キロでの甘酒はいただいて、そこからは給水のみで進みます。

そんなマラソン日よりもそないに続かなくて、15キロくらいから雨がぽつぽつと降ってくるではありませんか。
だんだん風邪も強くなって、ハーフ地点くらいは大荒れでした。
顔にあたる雨が痛いと思ったら、みぞれかあられか?ひょう!
かたくて冷たい物体でした。
吹き飛ばされるくらいの風も前から横から吹いてきます。
伴走のすみたくさんに風よけになってもらって、距離の感覚もなく、早いことここを通り過ぎたい一心で、足を前に前に動かしてました。
すみたくさん、風よけになってくれはって、ありがとうございました。

折り返しが一か所あって、そこを折り返すと今までの向かい風が追い風となって、体をぐんぐん押してくれます。
やっと雨風が弱くなって、「ここはどの辺?」と思ったときは、もうすぐ25キロとゆうあたりでした。
この間はめっちゃ長かったですが、あまり記憶も残っていません。

25キロからは曇り空で、さっきの寒さに比べると暖かで、濡れたタイツや長袖Tシャツがどんどん乾いて、体も軽くなってゆきました。

次の目標は30キロ手前のおそばのエイドです。
でもすごい人がいっぱいで、おそばのエイドかもしれなかったですが、時間のロスも考えてパスしました。
すぐに次のエイドでバナナをゲット。ぷらす、持っていたウィダーをしっかり食べました。
おなかが満たされるとちと元気になりますね。足は重かったですが…。

次の目標は、35キロのいちごです。
さっきの雨風のことを考えるとまだましだ~!って、足も動いてくれてるし、ボイスコーチも6分30秒前後を教えてくれます。
そろそろ35キロ付近ですが、なかなかイチゴのエイドが出てきません。
今回もあかんかな~と思ったら、いちご発見!
なんとすみたくさんが片手いっぱいにいちごを取ってくれました。
二人で半分こ?ではなく、ちとうちの方が多かったような!
めっちゃおいしいいちごを頂きました。

最後のエイド目標は、キーウィジュースでしたが、38キロ付近で発見できず、「キーウィジュースはまだかな?」とすみたくさんと話していたら、近くにいたランナーさんが「もう過ぎてしまいましたよ」と教えてくれました。が~ん!

ちとショックでしたが、また雨がぽつ、ぽつとさっきの雨風が思い出されます。
「雨が降ってきませんように!」と祈る気持ちが大きくなって、ゴールを目指しました。

陸上競技場では、雨も上がって、すごい応援の中ゴールできました。
久しぶりに走り切ったレースで、5時間を切ることができて、めちゃうれしかったです。

ゴール後、着替えてからまた雨が降ってきて、寒くなりましたが、その雨もやんで、温かおうどんを頂いて、体も心もあったまりました。

今日のとくしまマラソンはお天気がコロコロ変わるレースで、また一つ、心に残る大会となりました。

「第3回 京都ふれeyeブラインドマラソン」ガイド平野さんの参加記です

10キロの伴走で参加しました。

「視覚障害者京都マラソン大会」が3年前の2016年2月の第33回大会でもって終わると知ったときはショックでしたが、このように、名称は変わりましたが、実質同じような大会が続いていることは嬉しい限りです。
名称が変わって、主催が角谷建耀知(かくたにけんいち)財団になっています。恥ずかしながら最近まで、そのお名前を知りませんでした。ブルブルくんと並んでピースサインを出して写真撮ったりしてたのに(笑)。
わかさ生活の創業者であり社長さんなんですね。

私にとって「わかさ生活」と言えば、この大会を除けば、甲子園球場のスタンドに広告看板が確かあったな、というのが一番に思いつく接点です。その程度の理解ですので、わかさ生活さんがなぜこのような大会を厚く支援されているのか知りませんでした。先の「視覚障害者京都マラソン大会」に、たびたび参加させてもらってはいたのですが。

それを知ったのは図書館で借りた本、『角谷建耀知 人生は蒔いた種のとおりに実を結ぶ』を読んでです。
第1回大会のとき、視覚に障害をもつ近所のランナーさんを誘って参加したのですが、そのかたに主催者について説明できるようになっておくために読みました。本を読んで、角谷建耀知さんとブラインドマラソンのつながりがわかりました。それだけでなく、いろんな意味で得るものいっぱいの一冊でした。

そこで、この本を簡単に紹介したいと思います。角谷建耀知さんと視覚障がい者マラソンのつながりがどこにあるのか、のみならず、この大会の魅力を伝えるよい方法だとも思うからです。

かなりやんちゃなガキだったようです。私が、じゃなく角谷建耀知さんがですよ。
6歳のときに親が離婚して、父親に、また母親にも見捨てられるかのように立ち去られてしまいます。そして、おばあちゃんに引き取られます。おばあちゃんには、弱い立場でも負けずに強く生きなさい、という方針で育てられました。そのおかげか、貧しい生活をあざける周囲からのイジメに屈することなく、負けん気の強い子に育ったそうです。
小学校4年の夏、それは起こりました。その後の人生を変えるできごと。
当時流行っていた仮面ライダーの真似をして、自転車で川を飛び越えて「ライダージャンプ!」でキメるという遊び。仲間にカッコイイところをみせようと勇んで挑んだところ、ジャンプを失敗して大転倒。顔面血だらけになります。「大変や」「病院いかな」と心配する仲間に「大丈夫や」と強気でこらえたものの、そのあとすぐ血を吐いて気を失う事態に。

病院のベッドで一週間、意識不明。しかし奇跡的に生還。意識を取り戻します。
クモ膜下出血との診断。頭部を切開しないと損傷度合いも把握できないと説明され、しかもその手術は年齢的に無理でした。退院して家に帰りましたが、元の状態に治るわけではありませんでした。それ以降、頭痛が日常茶飯事になり、視野の中心に見えないゾーンができました。運動は禁止。倒れるほどの激しい頭痛に見舞われもしました。

貧しさに加えて病の苦。多くのことに耐えながら大学生になります。この頃から広く普及しはじめたMRIで精密検査を受けると、大変。脳腫瘍があって、すぐに入院、すぐ手術が必要と診断されてしまいます。このままでは命が危ない。手術すれば半身不随や言語障害が残るかもしれないけど命は助かる、と告げられてしまいます。ただ、ただ、途方に暮れるばかり。大学生活がさぁ始まるというときに、夢も希望もなにもかも消されてしまいました。

17時間におよぶ命がけの大手術を受けて、ふたたび生還。しかし、この手術で視野の右半分を失いました。
これまでは前向きの楽天的な思考で幾多の困難をも乗り切ってきましたが、術後に立ちはだかった現実はあまりに厳しく、ついには絶望感がまさって自殺を考えるようになりました。そして自殺未遂をおこします。屋上からの飛び降り。フェンスを乗り越えて、あと一歩のところで看護師さんに引き戻されました。

生きることを説得する先生の、その真剣なまなざし、真摯な言葉に心揺さぶられます。『もう一度がんばってみよう』、自分のためにこれほど一所懸命になってくれている人がいるんだから。乾いた心は涙で潤されて、温かい気持ちを取り戻しました。
それからはリハビリに励み、気力で病と闘い、なんとか退院できるまでに漕ぎ着けました。
「一度は死にかけたのだから、死ぬ気になったら何でも出来る。頑張れよ!」と先生から言葉をかけてもらって病院をあとにします。

しかし、退院したものの迎えてくれる所はありません。休める状況でもありません。奨学金百万円の借金かかえて寝床と職探しからです。
寝場所は友達を頼りました。職探しに街を歩くと、視界が狭いため人とぶつかってばかり。そのたび謝って、時にはどつかれもして。手術後の風貌が不気味だったので、なかなか雇ってくれません。ようやく得た職場では気持ち悪いと言われて屈辱を受けます。理不尽な解雇。過酷な現実に直面して絶望感に打ちひしがれ、またもや自殺未遂をおこします。線路内をぼんやり歩いて寸前のところで。

生きていく力をもらったのは、今度は友達からです。職場でうけた屈辱に対して、友達が代わって怒り心頭に発する抗議をしてくれたことが力になりました。そして、もう死ぬことは考えずに、再び頑張ることを心に強く誓いました。

職を変えて今度は英語教材の飛び込みセールスをしました。ここで営業職を学び、次に販売セールスの会社で働きはじめました。出来高制で、新米には販売機会がないのですが、ひたむきに取り組んだ掃除とお客さんの名前暗記と挨拶とふれあいだけで、営業成績をあげていきました。物を売ることのコツを習得しました。さらに、不信感をもっていた健康器具の販売に対しても、自らの頭痛が磁気枕によって本当に緩和されたという実体験を通して、本心から商品をおすすめできるようになりました。自分がつらいからお客さんのつらさもわかる。これこそ天職じゃないか!と一層うちこみました。

――ここでいちど本から話を戻しますと、
この辺りからビジネスの苦労話が続くのですが、サクセスとはほど遠く、読み進めていくと残りページはどんどん少なくなっていくのに、踏んだり蹴ったりな展開ばかり。甲子園球場のスタンドに看板を掲げるまでになったわかさ生活さんの起業はいったいどこから?と読んでるこちらが不安になってきます。
で、本のページでいえば9回裏2アウトあたりから、やっと――。

目の健康によいと注目されているブルーベリーと、視覚に障害をもつ自身の経験をかけあわせたビジネスを興す機会を得ます。ゼロからのスタートが始まります。ブルーベリー、目薬の木、八つ目うなぎ、ビタミンA、βカロテン、ポリフェノール、フラボノイド、目によいと言われているものがいろいろあるけど、どれが本当にいいのだろう、自分ならどれを選ぶか、そうだ全部だ!全部をひとつにまとめて最高の商品をつくろう!自分が絶対に自信をもって売れるものを世の中に広く届けたい。
商品開発から手掛けて、平成10年、「みんなに若々しく健康的な生活を提供し、最高の逸品(商品)を全国にお届けしたいという願いから「わかさ生活」を設立し、ブルーベリーの通信販売を始めて、軌道にのせました。

「君は目にハンディがあるんだから、目で困っている人のために頑張ったらどうだい?君はそのために生まれてきたのかもしれないよ」
筋ジストロフィーと闘いながら頑張る先生から言われた言葉を天命と感じて、視覚に障がいを持つ人のために尽くす道をすすまれています。

というのが、この本のかいつまんだ内容です。粗っぽくまとめ過ぎてますので、関心を持たれた方はそれぞれでご一読をお願いします。

大阪市の図書館には蔵書8冊ほどありました。サピエの資料詳細ページはこちらです。
https://library.sapie.or.jp/cgi-bin/CN1MN1?S00101=J00DTL04&S00102=W8b4pi!pzYz&S00103=7FHKp8R13t&S00221=66340368&S00222=3332763&RTNTME=113854297

この大会では、以前から、大きな声で名前を呼んで応援してくれる点が人気です。
知らない人から呼ばれて、こっぱずかしく感じたり、もするんですが、それ以上に響くものが心にずっと残るんですね。その声が真摯だから。一直線で迷いのない掛け声だから。
それと重なるものが本に書かれてあり、私はそこでじんときました。

今大会は天気が心配されてました。週間天気予報で確認したときは降水確率90%でした。
それが徐々によくなって、スタートのときに雨はあがって、晴れ間がのぞくほどに。
今大会に参加して、走って、楽しんで、食事して、楽しいこと沢山ありましたが、やはり強く印象に残っているのは、あの朝の雨あがりです。そして、大会に関係する人たち全員で、その喜びを共有できたことが嬉しいです。

また次回も楽しみにしています。

追記:
大会当日の様子は、わかさ生活さんがこちらのページでまとめられています。
https://www.blueberryribbon.jp/blank-8

「能登和倉万葉の里マラソン2019」針小路さん小林旦那さんペアの参加記です

(ガイド小林旦那さんの伴走記も、後半に載せてあります。あわせてどうぞ。)

針小路です。
2019年 3月9日、10日と能登和倉万葉の里マラソン2019に行ってきました。
一駅手前の七尾だとビジネスホテルが、有るようですが、宿泊先が和倉温泉の旅館外でどこも高くパックにしました。

ここでまーやんと合流。
和倉温泉駅に着けばマイクロバスが迎えに来ていて荷物だけ預けられたのには後の行動に楽出来ました。

お昼頃の列車なので駅前のお食事どころカレー屋さんで人気メニューのいか・たこカレー食べました。
店は、満席で運良く早く座れたと思いましたがかなり出てくるまで待たされそれだけにおいしさ倍増です。(わらい)
コーヒーも有りましたが有名なケーキ屋さんに行くので断念。

そこでは、8組の待ち組大変こちらも盛況でした。
ちょっと高級ですが、コーヒーのおかわりは、いくらでも出来るので3回おかわりしました。
3杯もと思いましたが同じことしてる方がおられさすが関西人。

狭い町なので参加賞の引き替えに行き歩いていると参加表明の無いわーわーず関係者一組と遭遇。

それから現地に行ってビックリ。
ホテルの出入り口が、スタートの最後尾でした。

走り終わってからの汗を流すのに、宿泊者には無料の入浴券付きでした。
そうでなければ便利の良いところは1000円、不便なところは500円だそうです。

荷物は、預かっていただきトイレも並ばなくて良いし、何回か大会に参加していますが、今までの最高のロケーションでした。

当然のことながら夕食も海鮮がメインで大満足でした。

私としては、スタート時刻と帰りの列車時刻を、ばくぜんとしていて、当日お風呂に入るには、6時間で走らなければならず、朝は、ゆっくりできるのですが余っている時間、アーリースタートしたかったです。

練習量が少ない中、明日も走った後に入れるだろうかとだんだんだんだん心配になってきました。

[……当日を迎えて……]

当日の天候が、非常に心配されていたのですが、寒くもなく雨もなくリタイヤの理由がなくなってしまいました。

伴走者は、地元出身の小林だんなさん。
聞けば初フル伴走だそうです。

スタートは、10:00で15分前には、並んでくださいということですが皆さんロビーでわいわいがやがや。
当然です。玄関前が最後尾のhブロックなのです。

前半にアップダウンが6か所あり25mの高さと聞いていたので大したことないと思っていたら、実は12か所で高さも250mは上がったのではないかと思われるところもあり中間点まででもう痙攣が出て2時間45分かかりました。

28kmでブリフレークのおにぎり。
一口サイズで2個もらい柿の葉寿司のような感じでした。

30kmが4時間の予定が7分オーバー。
このままでは、風呂の時間が無くなると心配。

32kmでは、岩がき丼。早い人は2個らしいでしたが後ろの我々ほうは、3個入っていました。
あわてる何とかは、貰いが少ないでした。(わらい)

36㎞ではおかゆになっていたのですが、私の大好きなお茶漬けこの塩味が良かったです。
スギヨのカニ蒲鉾と細巻きずし。
だんなさんに温かいお茶を飲みながらかなりくつろいでいますねといわれてしまいました。

これからが本当のマラソン。お風呂の時間との闘い。
薬も効いてきたのか痙攣も比較的少なく。

残り微妙になりだんなさんもガンガン力も入りおかげさんで6時間切りは、13秒及びませんでしたがお風呂には、入れました。
駅までダメもとで送迎頼みましたがフロントでは、だめで玄関出ると運転手が声を、かけてくださり余裕で駅に到着の帰路となりました。

だんなさん初フル伴走お疲れさんでした。
おかげさんで最後まで関門にひっかからす最大のお風呂も全部クリア。
どうもありがとうございました。

東大阪のガイドの小林です。
いろいろあって針小路さんの伴走で能登和倉万葉の里マラソンに行ってきました。
私にとって初のフルマラソンの伴走だったんですが、針小路さんはわーわーずの練習会でしょっちゅう一緒に走っている気心のしれた人ですし、走るコースは自分の出身の輪島市の隣町の七尾市の和倉温泉。子供のころから知っている場所ということもあり、自分のレースよりリラックスして走れました。
想定外だったのが、坂の多さ。コースガイドでは6個の25メートルくらいのアップダウンがあることになっていたんですが、実際は12個。ほんまに25メートルかというアップダウンで、結構タフなコースです。坂好きの人にはたまらないんじゃないかな。
和倉温泉をスタートして1.5キロほどで橋を渡り、七尾湾に浮かぶ能登島にわたります。海辺を走り、別の橋を渡り能登中島町に戻り、18キロ先の和倉を目指して湾に沿って走る大きな周回コースです。

 5キロ    37分
10キロ 1時間14分
15キロ 1時間55分
20キロ 2時間34分
25キロ 3時間15分
30キロ 4時間 4分
35キロ 4時間53分
40キロ 5時間39分

きついコースだったのに二人だと楽しく走れました。
宿もよく、エイドも応援もよく景色もきれいで良い経験ができました。

ホテル玄関前で4名ならんで記念撮影。右から小林旦那さん、針小路さん、はなてんちゃん、いまいまさん。

「第39回篠山ABCマラソン」藤井寺の藤井さんの完走記です

2019年3月3日、83回目のランは「篠山ABCマラソン」でサブ4に挑戦!!
一言でいうと、サブ4の30kmの壁はとてつもなく高かった…。

こないだの大阪ハーフでサブ2したペース、あれでどこまで走り続けれるんだろう…、どこで潰れちゃうんだろう…、自分の限界を知りたい。
心が弱いので「普通にサブ4してきます!!」と言って自分にプレッシャーをかけて気持ちを鼓舞し続けていざ勝負!!
天気はうっすら曇ってて暑くもなく寒くもなく絶好のコンディション、これでダメなら言い訳無用の実力不足!!

スタートラインを越えるまで1分、意外とロスが少ないね。
最初の1kmはキロ6分くらいだったけどすぐに予定のキロ5分半まで上がって順調な滑り出し…と思ったら!?

何だ何だ!?左の腹筋か?、お腹が痛いぞ!、ウン〇ではなさそうやけど…。
騙し騙ししばらく走り続けてもずっと痛い…、ペースか?、フォームか?、冷静に立て直さなければ…。
分かった!!、5時間目の体育の授業でなるアレや!!
スタート前にみたらし小餅1箱とコンビニのおにぎり2個食べたから、給食の後に走ったときの腹痛が出たんやわ(笑)
これなら大丈夫、すぐに治まってくるから気にせず走ろう…。

コースは普通、多少のアップダウンがあるけどペースやフォームを変えるほどではない、ただ…、直線ばっかりで…、飽きる(汗)
周りに何があるってことでもなさそうやし、まぁいいか、集中して走ろう…。

マイペースにハーフ通過、大阪ハーフの時のPBを更新してるよかん♪
ハーフ通過はネットタイムで1時間57分1秒、残念、大阪ハーフの時より7秒遅かった(汗)
まぁ、大阪ハーフはエイドに寄らなかったけど今回は5キロ毎のエイドに全部寄ってスポドリ飲んでるしね、7秒遅れもしょうがないかな。

さぁ、ここからが本当のスタート、どこまで続けれるのか興味津々…。
コースは相変わらずの微妙なアップダウン、身体を合わしていくのが難し…。

24km通過、本気で走ってるコーチとすれ違える時間内にここまでこれて良かった良かった、楽しみにしてたのにビューン!!ってすれ違ってあっけないこと(笑)

25km付近からの上り坂に差し掛かったころに少し雨が降り出した、ボトボトになるほどではなく涼しくて気持ちいい程度、でも向かい風も吹きだした。
上り坂と向かい風、お尻と裏モモが張ってきた…。
でもこれは予定通り、この状態からリラックスして走る練習もしてきたから冷静に冷静に、わざと呼吸を早く深くしてそのリズムで歩幅を狭めて登…。
やっぱり疲れてきたみたい、キロ5分40秒を維持できなくて上りはキロ6で何とかしのぐ…。
お尻と裏モモが痛くなってきた、キロ6を維持するのも大変、前半の貯金を使ってしまう走りに…。

30km通過、ネットタイム2時間49分37秒、お尻と裏モモがビキビキと痛みだしてきた。
キロ6キープが苦しい、どこを使って走ればいいのか頭も回らない…、サブ4…、無理だ…。
30kmでスペシャルドリンクをGet、全日に娘たちと一緒に作った甘い甘いレモンティー、はぁ~、めちゃ美味しい…。
そうやな、諦めたらアカンよな、今日のためにやってきたんやし、今ここで頑張らなアカンよな。

31kmで折り返してここからは下り基調、なんとか踏ん張りたい…。
32kmつうか残り10km、お尻と裏モモがチギレそうに痛くてたまらない、これでキロ6弱は無理だ…、失速してしまって心が折れた。
痛みに耐えながらボチボチ走り出す、30kmの壁にやられたこと、これはただ実力がなかっただけのこと、自分の実力がよく分かったし、サブ4する人の偉大さもよく分かって幸せです。
幸せな気持ちとは裏腹に身体には地獄の10km、進まないと終われないし進めばビキビキなってくる…。

それでもボチボチ走り続けて35km通過、お尻と裏モモの痛みで足が止まった。
歩いてても痛い…、身体をどこにもっていけばいいのかも分からない…、涙が出てきた…、悔しい…、ただただ悔しい…、
「ここまでやってきたのに歩いてしまうんかい」ホントに悔しい…。
今まで感謝で涙が出そうになったことはあったけど今回は悔しくて悔しくて…、我慢しても涙が出てくる。

なんやねん…、さっきまで降ってたのに雨やんでるやん…、今は降ってくれよぉ~、泣いてるのがバレるやん(涙)

そこから先は放心状態、痛みが治まれば少し走り、痛みに耐えれなくなったら歩く…、ゴールはまだ遠い…。
タイムも計算できなくなってきた、地獄のような苦しみと痛みがあるだけ…。

「ゴールはもうちょっとや!!サブ4.5で絶対にゴールしよう!!」
40km通過、しょーちゃんからの檄に意識が戻った、そうだね、1人で走ってるんじゃないもんね、ここからはしょーちゃんとの4.5のために走ろう!!
気持ちは前に向いてるんだけどね、足が進まないなぁ、キロ7分半(笑)
これでも死ぬほどしんどいしケツと裏モモがチギレるほど痛いんやからもっと頑張れとか言わんといてや…と心の中で想いながら最後まで歩かずにゴール!!

グロスタイム:4時間27分09秒
ネットタイム:4時間26分09秒

あれっ?、そういえばK山さんとすれ違わんかったなぁ…と思いながら朝に着替えた場所へ行ったら…。
あれ?、どうしたん?、K山さん、何でこんなところに?
ガハハハハ、思いきり笑ったった(爆笑)

「りゅうくんはどうやったん?」ってK山さんに聞かれて…、また悔しくて泣いてしもた(汗)
えんちゃんに泣いてるところを見られてしもたみたいで…、ティッシュくれた(笑)

キロ6イーブンで走ってれば4時間15分でも走れたのかもしれません。
でも、自己ベストとか何時間でゴールしたとかいう結果が欲しかったんじゃないので、サブ4を目指してキロ5分半で走ったこと、30kmで潰れて地獄を味わったこと、この作戦を選んだことには全く後悔してません、清々しい気分です。
サブ4、素直に思います、尊敬する人たちです。
でもそこに辿り着けなかったのはやっぱり悔しいなぁ、藤井には無理だったのかぁ、そのチカラがなかったのかぁ…。
篠山の町が嫌いになりました、2度と来るか!!こんなとこ!!ってなほど悔しい思い出の場所になりましたとさ。

以下は今大会のネットタイムとラップです。

5km:27分51秒(27分51秒)
10km:54分58秒(27分07秒)
20km:1時間50分38秒(55分35秒)
30km:2時間49分37秒(59分04秒)
40km:4時間09分22秒(1時間19分45秒)
goal:4時間26分09秒(16分47秒)
half:1時間57分01秒

今まで練習にお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。
伴走してくれたしょーちゃん、ありがとうございました、約束のサブ4を達成できなくてゴメンね。

「2019大阪ハーフマラソン」藤井寺の藤井さんの完走記です

2019年1月27日、78回目のランは2019大阪ハーフマラソンに参加♪
ハーフでサブ2を目指しての勝負レース!!

いつも結果を書くまでクドクドと長いので今日は結果から(笑)
HPで結果を見れたのでグロスの地点通過タイムとラップも♪
Bブロックスタートでスタートラインを越えるまでのロスはちょうど1分でした。

5km:28分51秒(ラップ28分51秒)
10km:56分00秒(ラップ27分09秒)
15km:1時間23分11秒(ラップ27分11秒)
20km:1時間51分02秒(ラップ27分52秒)
finish:1時間57分54秒(ラップ6分52秒)

はいっ!?目標のハーフでサブ2、みごと達成(パチパチパチパチ)
有言実行!!やると決めたらきっちりやる男!!
6週間前の三田ハーフで2時間3分だったのにこの間に4回走って6分短縮!!
やるやん!?オレ(スゲースゲー)

…とか言いながら、かなりの綱渡り状態でドッキドキでした(汗)
大阪ハーフにエントリーしたのは10月初め、夏は猛暑で思ったほど走れなかったので超不安でした。

10月21日の視覚障碍者駅伝で6.8kmをキロ5分半で走るも最後まで持たずに撃チーン…。
11月の神戸マラソンは5時間8分、12月の奈良マラソンは5時間14分でゴール、ハーフ通過タイムも大阪ハーフ完走には程遠い…。
12月16日の三田ハーフは最後に歩いてしまってもいいから、大阪ハーフをギリギリ完走できるキロ6分弱で走ったら…、まさかのほぼイーブンで2時間3分でゴール(^^v

ひょっとしたら行けるかも♪と思いながらも年末年始は走れないし、実業団駅伝の日はちゃんと走れないし、大阪ハーフ1週間前は雨で6kmほど走っただけ。
走れたのは実質3.5回、またもやバクチのような収容バスとの追いかけっこ(汗)

ギリギリのラインなので給水のストップをなくすために伴走の高橋さんにドリンクを持ってもらっていざ勝負!!

レース中は高橋さんのストライドをコピーする事だけに集中、上体で行って足は我慢…、目線と姿勢、着地位置だけ意識してキロ5分半で刻む…。
沿道からの応援に全力でこたえて呼吸とフォームをその都度リセット、こうすると力みがとれるのでリラックスして再出発できるんですよねぇ…。

高橋さんが「前から大阪国際女子の選手が来たよ」と教えてくれたので元気にエールを送る藤井くん。
「まだ先導車です」と高橋さん(汗)
「もう少しですれ違います」とタイミングを教えてくれたので今度こそはと手まで振って元気にエールを送る藤井くん。
「まだ中継車でした」と高橋さん(汗)
向こうは速いから早めに教えてくれてるのにタイミングが超難しい、でもテレビ中継に藤井のエールが入ってたのかもね(笑)

ここまできっちりキロ5分半をキープして18km付近、辛くなってきた…というか、甘えが出てきた…。
あと長居公園1周、ペースを落としてもゴールできるじゃないかと…。
でもすぐ前をライバルが走ってると思って最後の奮起!!
長居公園に入っていつものコース、そしてラスト2km…、元気を取り戻した。

でも何なんだろうね、長居公園って…、スタジアムに向かうところがいつもいつも向かい風(涙)
微妙な上り坂と強い向かい風が邪魔をする…、身体が重い…、徐々に失速する…、キロ5分半をキープできない…、そして心が折れる…。
最後の最後、ホントに心が弱いなぁ…と反省しながらスタジアムに入ってゴール…。

グロスで1時間57分54秒、ネットなら1時間56分54秒くらいかな、大きな目標のグロスで1時間56分には届かず、最後の心の弱さが大きく出てしまった(ザンネン)

ゴール後は意外と元気だったのに、荷物を貰ってセンターで着替えて打ち上げに参加したら急に気分が(ゲロゲロ)
ビールを一口飲んだらもう大変、こみ上げるのはゴールの喜びじゃなく胃のムカつき(涙)
飲めず食べれず緑茶だけ飲んでました(笑)
毎度毎度、実力もないのに厳しいレースを走るからやね、とは思いながらも、それはそれで全てを出し切れてるならいいかななんて思ったり(笑)
そんな状態でも打ち上げは楽しかったな、走ったのは21kmでも、この日のために一緒にいっぱい走ってくれたみんなとワイワイできて…。

打ち上げでは体調が悪かったけど家に着くころには体調も戻って家族と祝杯を挙げる事もできました。
一番大切な目標、「家族が心配するような身体で帰らない」これは達成できて良かった良かった(^^v

今回のレースの反省点はスタート前の調整ミスでした。
朝食の時間からスタート時間までの食事のとり方、ハーフだから大丈夫だろうと油断してたのが間違いでした。
ハーフを走っただけなのに1日で体重が2kgも減っちゃってました(汗)
篠山はこの反省点を忘れずに頑張ります!!

エントリーした頃の走力では完走できそうになかったのに伴走を引き受けてくれた高橋さん、どうもありがとうございました。
寒い中を沿道で応援してくださった皆さん、いっぱい元気をくださってありがとうございました。

「1時間50分でゴールやな!!」とかいつもいつも無理な目標を与えてくれる嫁さん。
レース前日にやきそばを作ってくれた長女、当日の朝ご飯にと卵焼きを焼いてくれた次女、家を出るときに起きてきて「いってらっしゃい」と送り出してくれた三女。
いつもいつも本当にありがとうやでぇ!!

みんなのおかげでパパはまた1つ強くなりました(^^b

「第26回KIX泉州国際マラソン・ハーフ」奥野さんの参加記です

 2月17日、気持ちい晴天となったこの日、泉州ハーフマラソンを走ってきました。ハーフは今年新たに始まった第1回目でした。ちなみに、フルは抽選ですが、ハーフのエントリーは先着順でした。
 スタート場所の浜寺公園駅に到着すると、見渡す限り、人、人、人。こんなにたくさんの人が走るのかと思うと、いっきにテンションが上がりました。無事に伴走者と落ち合い、受付へ向かいました。数日前に、大会事務局から電話があり、ハーフの受け付けはフルの受付より離れたところにあるので、気をつけてくださいと連絡がありました。同時に、「でも、伴走者の受け付けはフルの受付の近くにあります」とも言われていました。確かに、人の流れに乗って進むと、フルの受付を発見。それなら、伴走者の受付を先に済ませようということになり、受付を探すもなかなか見つからず、大会本部へ行きお聞きしたけど、なんだかよく分からない様子。とりあえず、ハーフの受付に行ってからにしようということで、ハーフの受付へ。
  なんとかハーフの受付を済ませ、伴走者の受付場所を聞くと、またもやスタッフの人は首をかしげている。確認するのでお待ちくださいとのことで、待つこと5分ほど。意外とこの5分は長く感じた。ようやく場所が分かり、受付も済ませることができたけれど、第1回目ということで、スタッフの方も右往左往されているようでした。
 さて、そんなこんなで、早スタート時間になりました。ハーフもフルと同時スタートでした。並ぶ場所は分かれていましたが、スタートしてしばらくは団子状態でした。
 そんな中、最初はひたすら真っ直ぐな道を走りました。途中、わーわーずの方にもお会いしました。というか、軽く追い抜いて行かれました。でも、声を掛け合うことがエネルギーになることを知りました。
 5キロ過ぎでUターンして折り返し、またひたすら真っ直ぐな道が続きます。ちなみに、この大会は給水所が少なく、最初の6キロ過ぎくらいまでなかったので、迷わず給水所に寄りました。2回目は11キロ過ぎ、3回目は18キロあたりだったと思います。この2か所は、関門手前に設置されていて、関門を気にしながら走っていると、どきどきのチェックポイントでした!
 今回、沿道に立って応援してくださった人の声に何度も励まされました。15キロくらいまではよかったのですが、後半は徐々に足が疲労を感じてきて、完走はもしかしたら無理かもしれないとも思いました。そんな時、大きな声援を聞く度に、「まだまだ行ける!」と思い直していました。
 そうして、フルもハーフも20キロくらいまでは同じコースですが、ハーフは途中で左折し、ゴールの岸和田城に入っていきます。ところが、最後のとどめが待っていました。左折してすぐに、15メートルくらいの坂道を上らなくてはならず、重い足にはこたえる最後の難所でした。と同時に、さすがお城に向かってるんやなと、へんに納得しました。
 後半は苦しみましたが、なんとか、ネットタイムでは制限時間内にゴールすることができました。ほっとしながら、フィニッシャータオルをいただき喜んでいたのですが、横で配られていた完走メダルもいただけるのかなと近づいて行くと「制限時間を超えている」ということでNGでした。ちょっと、しょんぼり。

 皆さんの温かい応援と、泉州の空気を感じながら楽しく走れたハーフマラソンでした。走りやすいコースだったので、またチャレンジしたいと思っています。