「第1回視覚障害者クロカン大会inASO」福永さんの完走記です

遠かったけど、楽しかった第1回視覚障害クロカン大会inASO

11月4日に、熊本県阿蘇のクロカンコースで開催された第1回視覚障害クロカン大会inASOに参加させてもらってきました。

2016年4月の地震以降、自分にできることが何かあればと思っていたところに、阿蘇のクロカンコースで大会が開催されるという話が飛び込んできたので、これは、参加させてもらうしかないという気持ちになりました。

3000m、6000m、9000mと三種目ありましたが、つい一番距離の長い9000mに申し込みました。

当日は、お天気もよく、季節がすすんで、下り斜面で草か芝が一部うすくなっているところもあるにはありましたが、視覚障害者がクロカンを走るのは無理と思っていた自分には、気を使うのはわずかで、とても走りやすいところでした。
西京極の競技場周辺コースより、走りやすいぐらいのように思いました。

9000m走るのに、46:20かかりましたが、上りは心臓ばくばくって感じで、今後のフルマラソンにつながる走りはできたんじゃないかと思っています。

11月10日には、熊本のTBS系列であるRKK熊本放送の夕方のローカルニュースにもとりあげられたみたいで「写りよるところば、お母さんと二人で見たばい」と、妹から連絡もありました。

ただ、今回つくづく実感しましたが、公共交通機関などは、何にもないところでした。

自分は、伴走のかたの車で運んでいただいたので何とかなりましたが、視覚障害者のクロカン大会を開催するとなれば、全国どこでも、あしをどう確保するかというのが課題になるんだろうなと思いました。

オスプレイなんて買ってくれんでいいし、カジノなんか作ってくれんでいいんで、紐のつかない補助金というかたちで阿蘇の旅館からマイクロバスを走らせてくれればいいのに、そのために、岩にかじりつく思いで税金払ってるんじゃないかとつくづく思った今年最後の三連休でした。

また、いろんなところでお世話になると思いますが、よろしくお願いいたします。

では、失礼します。


(以下、HP編集にて追記)

「視覚障害者クロカン大会」のオフィシャルページはこちら。
http://asokurokan.com/blind/blind.html
福永さんが「西京極の競技場周辺コースより走りやすいぐらいのよう」と書かれた、気になるコースも紹介されてます。
コース1周をみせてくれる動画はこちら。(音声解説はなし・BGM鳴ります)
https://www.youtube.com/watch?v=fxm7HlbnaWQ

「第21回大阪・淀川市民マラソン」Theライバル対決!杉リュウペア・すぎちゃんの伴走記です

みやちゃん・小山さん・藤井さん・すぎちゃん4名が完走タオルを手に並ぶ

 
淀川市民マラソンに藤井さんの伴走として参加させていただきました。

大会ともなると河川敷のマラソンでもとても楽しく走れました。

わーわーずの多くの皆さんと走れ、わーわーずの多くの皆さんに声援していただきとても感謝してます!

目標は藤井さんご自身が自分に打ち勝ち杉リュウペア(合わせて85歳)の5時間切り!
小宮山ペア(合わせて121歳)には楽勝で、あわよくばまさるさん植さんペアにも勝ちたいと思ってました。

スタートから2、3kmはキロ8分程度で、5kmくらいまでキロ7分半で、その後はキロ6分半までは上がらないものの藤井さんの調子は良さそうで、ハーフ時点でこのまま走りきれたら5時間を切れるかなといった感じでした。

藤井さんは汗かきだとよく分かっていたので、まめに給水を取り、スポドリにて塩分、糖分を補給する事を促しましたし、藤井さんもご自身の事を分かっているようで、序盤は率先して給水を取ってもらえたので安心していました。

河川敷をにこやかに走る杉リュウペア。すぎちゃんがカメラに気づいて「ハーイ!」と手をあげている。

久しぶりに天候に恵まれた週末を気持ちよく走っていたのですが、藤井さんには暑すぎたのだと思います。藤井さんご自身でも暑いのは苦手と言っており徐々にペースが落ちていきました。

給水でもスポドリが飲めなくなり、水だけの補給、バナナやアンパンも食べれず25km過ぎくらいからはついに歩き始めてしまいました。

31kmの折り返しに向かう途中、先を走るまさるさんが折り返してきました。
思いのほか離れてはいなかったことに安心しつつ、後方の小宮山ペアが気になって仕方ありませんでした。

歩いている最中は半ば引っ張りながら歩いてしまった事を反省してます。
藤井さんの左腕が痛くなり、右手にロープを持ち替えましたから・・
藤井さんごめんなさい。。

32km小宮山ペアが後方200mに見えてから藤井さんが走り出しました。
そして藤井さんの完走記にもあったように、ゆかりさんのコーラは藤井さんを生きかえらせました!

後になって考えてみると20km、30kmにて補給する藤井さん自前のジェルも効果があったのではと感じてます。

32.5kmサケもっとさん親子?の応援にも元気を頂きました!

あららんさん、ザッキーの交通整理にも感謝でした!

小宮山ペアとの距離を頻繁に気にするようになりました。
逃げるものの辛さを身に染みながら、長居公園の3周、長居公園の2周といいながら走りました。歩かなければ、逃げ切れる。と思っていました。
もうここからは言うまでもありません!
藤井さん、小山さんの完走記にもあった通りの逃げ切りの激走と最後のデッドヒートです。

僕らにしかできない最高の悪あがきを見せてやろう!と何度もいい藤井さんを奮い立たせました。

こちらはスピードあげいるのに小宮山ペアに抜かれ、20mまで離され、それでもスピードを上げ続け、5時間半を経過したランナー達の9割は歩いている中、キロ5分そこそこで走る4人は異様な光景に映ったでしょう。

勢いあまり伴走者が先にゴールをしてしまうという失態もありましたが(以後気を付けます。。)、最高の悪あがきの甲斐もありなんとか杉リュウペアの1m差での勝利に終わりました!

わーわーずに参加させていただき1年が経過しました。
何物にも代えがたい貴重な経験をさせていただいております。
当日もたくさんのわーわーずの方に声援いただき藤井さんをゴールまで導くことができました。とても感謝しております。

走り終えてのゴール会場で。わーわーず仲間の集合写真。20名ほどがVサイン・ガッツポーズ・バンザイ・スマイルしてます。


「Theライバル対決」
2組4名さんそれぞれの完走記・伴走記もぜひご覧ください。

みやちゃん・小山さん・藤井さん・すぎちゃん4名が完走タオルを手に並ぶ

「第21回大阪・淀川市民マラソン」Theライバル対決!杉リュウペア・藤井さんの完走記です

みやちゃん・小山さん・藤井さん・すぎちゃん4名が完走タオルを手に並ぶ

 
2017年11月5日、第21回淀川市民マラソン、フルマラソンの部に出場しました。
ライバルとの対決も重要ですが自分との戦いも大切。
目標の5時間をめざし、キロ6分半でどこまで行けるのか挑戦!!

スタート前はとてもリラックスしていた。
ライバルとスタート直前にトイレに行こうと列に並び、
用を足してトイレから出てきたら何やら花火が上がった。
長居公園の大会と違い、規模が大きい大会は
何かとにぎやかだなぁ…と思ってたらライバルがトイレから出てきた。

時計を見たら9時40分、あれ?、今の花火はスタートの号砲だったようだ(汗)
慌てて列に並んだらほぼ最後方、
スタートラインを越えるまで8分半ほどかかった。

キロ6分半なんてとてもとても、大混雑でキロ7分半でも走れない。
そのまま10kmを通過し、5時間の目標は諦め、気持ちよく走る事にした。

20kmに近付いた頃、暑さと疲労からか味覚がおかしくなってきた。
水もスポドリも同じ味に感じる、しかも一口飲むと吐きそうになるほどまずく感じ、
水分摂取はミカンが命綱。

25km近くのエイドで水とスポドリを一口飲むも気持ち悪くて吐きそうになって飲めず、
ついに28km付近で完全に足が止まった。
ハムストにピキピキくる違和感と呼吸の乱れから気持ちが切れた…。

31kmの折り返しでも走り出す事が出来ず、味覚もおかしいまま、
ジェルとミカンで補給するも気持ちが前に進まない。

32km付近でライバルとすれ違う。
ライバルは力強く走っており、エールまで送ってくれた。

33km付近で振り返ると200mほど後方にライバルの姿が見えた。
残り9km、長居公園なら約3周、
何とか気持ちを奮い立たせて走り出したが歩いて固まっってしまった筋肉、
ロボットみたいにぎこちない…。

その後も味覚は戻らず、水分補給も満足にできないまま、
キロ7分半がやっとこさのフラフラ状態。
そこに女神のエイド、ゆかりさんがコーラを入れてくれた、
めちゃくちゃ美味しい!!
水分と糖分の捕球も嬉しかったが、美味しく飲めたのが何よりうれしくて
もう一杯もらおうと思って後ろを見るとライバルが50mまで迫っていたのですぐに走り出した。
美味しく飲めた幸福感で気持ちがリセットでき、かなり元気が出た。

ライバルとの差は50mから200mの範囲で縮んだり広がったりしながら
38kmを通過して残り4km!!
「後ろも疲れてるからこのまま歩かずに走ったら勝てるよ!!」と
伴走のすぎちゃんから檄が飛ぶ。

39km通過、後ろから伴走の宮さんの元気な声が聞こえる。
後ろからの越えはよく聞こえますね、ライバルも元気なのかとプレッシャーを感じ、
7月の伴走講習会の中田さんの講義を思い出した。
ギリギリの戦いでの「駆け引き」
こっちは駆け引きどころかどんどんペースが落ち、
キロ8分をキープするのも難しく、一歩ずつ進むことしかできない。

40km通過、ライバルとの差は150m、
すぎちゃんからの励ましに答える余力もなくなりキロ8分を越えた。

残り2kmを切ったころ、いつの間にかライバルがすぐ後ろにいた。
40kmからラストスパートをかけたのか、あっという間に抜き去られた。
必死でキロ7分まで上げても置いて行かれる。
最後のチカラでキロ6分半まで上げても少しずつ差が開く。
路面の悪い所に入り、これ以上スピードを上げられない…。

40kmを越えてこんなペースまで上げられるのか…。
これが練習量の差という事なのかな…。
ここまでの走りをされたらしょうがない、勝てない…。

そう頭に浮かんだとき、またすぎちゃんから劇が飛んだ。

「最後サイゴ、上げられる?、上げて行こう上げて行こう!!」
「もう無理?、上げれない?、無理かぁ?」

無理という言葉を聞いて気持ちを取り戻した。
このまま負けたらライバルに一生言われ続けてしまう!!
次に勝っても1勝1敗でしかない!!
そんなことは絶対に嫌だ!!

よし、路面が悪い所ではペースを維持、舗装路に出たら最後の最後、
どこまで追いつけるか最後の勝負!!

冷静に呼吸を整え、フォームを最終確認、
今まで教えてもらってきたことを思い出す。
骨盤は前傾、上体は起こし過ぎない、軽くアゴを引いて視線は10m先の道路。
腕を思い切り後ろに振り、捻じれで骨盤を出す、しなりで足を前に出して骨盤の下に着地。
さぁ、舗装路に出た、差は約20m、残りは1.2km!!

イメージ通りに身体が動いた。
最後まで息が続くよう、声を出しながら深くピッチの速い呼吸を繰り返す。
少しずつスピードに乗り、キロ6分、5分半とペースが上がる。
ライバルとの差も20m、15m、10mと少しずつ縮まる。
すぎちゃんがライバルとの差をクチにしなくなった。
ここから最後の勝負、250m毎のペースで5分10秒まで上がった、

舗装路から左に曲がって路面の悪い所に入る。
「路面悪いよ!!足上げて足上げて足上げて!!」と
すぎちゃんから指示が出る。

残り数十m、私の前3mのところでライバルが路面に足を取られてペースが乱れ、
すぎちゃんから最後の檄が飛ぶ。
「体勢崩したよ!!ラストラスト!!」
最後は盲ダッシュ、ゴールに向かって死にもの狂い!!

そしてゴールラインを越えた…。

どちらが先にゴールしたのか分からないほどの接戦。
42.195km走ってきて私とライバルはたった1mの差でゴール。
どうやら、ゴール手前、紙一重でライバルを追い抜いて
私が先にゴールラインを越えたようです!!

グロスタイム:5時間49分00秒
私とライバルは同じタイムでのゴールとなりました。

記録証を手に、でもかなり疲労の様子の、藤井さん。隣には快心の笑みのすぎちゃん。

ラスト2kmのギリギリの勝負、フルマラソンとは思えないほど僅差での決着。
疲労で限界と思ってたペースからキロ3分も引き上げてくれたライバルの存在。
朝早くから応援に駆け付けてくれたわーわーずの皆さんの声援。

皆さんのおかげで、最高にしんどいながら最高に楽しいレースができました。
ありがとうございました。

そして、こんな楽しいレースを何の不安もないように伴走してくださったすぎちゃん。
ライバルを伴走してくださった宮さん。
本当にありがとうございました!!

最後に、ライバルの小山さん(←名前出しちゃった)
たった1mですが、この1mは大きいですよぉ!!
勝ちと負けを分ける大きな1mですからねぇ♪

リベンジにも応じますので、しっかり練習して挑戦してくださいよ♪(^^b

★後日追記

数日後、僅差での大勝利という美酒に泥酔しながら淀川市民マラソンの公式ページを覗いたら、タイムや順位が公開されてたので見てみました。

3803位 小山さん 5:49:00
3804位 ――さん 5:49:00
3805位 藤井 5:49:00

あれ?、ライバルの方が順位が上になってる…。
しかも、ライバルとの間にもう1人いてる…。
どういうこと?、1m追い抜いたのはゴールしてからだったっていうこと?

金メダルを確認しようとしたら銅メダルだったという事実…、見なけりゃよかった(汗)

まぁいいか…「銅」は『金と同じ』って書きますしね(笑)
またリベンジしよぉっと♪

走り終えてのゴール会場で。わーわーず仲間の集合写真。20名ほどがVサイン・ガッツポーズ・バンザイ・スマイルしてます。


「Theライバル対決」
2組4名さんそれぞれの完走記・伴走記もぜひご覧ください。

みやちゃん・小山さん・藤井さん・すぎちゃん4名が完走タオルを手に並ぶ

「第21回大阪・淀川市民マラソン」Theライバル対決!小宮山ペア・みやちゃんの伴走記です

みやちゃん・小山さん・藤井さん・すぎちゃん4名が完走タオルを手に並ぶ

 
「はじめてのフル伴走」

11月5日に開催された淀川市民マラソン、
同学年のよしみで小山さんから伴走のお声がけいただき、
小山さんの「初フル」を「初フル伴走」で一緒に挑戦させていただきました。

小山さんの盲学校の同級生でライバルの藤井さんとの宿命の対決もあり、
互いに負けられないレース展開でゴールまで死闘が続きました。
大会の公式記録は両者ともに5時間49分00秒とまったく同じタイムでしたが、
フルマラソンの部の男女含めた総合順位は、
3803位 小山さん
3804位 ――さん(もう一人、同じタイムの方がおられました)
3805位 藤井さん
と小山さんが勝利で宿命の対決を制しました。

ゴールラインを切るとき
藤井さんのガイドのすぎちゃんが先に入ったように見えたので
負けたと思いましたが、
ランナーのゼッケンのICタグで計測する公式記録は
小山さんが先にゴールしていたのです。

小山さん、おめでとう!

年齢差(藤井さんとすぎちゃんのペアは85歳に対して、われらは121歳)や
ガイドの圧倒的な力の差(経験豊富なすぎちゃんに対して、私は初心者マーク)など
ハンディを跳ね除けての勝利、お見事です。

「初フル」と「初フル伴走」のペアで挑戦した今回のレースを振り返ると、
今まで自分が単独で走ったどのレースよりも楽しく爽快な気分で走ることができ、
走り終えた後の達成感は格別で「自分たちをほめたい」と心から思い、
小山さんと同じ完走証が欲しくて無理をお願いしてプリントしてもらいました。
初フルと初フル伴走で共に戦って勝ち取った完走証は、私たちの何よりの宝物です。

ゴール後、完走証を手に、完走タオルを首にかけて、笑顔で並ぶ小山さんとみやちゃん。(撮影:たかちゃん)

走る前は「歩いてでも這ってでも制限時間内のゴールをめざしましょう」だったのが、
いざ走り出すと「ゆっくりでもいいから最後まで歩かずに走りましょう」に変わり、
そして34キロポイントが見えると「残り、長居公園3周(2.8キロ×3)」になり、
「あと2周」「あと1周」「あと半周」「一枚目の鉄蓋」「二枚目」と声をかけあい、
最後の最後まで互いに今のベストを尽くしてゴールすることができました。

実のところ、走り終えた後は、
格別の達成感でレースの勝ち負けなんてどうでもいいと思っていました。
でも、たとえ同タイムでも、勝っていたことがわかると素直に嬉しいです。
といっても、それはレースに勝利した結果やその日の激走に対するものでなく、
小山さんと一緒に積み重ねてきた「練習が報われた」ことに対する喜びです。

顧みれば、伴走のお声がけに二つ返事でお引き受けしたものの、
単独でもフルを走り切る力がないのに無責任に引き受けたことを後悔し、
7月末に開かれた伴走講習会に参加したときに、
長居駅でたまたま出会ったムーランさんや
講習会の会場でたまたま前の席に座られた初対面のすみたくさんに、
フルの前半後半で伴走の交代をお願いしたぐらいお粗末な状態でした。

そんな根性なしのへなちょこガイドでしたが、
小山さんの励ましに伴走の「覚悟」を決め、
8月から長居公園で小山さんと一緒に秘密の特訓が始まりました。
練習を始めた当初は、距離は伸びず、スピードは上がらず、
このままではどうなることかと思いましたが、互いに励まし合い、
カメはカメなりに切磋琢磨して練習を積み重ねました。

小山さんと一緒に練習した後シャワーで汗を流しながら
「ああ、きょうも自分ながらよくやったなあ」と
満ち足りた気分を味わせていただいたのも懐かしい思い出です。

あの練習した日々の満足感があったからこそ、
本番のレースでは、エイドで給水する以外は一度も立ち止まることなく、
レース後半で周りのランナーが歩き出しても自分たちは走り続けられ、
30キロを過ぎてもスピードは落ちず、むしろ加速してランナーをごぼう抜き、
そして毛馬の大堰を渡って再び堤防の下に下りた後のレース終盤では、
ロープを持った互いの握りこぶしを突き合わせて、
力の限りを尽くしてゴールまで走り抜けることができたのだと思います。

あのへなちょこガイドのみやちゃんを、
一緒に練習して伴走者として育ててくれた小山さんには心から感謝です。
また、有用なアドバイスや力強いご声援をいただいた皆さんにも心から感謝です。
長居わーわーずのおかげで、走力だけでなく、人間的にも成長したように思います。

小山さんと二人で121歳、まだまだハナタレ小僧です。
「初フル」と「初フル伴走」で完走を果たしたことに満足することなく、
大吉さんやランタナさんをはじめ人生の大先輩の皆さんを目標に、
さらに頑張っていきますので引き続きのご指導よろしくお願いします。


「Theライバル対決」
2組4名さんそれぞれの完走記・伴走記もぜひご覧ください。

みやちゃん・小山さん・藤井さん・すぎちゃん4名が完走タオルを手に並ぶ

「第21回大阪・淀川市民マラソン」Theライバル対決!小宮山ペア・小山さんの完走記です

みやちゃん・小山さん・藤井さん・すぎちゃん4名が完走タオルを手に並ぶ

 
2017年11月5日、初ロードマラソンとして、淀川市民マラソンへ出場してきました。
目標は、完走とライバルとの対決に勝つことです。

61歳のおいらと60歳の初マラソン伴走、宮様との同学年ペア。
ライバルは盲学校の同級生で23歳年下のリュウ君と40代のベテランランナーのすぎちゃんペア。
我々のことを、小宮山ペアと、ライバルを杉リュウペアと今後、記します

おいらは、どうしたら、完走とライバルに勝てるのか?
練習あるのみと8月から週2から3回、夜の秘密の特訓などして、頑張ってきました。

次に、42.195kmをどんなペースで走れば良いか、己の走力を自己分析して、抑えて抑えて、余力を残し、ライバルを残り5から1kmでとらえて、その後は、お互いの全力を出し切れたほうが勝つだろうと、前回の日記にも書きましたね。

会場につくと、、緊張しているのか、トイレがいきたくなります。
簡易トイレで、用をしているときに花火の音が。
えっ、もうスタートかぁぁ
最後方のGブロックからなので、ゆっくりと歩きながらスタートラインへ。
混雑しているので、最初は、キロ8分台、そして、ちょっとバラけてきてキロ7分台。
最初のエイドで、水分補給したころには、もうライバルの後ろ姿はみえなくなっていました。

この日は、暑いと判断したので、その後、エイドは、かならずより、水を飲み、水を首にぶっかけて暑さ対策もおこたらず、走り続けました。

なんとかハーフに着いて、トイレ休憩、そこで、足のストレッチ。
全然、杉リュウペアが、見えない。

後半の折り返しへ向かう途中で、まさるさん植さんペアとすれ違う。
走りながらリュウ君は練習できていないから、
もう、すでにリタイアしたのかなぁ?と思いながら、走っていたら、おぉぉぉ、すれ違ったではありませんかぁぁぁぁ。
宮様が、ライバルは、歩いていたよ、それに、そんなに距離もあいてないよとね。

そして、33km地点のエイドで、宮様がすぎちゃんと目があった、、その差約200mぐらい。
でもあわてずに、エイドにしっかりと立ち寄り、給水と水をぶっかける。

しかし、その後は、全然追いつかない。
我々小宮山ペアがうしろに見えたので、
また、奮起して走り出したのだろう。
こうなりゃ、橋をわたっての最後の直線で勝負しようと宮様。

33km越えてくると、気持ちの中で、歩きたい症候群や、右足の親指の付け根が痛くなってきた。
それに、足元の悪い石ころがころがっているような路面では、足裏が痛い。
そこで、気持ちを切り替えて、そうだ、足裏マッサージを受けているんやから、気持ちがええやんとね(笑)
それと、ここまで走れてきたんやから、最後まで走りぬこうと宮様が、励ましてくれる。

さぁ、橋をわたりきって、勝負どころの直線コース。
長居わーわーずのメンバーたちが、励ましの並走をしてくれる。
力が沸いてきたし、杉リュウペアも視野に入ってきた。
徐々にペースが上がってきた。
でも、まだ、150mから200mぐらいの差がある。

39kmか40kmぐらいのエイドに立ち寄った時、杉リュウペアは、小宮山ペアが近づいているので立ち寄らなかったとの情報を得た。
ということは、あいては、相当焦っているに違いない。

ここからは、我々は、握りこぶしをつけるぐらいにロープを短く握りなおして、追いつけるかどうかわからないが、もう一段ギアを上げて走り出した。
そしたら、並走していてくれたスミタクさんが、100mぐらいの差だよとね。

俄然、我々は、何も言わずに、あうんの呼吸で、追いつけると確信し、また一段とギアを上げた。
41km地点ぐらいで、とうとう追い抜いた。

ゴールが近いことをしめす豊里大橋をバックに、激走する小宮山ペア。右側後方に、数人のランナーを挟んで杉リュウペアが小さく写っている。(撮影:すみたくさん)

キロ6分30秒、6分、5分30秒と、GPSのボイスコーチが250mのペースを読み上げる。
一切、後ろを振り返らずに前だけ向いて走り続ける。
残り1kmぐらいで、なんとランニングパンツの紐がなぜかほどけてきて、ずりおちてきて走りにくくなってきたので、パンツをタイツの中へ右手だけで入れようとしても、走りながらなので、うまくいかない。
とっさに思いついたのが、紐を右手でかかえることで、なんとか急場をしのぎながら、走り続けている。
たぶん、キロ5分30から50秒ぐらいだったかなぁ。

そして、次に、高橋尚子さんとハイタッチしたいからと宮さんに言っていたので、ちょっとペースを落として、よっていったのだが、なんと、ハイタッチは、ほんの少し触れただけの空振り、でも、尚子さんは、小山さん、がんばってぇぇえとエールくれました。
もう、ただひたすら、ゴールへ向かって走り続けるだけ。
杉リュウペアのことは、考えずにというか、ほぼこのままで勝てるかなぁとね。
どれぐらいの差があるのか、まったくわからないからね。

ところが、ゴール手前200mか100mぐらいで足元が悪かったのか、よろけてこけそうになったが踏ん張って、キロ5分30秒ぐらいで走り続けた。

ゴールして、倒れこんだ。

その時、何が起こっていたのかは、全くわからないおいら。
宮様が、負けたぁぁぁぁとぼやく。

えっ?どういうことなんだぁぁぁぁ。
ゴール直前で1メートル追い抜かれたのでした。

こんなドラマみたいなライバルとの対決が、後々語り継がれるぐらいの、素晴らしい初マラソンができたことを、感謝します。
これも、ライバル杉リュウペアがいたこと、また。伴走者として立派においらをサポートしてくれた宮様、長居わーわーずの応援してくれた仲間たちのおかげだと思います。

ネット:5時間40分25秒(リュウ君は、5時間40分20秒)
グロス:5時間49分0秒(リュウ君とは同じでした)

ライバルには、ほんまにほんまに惜しくも敗れましたが、エイド以外では、一切、立ち止まらずに、走り続けられたし、何よりも完走できたことで、達成感が一杯です。

その後、応援してくださった方々と、守口のさとで打ち上げで、おいらは、生ビール6杯飲みました。
その後、宮様、杉ちゃんと、梅田組の打ち上げにも参入したら、小山さん、杉リュウペアに勝っておめでとうといわれましたが、ゴール直前にぬかれましたぁぁとね(笑)
ここでも4杯ぐらい飲んで合計10杯。
帰宅して、バタンキュ。
起床して、朝風呂に入り、筋肉痛と言う勲章を引き連れて仕事に行ったおいらでした。


「Theライバル対決」
2組4名さんそれぞれの完走記・伴走記もぜひご覧ください。

みやちゃん・小山さん・藤井さん・すぎちゃん4名が完走タオルを手に並ぶ

「第8回 エコアイランド宮古島マラソン」じゅんたんさんのレポートです

・大会前の伴走講習レポート

10月29日のエコアイランド宮古島マラソンにエントリーしました。
大海事務局に伴走の依頼をしたところ、宮古高校駅伝部が手を上げてくれ、びっくり!
早速、クニさんの伴走「歩」ガイドやパラ陸上競技公式ガイド、アイマスク、JBМAロープなど、数個ずつリュックに詰めて大好きな宮古島へ出かけました。

9月6日、5時半、宮古島陸上競技場は、まだギラギラ夏の太陽が輝いていました。
駅伝部の男性15名と女性2名のマネージャーに、じゅんたん流のミニ伴走教室をしました。盲人がするのは初めてかな?

始めに、「盲人に会って声かけた事ある?」と質問するとトライアスロンで見たと いう生徒が1名だけ。
それではと、「私は皆さんが見えないので一人ずつ名前を教えて」と声出ししてもらいました。
そして私の自己紹介をしました。
次に、伴走ガイドの「はじめに」を読んでもらいました。
伴走方法については、何度かくにさんの伴走教室のお手伝いをしたので、口真似をしました(笑)。
私の13年間の経験談、怪我をしても転んでも続けたい。走る喜びなども話しました。
最後にクニさんおすすめの「⑦信頼・思いやり・気配り」のページを、読んでもらいました。

次は、アイマスク体験。
 トラックに出て、伴走者とアイマスクペア5組ずつ3回。全員に体験してもらいました。ビニール袋・ハンガー・新聞紙・広告の紙・スニーカー・スポンジ・バナナの皮など用意したものの中から5メートル間隔に三種類置きました。行きはよけながら伴
走、帰りはそれを踏ませて伴走してもらいました。踏んだ時の反応は様々。直後アイマスクを外さず何を踏んだかクイズにしました。メロンパン・・・。いろいろ出ましたが、二名が全部正解で驚きました。

 いよいよ実戦。
私の伴走を交代でしてもらいました。競技場の外周は上り下り・カーブ・木の枝・車止めなど練習には良いものがあり・横を車も通っていました。まぶしかった夕日も沈み、最後のJ君の伴走で結局三周しました。大汗!

7時過ぎ、何度も別れの挨拶をしました。

フル本番は、数人が交代で伴走するそうです。決まったらもう一度伴走者と走りた いです。どの生徒になっても安心です。
「車止めがあります。」「まぶしいですか。すぐ左へ曲がるから大丈夫。」「車との距離があります。大丈夫。」「もう少しゆっくり走っても良いですよ。」
なんて言ってくれたんですよ。涙!
15人。大好き!

・大会当日完走記

 10月29日、第8回エコアイランド宮古島マラソンに参加しました。
二日前から宮古入りしましたが、台風22号の影響で、前日の空の便に欠航が多く出場出来なかったランナーもいました。
 前日受付には、宮古高校駅伝部のマネージャー二人が付き添ってくれました。朝から頭痛でしたが、痛みが吹き飛びそうなくらい可愛い女子高生が体育館の床に並んだゼッケンを探してくれました。
 当日は快晴。10キロごと、4人ずつが交代で伴走してくれました。エイドでは先に行って水を取ったり、強風でかぶれないので、帽子に付けたGPSを250mごとに耳に近づけて聞かせてくれました。
風が強く、伊良部大橋の上りは飛ばされそうで、サブのS君に手をしっかり握ってもらい、前へ進みました。往復して15キロ地点。空港近くの21キロ関門を17分貯金で通過しました。宮古島産の紫いもを食べ、一息。再スタートした途端、左足が痙攣。
ツボを押さえたりストレッチ。ペースを落としながら来間大橋へ向いました。この橋は100キロウルトラでは95キロ地点。一番辛い所。数年前の事を思い出しながらペースを上げました。やはり風が強く海がキラキラ輝いて見えました。折り返して28キロ
地点。フルを走った事のない生徒たちに「これからが一番辛い所。フルには魔物がいて何が起きるかわからない」と話しました。生徒たちがよく行く美味しい豆腐屋、お好み焼き屋なども説明してくれ、会話が弾みました。平良港を抜け、モンテール横の下り坂では「ペース上げて時間の貯金をしましょう」と、最後の上りでは「良い走り」と言って元気をくれました。
 陸上競技場一㌔手前からは、駅伝部全員が合流。トラック300mを一緒に走りました。G君の50m手前コールを聞いて、力を出し切り、制限時間4分前!ゴールラインを踏みました。

 10キロずつロープを持ってくれたO君、R君、H君、G君が、みな落ち着いていて、私と心を合わせてくれた事に、感動しています。
 宮古高校駅伝部Y先生、生徒の皆さん。ありがとうございました。

 以上です。

「第4回3時間リレーマラソンin大阪城」みやちゃんの参加レポートです

大阪ミントJCさん主催の「3時間リレーマラソンin大阪城」に参加しました。
朝9時にスタート、1周1.1キロのコースを4人で襷を繋いで、お昼12時までの3時間で周回数を競い合います。
長居わーわーずからは、レッド、イエロー、グリーンの3チームが参戦。

走る前は、今日の本番は午後から予定の淀川市民マラソンの試走20キロと不埒な考えでしたが、いざチームでレースとなると本気モードで真面目に懸命に走りました。
12時に号砲がなってレース終了。
走り終えた後はお弁当タイム、愉快に楽しく美味しくいただきました。
来年もぜひみんなで参加したいです。

大阪ミントJCさんには大変お世話になりました。ありがとうございます。
そして長居わーわーずチームの取りまとめをしていただいたムックさんにも心から感謝。
閉会式の後のアピールタイムで、真っ先に登場して長居わーわーずをしっかりアピールして「伴走者が足りません。ぜひご参加ください」とほかの皆さんにお声がけされました。
そしてそして大吉さんは、今回も女性メンバーの着替え用にテントを担いでの参加。
皆さん、さすがです。

長居わーわーずのご縁に心から感謝!
走力も根性も気配りも未熟なガイド初心者マークのみやちゃんですが、
引き続きのご指導よろしくお願いします。

わーわーず3チーム集まっての集合写真。レモンティー、で皆さんニッコリ

■ 大阪ミントJCさんの報告ページは こちら

「第9回水都大阪100kmウルトラマラニック」さときちさんの伴走レポートです

水都大阪ウルトラマラニック70kmの伴走のレポ―トです。
私にとっては2回目の伴走で、今回も昨年の神戸マラソンで一緒だった丸ちゃんの伴走者として走りました。丸ちゃんは鹿児島の63歳のブラインドランナーで、フルマラソン以上の距離を走るのは今回が初めてです。

当日は朝からとてもいい天気。スタート地点ではわーわーずのメンバーに声をかけてもらい、たくさんのブラインドランナーさんとこれから一緒に走るんだと心強く感じました。
いよいよ6時半にスタート。最初は大阪城公園の中をぐるぐると回り、いよいよ一般道へ。ここから中の島に向かうあたりは細い歩道や階段、スロープ、段差が多くて走りづらい区間です。でも見どころもたくさんなので観光ガイドをしながら順調に走っていきます。

最初のエイド・毛馬エイドに到着。この手前くらいからはずっと日陰のない暑い河川敷のコースです。でも川のそばだからでしょうか、風がさわやかで案外最後まで走りやすかったです。短い折り返し区間の後、再び毛馬エイドに戻ってきて、ここからいよいよ淀川沿いを上流に向かう長い直線コースに入ります。

河川敷の遊歩道は、時々砂利道や段差や小さな坂やコーナーもあり、つまづかないように気を付けながらゆっくり無理のないペースで走ります。休日なので散歩の人、自転車、釣り人、野球少年などがたくさん。特に自転車には要注意です。折り返してきた前を行くランナーとすれ違うことがだんだん多くなってきました。沢山のランナーが声をかけてくれ、本当に励まされました。途中何度も何組かのブラインドランナーさんのペアともすれ違ったり追い抜いたり少し話をしたり。みんなそれぞれのペースで楽しそうに走っています。何人かの友達とも会い、短い時間でも楽しく過ごせました。

枚方の折り返しまでにはあと4か所エイドがあるけれど、エイドの間はわりと短く感じられました。食べ物がすごくおいしくて、たこ焼き、ミックスジュース、そうめん、いちご、もずく、冷ややっこ、ゼリー、チーズケーキ、きゅうり、トマト、焼き菓子、...本当に沢山沢山いただきました。丸ちゃんも長丁場に備え欲しいものをどんどん口に入れます。疲れが出てきてもエイドで立ち寄って補給するたびに、びっくりするほど元気が出てきました。

34.6kmの枚方エイドの関門もクリアし、一番遠い枚方折り返しに到着。あとは来た道を引き返します。42kmを超え、未知の距離に突入した丸ちゃんですが、全く疲れを見せず一定のペースで淡々と走っています。スタート前から丸ちゃんなら絶対に完走できると確信していましたが、こうなったらガイドの私の方がばてないようにしないと。伴走するときに気を付けているのは、できるだけ周りの風景も伝えて一緒にレースを楽しんでもらうこと。こうしていると周りをよく見ているからか、私もレース中の風景を普段よりはっきりと覚えているものだと後から気づきました。

50kmを超えていた頃でしょうか。応援に駆けつけてくれた友達が最後の毛馬エイドまで一緒に走ってくれました。ランナー仲間ならではの並走しながらの応援、これは本当にうれしかったです。毛馬で友達に見送ってもらうと、もうあと少し。丸ちゃんに時々調子を尋ねますが、全く大丈夫な様子。こうなったら心配なのは、完走より帰りの新幹線の時間です。予想していたタイムより少しオーバーしていたからです。でもまだ大丈夫!

大阪城公園が近くなった頃にも、わーわーずのみんなや他の友達に会い応援してもらいました。意外な場所での出会いにびっくりするやら嬉しいやら。
そしてビルの間に大阪城の天守閣が見えてきました!そしていよいよ大阪城公園へ。
一旦ゴール地点の横を通って天守閣へと向かいます。

休日の大阪城天守閣は観光客でごったがえしていました。観光客や車止めの間をすり抜けて先へ進むのはなかなか大変で、しかも外国人観光客が多く、うしろから声を出して注意を呼び掛けても通じていないような...。そんな中、天守閣へと登る坂の途中で前の観光客に丸ちゃんがぶつかりそうになりました。するとそばにいた100kmのランナーさんがさりげなく丸ちゃんの少し前に出て先導するように道を開けてくれるではないですか。あの混雑の中、とても助かりました。あの時の方、本当にありがとうございました。そして天守閣のすぐ手前で最終のチェックをしてもらい、引き返してあとはゴールへと向かうのみ。この辺からは安堵感でいっぱいです。ずいぶん前にくぐったように思えるゲートを二人でバンザイしてゴール!まだまだ走れそうな余裕の丸ちゃんです。帰りの新幹線の時間が迫っているので会場でゆっくりする暇もなくさっさと着替えて駅へと向かい、予約していた新幹線の時間にも十分間に合いました。

単調な河川敷のコースなので自分ひとりだったら気持ちが萎えてしまいそうですが、常に周りに気を配っていなければならないので集中力を切らさずに最後まで走れたのがありがたかったです。初めての70km完走を丸ちゃんと一緒に達成することができて、うれしいのはもちろんのこと大きな自信につながりました。ランナーやレース関係者の方以外にも一般の方にもたくさん応援してもらい、エイドで元気をもらい、最後まで楽しんで完走することができました。本当にありがとうございました。

菅原城北大橋にむかって河川敷コースを走る丸さんとさときちさん。
赤川鉄橋付近の河川敷コースを走る丸さんとさときちさん。

「第9回水都大阪100kmウルトラマラニック」ムックさんの伴走レポートです

ガイド高椋です。ランタナさんの水都100キロ完走記をガイドとして振り返ります。

ランタナさんは、わーわーずMLで伴走予定の方が伴走出来なくなって、伴走者を急募された事を多くの方は、わーわーずメンバーはご存知ですね。

そのメールに対して、ランタナさんに僕は、2017年3月17日ランタナさん宛にメールを書きました。

ランタナさんのお供?
70キロならエスコートできるかもです。
100キロでは僕が、、、

このメールからはじまった。ランタナさんの水都100キロ伴走。
この後のランタナさんとのやり取りも、僕よりふさわしい方が手を上げればその方を選んで下さいともお願いしました。

ランタナさんは、僕を伴走者として選んで下さいました。
ここまで来ると覚悟をしなければならない。
なんとしてでもゴールを共にする決意をしました。

伴走者が僕に決ってからもランタナさんは、僕にプレッシャーをかけない様MLでも伴走者は誰かを伏せたまま伴走者が決ったことをMLに書かれました。

その数日後のこと長井さん企画の練習会、淀川河川敷ロング練習に参加する予定があり、ランタナさんとのはじめての長距離練習が実現、それからは、ことあるごとにランタナさんとの練習、僕自身の練習をくりかえしました。
伴走決定から準備期間は1ヶ月強。

気づいてみれば、今までに走ったことのない、いつもの1月のほぼ倍420キロを走っていました。

水都大会の直前週は不安より、なぜかワクワク感が勝っていました。
最終の自由練習会の日は最終のランタナさんとの練習となる予定でしたが、長居公園に向かう途中ランタナさんより、途中まで来たが帰りますとの連絡、その後のやりとりで何とか大会当日を迎えられそうだったので心配もせず当日を迎えました。

アーリースタートなので前泊となったのですが、出来るだけ睡眠に集中する様に、20:00までには床につき、4:00には目を覚ますという予定通りの行動。

ランタナさんとの待ち合わせをしてチェックアウト4:30にホテルを出発。
幸いタクシーもすぐ見つかり会場へ、予想通りですが、少し早かった。

会場についてからは、てるちゃんと会い、その後ボランティアのエミューさんご夫妻と会う、それからも知り合いが一杯、いつものマラソン大会とは一味違った開会式前でした。

(左)スタート前、ゲートをバックにランタナさんとムックさん。 (右)スタート前、大阪城をバックにランタナさんとムックさん、てるちゃんとルンナさん。

そしてスタート大阪城を出る前に、公園内を6キロほど走るのですが、その間に、一度目の失敗。ランタナさんの右足を車止めに引っ掛けてしまいました。幸い転倒等はなかったのですが、そこからは1キロラップを読みながら、障害物は歩いて越えることにしました。
大阪城を出る時に、一回目のエイド。
試走会でしばらくエイドがないことが分かっていたので、まず給水を確実にとって、歩道橋へ。
何箇所か上り下り歩道を歩くということを繰り返し、最初のチェックポイント大阪市役所。
ほぼ予定通りか若干早めの展開、大川沿いを一路毛馬水門へ。
ここからは、しばらく大きな変化のない道が続きます。
淀川の土手を上がって下った河川敷に毛馬エイド。
ここでまた確実にエイドをとっておかないと、次の通過時には何も残っていない様なことになる。
エイドをとってもう一度土手を上がる。その時ランタナさんは「上り坂は歩いて上がります」ということでした。

その後は上り坂は歩いて、第二チェックポイントを越えて二度目の毛馬エイドここからはほぼ平坦な走路が続きます。
数箇所足元の悪いところがある。
後はそこを気をつけるだけ、11:10の第1回枚方のチェックポイント前でランタナさんは時間を気にされていたですが、十分に余裕があることは分かっていたので「時間は確認しています。十分余裕があるので走ることに集中しましょう。」と伝えました。
後は、ひたすら前に進むことだけを考える。

途中、すれ違うランナーと声を掛け合い。
エイドに行けば知り合いから応援の声本当に励みになりました。

一番厳しいと思っていた最後の枚方エイド16:10にも余裕があることが分かったので、「ランタナさん何も心配要りません」と伝えて先に進む。
「完走できない時は僕がつぶれる時です。」とも伝えました。

この間1センチほどの小さな段差に2回足をとられることがありましたが、転倒はまぬがれました。

途中からランタナさんのおなかの具合があまりよくないこともあり、たびたびトイレストップはありましたが、それでも止まることなく進みました。

最後の枚方エイドを折り返してから、枚方エイドを越えてすぐにトイレがあったのですが、その時にランタナさんにトイレのことを伝えることを忘れ、その後しばらく、トイレを我慢してもらうことになったことは今も申し訳なく思っています。

新橋エイド付近で、ランタナさんが食べるのがしんどくなってきた。一抹の不安もありあした。

飲む物もうがい程度になってきた。
鳥飼エイド・豊里エイド、それでも頑張るランタナさん。残りは、10数キロ。

「必ずゴールは出来ますよ。」と伝えると共に「ランタナさん本当にしんどかったら辞めても良いんですよ。」と伝えると「ここまできたら辞めません。」という力強い返事が返ってきました。

最後の歩道橋前の関門を越えて大阪城に向かう歩道橋で、あむちゃんに会い、そこからはあむちゃんも一緒に伴走してくれました。

大阪城のチェックポイントを越えた時にあむちゃんに、今何時間位という質問。
少し頑張れば、14時間切れるよという言葉に反応。

最後の力を振り絞ってゴールまで走り続けました。

僕のはじめての100キロはこうして
ランタナさんとゴールを迎えるという最高の結末で終わりました。
ありがとうございました。

ゴールゲート手前のレッドカーペット上を走るランタナさんとムックさんを後ろから。

以下のランタナさんの完走記もあわせてご覧ください。
「第9回水都大阪100kmウルトラマラニック」ランタナさんの完走記です

「第9回水都大阪100kmウルトラマラニック」ランタナさんの完走記です

4月23日の水都ウルトラマラニック100キロでは沢山の方の応援を頂きながら、完走させていただきました。ありがとうございました。

マッサージボランティアの方、サポートボランティアの方、そしてどこのエイドにも必ずわーわーずの方が居られ、わーわーずパワーを頂き、わーわーずの素晴らしさに感動しました。
伴走をして下さったムックさんは、ご自身が初めての100キロで有りながら私の伴走をして下さり完走させて下さいました。

アーリースタートは、5時30分、大阪城をスタートです。
一週間前から体調を崩し、ちゃんと食事が取れず、胃と腸の具合が悪かった私は、参加するかどうか迷いましたが、今回の水都を最後の100キロと決め、完走して5月の誕生日を迎えると決めていたので無理をして参加しました。

ムックさんには、ゆっくり走りますとお伝えして、本当にゆっくりとスタートしたのですが、3キロも走らない頃から、右腿から腰への痛みが来て、こりゃ困ったと内心つぶやきながら、大阪城をどのくらいで抜けられますかと聞いたら、5キロ位かな、まだですねとのこと、大阪城も抜けずにリタイヤは嫌だな~と思いながら走っていたら、やがて痛みも薄らぎ、そのうちなんとなく明るくなってきたと感じていたら、ムックさんが、もう、ここからは大概平らで真っ直ぐだから走り易いよと伝えて下さいました。そのあともゆっくり淡々と走りました。

エイドに着く度にわーわーずの皆さんに声を掛けて頂き励まして頂きました。それが本当に嬉しく大きな力となりました。
各エイド毎に、素麺やお豆腐、プリン、トマト等など皆さんのお心が一杯詰まった食べ物が並んでいました。今回は名物の蛸焼きが食べられなかったのが残念でした。

焦らず、ゆっくりと決めていましたが、枚方エイド迄は遠かったです。枚方エイドを過ぎて応援ランを頂き感動で胸が詰まりました。鳥飼大橋まで戻ってもう一度来なければなりません。しんどかったけれどここまでなんとなく走れました。その後ちょっと胃腸に異変が、トイレに行って少し落ち着きましたが段々と腹痛が始まりました。

もともと走りながらはそんなに食べられる方では無いのですが、放り込むように喉越しのいい物で体力を付けるようにしました。だんだん食べられなくなり、エイドを離れると次のトイレの場所を探してもらうようになりました。

最後前日はなてんちゃんに頂いていた羊羹を飲み込むように食べ最後まで持ちこたえてと心の中で祈りながら走り始めましたが、腹痛は止まりませんでした。
とうとう飲んでも戻すので、コーラーでうがいをして、残り16キロに臨みました。

だんだんと暮れていく中、寄せては返す波のように襲ってくる腹痛との戦いでした。
ゴールを目指すなんてカッコいい事は考えもせず、ひたすらスタート前に行ったトイレを目指しました。ムックさんは無理しなくていいよ、歩いてでもゴールは出来るからねと言って下さいました。

いつもなら、大きな声でヨイショ・ヨイショと掛け声を上げながら最後の力を振り絞るのですが、もう、ヨイショの声も出せず小さく唸りながら走っていると、てらやんがお迎えランですれ違いながらエールを下さいましたが、ちゃんと返事が出来てなかったと思います。そんな時あむちゃんがお迎えに来て下さり一緒に走って下さいました。

それまで、時々小さく唸りながらも淡々と黙々と走っていましたが、あむちゃんが、ゴールまでのコースを説明して下さったり、励まして下さったりとおしゃべりして少し気がまぎれました。あむちゃんにお願があります、ゴールしたら直ぐトイレへお願いしますと言いました。あむちゃんは先にトイレに行きますか?と聞いてくれましたが、やっぱりゴールが先ですとお願いして走っていると、暗い中から物凄い拍手が聞こえてきました。みなさんが待っていて下さったんですね。しばし腹痛も忘れありがとうございますと答えながら、涙をこらえていました。本当に感動の場所でした。

最後の何分かを、初めて力いっぱいのスピードを出して走りゴールしました。
そのあとは、お手洗いに直行でした(笑い)

ムックさんは、とことん私のペースに合わせて下さり、ただ足元だけには気を使って注意をして下さいました。初めての100キロとは思えない平静さと力強さでゴールへ導いて下さいました。私の方は腹痛に気を取られしんどさは忘れていました。

残り10キロ当たりで、私の呻きに気を使われたのか、ムックさんがしんどかったら止めてもいいですよと、初めてリタイヤを促しましたが、ここまで来て止めるなんてそれは無いですと答えました。頑張れとは言わなかったムックさんの作戦だったのかしら?と今でも気になっていますが、途中止めたいとは何度も思いました。
でも、それ以上絶対完走すると言う思いが強かったです。
それを支えて下さったのは、皆さまの熱い応援のおかげです。
ムックさん、すれ違いでエールをくださった方々、沢山の皆さま本当にありがとうございました。

今までで、一番強い思いでエントリーした大会で、強い気持ちで臨みながら、本当にゆっくり淡々と走れたレースで満足しております。
暫く休んだら又長居で楽しみたいと思います。宜しくお願い致します。

最後迄、読んでくださりありがとうございました。

以下のムックさんの伴走レポートもあわせてご覧ください。
「第9回水都大阪100kmウルトラマラニック」ムックさんの伴走レポートです